月刊サティ!

読んでみました

2017年7月~12月号  

『死すべき定め』アトゥール・ガワンデ著
                          (みすす書房 2014年)
  著者はインド出身でハーバード大学医学部・ハーバード大学公衆衛生大学院教授であり、「ニューヨーカー」誌の医学・科学部門のライターとして、また2010年には「タイム」誌で「世界に最も影響力のある100人」にも選出されるなど、現役で活躍中の外科医。自らの経験から、現代のアメリカにおける終末期を迎えつつある人々と医療との関係を鋭く観察し、どうあるべきかを考え実行している。
  彼は言う。「19世紀のイワン・イリイチ(トルストイの小説『イワン・イリイチの死』の主人公【編集部注】)の野蛮な医師と私たちは大して変わらない。・・・自分たちの患者に施している新型の身体的拷問のことを考えてみてほしい。いったい、どちらの医者が野蛮なのか、読者も考えるはずだ」。
  
そして、「この本は、死すべき定めについての現代の経験を取り扱う。衰え死ぬべき生物であることが何を意味するのか、医学が死という経験のどこをどう変え、どこは変えていないのか、そして人の有限性の扱い方のどこを間違えて現実の取り違えを起こしてしまったのかを考える」。
  
医学と公衆衛生の進歩は人々の平均寿命を延ばし、年齢を重ねることが希少価値を失うとともに、情報伝達技術の発展に伴ってかつて尊ばれた知識と知恵の独占も崩れてきた。そして、敬老精神が失われた代わりに、自立した自己への崇拝が取って代わったと言う。高齢者にとって死よりも怖いのは、いずれ起こってくること――聴覚や記憶、親友、自分らしい生き方を失うことなのだ。

  1980年のセント・ヘレンズ山の噴火で亡くなったトルーマンは、当局による自宅からの避難命令に対して友人にこう話した。「もしわしが明日死ぬんだったら、それで最高の人生だ。なんでもやれるだけのことをわしはやったし、何でもわしのやったことになるからな」と。
  
その後、彼は伝説の人となり、テレビ・ドラマ化もされた。
  
アメリカにおいては、老年期専門医の有資格者は1996年から2010年の間に25%減少しているという。そして今の医学が導き出した答えは、高齢者は支配と監視の下に置かれる、つまり、人の望みはすべて抹消し、安全確保だけを考えた施設被収容者の生活であった。一つの例として著者はナーシング・ホームに代表される介護付き病床――生活ではなくケアを目標にする――を取り上げてその数々の問題点を指摘している。
  1991年、ある重度の障害を抱えた高齢者を対象にするナーシング・ホームに弱冠32歳のビル・トーマスが採用された。入所者の約半数は身体障害を抱え、5人中4人はアルツハイマーなどの認知症だったという。
  
彼はそこに子どもたちや、十分な数の動物(犬、猫、鳥)や植物を入れ、ホームでのあらゆる局面でこうした生命が日常の一部になるようにしていった。その結果、「スタッフがしゃべれないと思い込んでいた入所者がしゃべりだし」「完全に引きこもって寝たきりだった人が、ナース・ステーションにやってきて・・・『私が犬を散歩に連れて行きます』」。全部のインコに入所者の飼い主がつき、名前もついた。みんなの目に光が戻った。
  人は高齢になっても求め続けることは何か? それは自分自身のストーリーの著者であり続けることだという。その望みや気がかりは経験を重ねることで変わっていくとしても、自分の人生を形作れる自由を保つこと、それは老いと病によって厳しくはあるけれども、つまりは「人生の一貫性を守る闘い」なのである。
  
そのためには二つの勇気が必要だと著者は言う。一つは、真実から目を背けず、「死すべき定めという現実に向き合う」こと、そしてより厳しくは、「得た真実に沿って行動する」勇気である。時が経つにつれて人生の幅は狭められていっても、それでも自ら行動し、自分のストーリーを紡ぎ出すことは可能なのだ。

  日本にも晩年に向けての俚諺、格言が数多くある。自分の人生が全体としてどのようなものだったか、ストーリーには結末が重要であることに疑いはない。
  
本書はアメリカと日本の文化的な違いも垣間見せてくれる。しかし、人間として豊かに死に向かうべきという著者の主張はまったく同感出来る。さらに人生への仏教的な切り口もあり、理解の幅を広くかつ深くするのに好適だと思った。(雅)




 

 
『ルポ 希望の人びと』生井久美子著
                       (アサヒ出版社 2017年)
 
                                               
  「ここまできた認知症の当事者発信」という副題の本書は、文字通り、認知症の人びとが自ら発信し、同じ目線に立つ人びとの交流を通して生き抜いている姿を克明に綴ったルポである。そこから発信される生きがいと誇りのメッセージには自ずから姿勢を正される。
  著者は90年から医療や介護、福祉などいのちの現場取材を続け、『私の乳房を取らないで』『付き添って』『介護の現場で何が起きているのか』『人間らしい死を求めて』『ゆびさきの宇宙』(出版社略)などの著書がある朝日新聞の記者である。
  認知症というと、「もう何も出来ない」「人生終わり」という先入観があるが、それは周囲から見た偏見に過ぎず、それは、社会がそれまでそのように見てきただけにすぎない。認知症と診断された当事者が落ち込んでしまうのは本人もその見方の影響を受けているためで、事実は決して「人生終わり」なのではない。記憶に問題があって出来なくなったこともあるけれど、それは他の病気も同じ、この世の(やまい)の一つに過ぎない。ただそれだけのことなのだ。
  「徘徊」「妄想」と言われる行為にも必ず理由がある。線路に入って事故にあった男性の長男は記者会見で、「自宅を出て元の勤務先、実家に向かうことがあった。父は目的をもって歩いていた。『徘徊』とは違う」「事故の日はトイレを探していたんだと思う」と語っている。
  アルツハイマーと診断され、脳年齢115歳で本を書き上げながら講演に飛び回るオーストラリアの女性クリスティーンを始めとして、外国での例やそれに携わった人びとの来日講演と並行しながら、日本においても当事者同士の対談や講演、国際会議、その他の活動と、幅広く実情が訴え続けられている。
  「皮膚の衰えは見えるけれど、脳の衰えは見えません。見えない苦しみや困難に関心をもって、もっと話に耳を傾けてほしい」「元気そうねと言われるのがつらい。・・・元気そうに見えても、頭のなかはグジャグジヤで混乱しているんです」「思い出せずに苦労していると、『私にもよくあることよ』となぜ言うのでしょう? がんの人に『実は私も~』と言いますか?なぜ、認知症の場合だけ、病気と闘い、懸命に生きようとする努力に敬意を払わないのでしょうか?」
  ある当事者は言う。「テレビ局の取材をうけたとき、『認知症らしくないから撮り直し』 って言われてね。道に迷ったりウロウロしたりしているところを撮影したいって・・・。『フザケルナッ』 って、怒ったんだよね」。まさにメディアによる偏見の助長である。「認知症の人はこれはできない、と勝手に決めつけないでほしい。生き生きと暮らすために何をどうするか」というところに支える側の力量と「人間性と社会の成熟の尺度」が問われているのだ。
  認知症は理性を失って、その人の真の姿を露わにすると言われている。しかし、「認知症はひとつの贈り物かもしれない。認識という外側の殻をはがされ、その下に守られていた感情もはがされ自由なスピリットで『今』を大切に生きている。病気を抱えた『重荷』でなく、何よりもまず、一人の人間として心を通わせてくれるようにお願いしたいのです」という当事者に、著者は、クリスティーンの、「存在の核が失われるわけではなく、本来の私になってゆく」「覚えているかと開かないでください。覚えていることがそんなに大切でしょうか?私は、今を、この瞬間をこんなに楽しんでいるのに。そのことが大切だと思うのに」との言葉を重ね深く共感する。
  本書の内容はとても本欄では紹介し切れないほどの豊富さだが、最後に、クリスティーンがある講演で示した、残された能力を最大限に引き出してその人らしく生きることを“可能”にしてくれる(イネブル:英語のenable)ための箇条書きにしたメッセージを紹介したい。
 ◆私たちこそが専門家。私たち当事者ぬきに決めないで
 ◆患者ではなく、一人ひとり特別な人間として、認知症とともに生きる旅路をあゆむひとりの人間です
 ◆共感し、苦をともにしてください。支援と理解を必要としています
 ◆懸命に生きる私たちに寄り添って、応援してください
ENABLING (イネーブリング)
 ×ケアを与えること
 ×私がやれることを代わりにやってくれること
 ×ケアの対象物
 ○できなくなってしまったことではなく、まだできることに着目
 ○日々小さな達成感を得られるよう支援する
  『ぼくが前を向いて歩く理由 事件、ピック病を超えて、いまを生きる』を著した若年性認知症の中村成信さんは、次のように言っている。
  「もちろん、病気にならなければ良かったと思うけれど、得られたこともたくさんあったと思います。本の題名の通り、過去を振り返るばかりでなく、前を向いて行こうという気持ちになれたし、その決意も含めて出させてもらいました」。
  本書には、当事者、非当事者を越えて、確実にこれからの日本社会が直面する課題に対して、個人として社会としてどう向き合っていくべきなのか、たくさんのヒントが含まれている。まさに、視座の転換をもたらす一つの見本であるとも感じられる。とくに、身近にかかわりのある方々には、ぜひ一読を勧めたい一冊であった。(雅)


 


 
『楽しい縮小社会』森まゆみ著
                          (筑摩選書 2017年)

 <個から社会まで「少欲知足」という発想への転換>を促すのが本書の主旨だと思う。今の日本で、なんとなくそういうものかと思っている(思わされている)発想のパターンは果たして望ましいものなのかもう一度考え、身近なところから踏み出してはどうかという数々の提言がなされている。
  少子高齢化で社会保障が破綻、マイナス成長で日本経済はガタガタ、このままでは日本は沈没する。「作家の森まゆみさんは考えた。・・・でもそれは本当だろうか。それなら、最先端技術の開発にしのぎを削ってきた科学技術者に聞いてみよう!」「京都大学名誉教授の松久寛氏は、「少子化はいいことです。日本をはじめ成熟した先進国は、これからは経済成長でなく縮小しなくてはいけません」と言い切る。(カバーコピーより)
 本書は、森さんの書き下ろしと松久氏との対談からなっている。いかに私たちの今の、平均的に望ましい、あるいは当たり前と感じている生活があやうい土台の上にあるか、あるいは作られたものであるかが語られている。一例は、電通が1970年代に掲げていた10の戦略である。「もっと使わせろ、捨てさせろ、無駄遣いさせろ、季節を忘れさせろ、贈り物をさせろ、組み合わせで買わせろ、きっかけを投じろ、流行遅れにさせろ、気安く買わせろ、混乱を作り出せ」というものだった。

  森さんが参加した脱原発の勉強会で、20人ほどの参加者の会議室に蛍光灯100本以上、加えてマイクまで用意されていたという。また「養殖になると、養育で増える重さの何倍もの餌が必要です。タイやブリでは三倍、マグロになると十倍です。養殖の餌となるイワシを獲る船に使うエネルギーから考えると、養殖魚は石油を濃縮したようなものです」と松久氏。森さんは、住宅の契約アンペアを60から40に落として基本料金を月2千円下げた。それまでは毎年24000円も必要もない電気代を払っていたことになる。
  こうして、谷根千という共同体の中に生活する森さんが、身近なところに軸足を置きつつグローバルな問題へ視野を広げており、松久氏は、もちろん自分の生活の仕方を踏まえつつも、それら提起された問題を具体的な数字を根拠として裏づけている。これが本書の説得力を増していることは間違いない。
  では、(普通に生活している)私たちでも、今出来ることは何だろうか?まさに「個」の段階の<少欲知足>の実践がその小さな一歩ではないかと思う。「『一家にあるもののうち五十パーセント以上はいらないもの』というのは本当だ」。森さんが会った若い男性の「がらくた整理士」は、「ものを持つのは自信の無い証拠、自信のある人はものに執着しません」「もう少し勉強すればこの本が読める。もう少し痩せればこの服が着られる。・・・これすべて執着です」と言ったという。
  「『無駄遣いはしない』『丈夫で長持ち』など縮小のキーワードはかねてより皆の価値観の中にあり、・・・すでに多くの人が実践していて、難しいことではない」(松久氏)
  瞑想とは直接的な関係はない本書であるが、仏教の<引き算の世界>という生き方系に繋がるものとして紹介させていただいた。(雅)




 

 
『私たちはどこから来て、どこへ行くのか』森達也著
                         (筑摩書房 2015年)
  映画監督であり作家でもある著者は、小学校に入るころ、死という概念を初めて知って自分でも制御できないほどの恐怖に襲われたという。ポール・ゴーギャンの代表作、「我々はどこからきたのか、我々は何ものなのか、我々はどこへゆくのか」にあたることを悶々と考える子供であった。
  本書は、純度の高い文系と自認する著者が、第一線の理系の知性10人との対話を基にしてまとめたものである。その内容は幅広く、もちろんすべを紹介することは出来ないし、また専門的なところでは理解の及ばない面もあるが、ここでは、なるほどと思われる知見や仏教の教えに通じるのではないかと思われるところに限って紹介したいと思う。
  まず、「目ができる」というような進化はどのように起こったかについて。たしかに生物の時間にさまざまな「目」の形態があることを教わった。しかし、それがどのように生まれたかについては学んだ記憶が無い。そのことについて、光や形を認識するためには、レンズ、網膜、神経、脳の仕組みなど複数のサブシステムのそれぞれが相互につながらなければ視覚という形質は発生しないわけで、「すこしずつゆっくりと、だけでは説明できない」と福岡伸一氏(『動的平衡』の著者゙)は言う。
  また、「相対論や量子論や分子生物学が実証される過程で、この世界は人類にとってあまりに都合良くできすぎていることが、徐々に明らかになってきた」らしい。太陽と地球との距離、凍ると体積が大きくなる例外的な物質としての水の存在(もしそうでなければ氷は海や湖で沈んだまま融けることばなく、やがて地球上の水はすべて氷になったにちがいない)、「他にもプランク定数や光速度、電子と陽子の質量比やビッグバン初期の膨張速度など、多くの物理定数のうち一つだけでも現状と違うのなら、この世界や人類は誕生しなかったことがわかってきた。宇宙が生まれ、太陽系が形成され、地球が誕生し、生命が発生して現世人類へと進化するというこの状況が現出する確率は、10のマイナス1230乗であるとの試算もある」(福岡氏)。自ずと「盲亀の浮木」が連想された。
  また、なぜ人は互恵的な利他行動をするのかという点については、体重の2%にすぎない脳が20%のカロリーを消費していることから、「つまり神経系はとてもコストがかかる。燃費が悪い器官です。だから食生活に余裕がある動物じゃなければ、神経系は進化しない。つまりよほど条件が良くなければ、脳は進化できないんです。ならば人間はどうして、脳を進化させるだけの資源の余裕が生まれたのか。やっぱり共同繁殖社会だからだろうと考えているわけです」と長谷川寿一氏。
  さらにラジカルな主張をするのは団まりな氏だ。彼女は科学者の多くが嫌う擬人化を厭わない。そこで、細胞の「機能」とは言わず「意思」と呼んでいる。「擬人化を排除したら生物はわからない」と、細胞は生きるために「意思」をもつのだと主張している。
  きわめつけは、生命の源に関して、「原初の細胞がその時期、複数できていた可能性はあったかもしれません。だけど今も生き残っているのは一つだけなのです。他のものはうまくいかなかった。つまり子孫を残せなかった。どうしてそんなことがわかるかというと、今生きているすべての生物で、遺伝子のコドン(遺伝暗号の最小単位)は共通しているからです」(A:アデニン、T:チミン、G:グアニン、C:シトシンのこと)。
  「そしてこれはすべての生物が同じ。・・・すごいですよねえ。植物でも何でもみんな一緒なんだから。つまり生命はすべて、一個の原初の細胞から分岐して、一度も新しく付け加えられることもなく、私たちまで運ばれてきたといえるんです」(団まりな氏)。
  さらには、地球の生きもののDNAはすべて右巻きの螺旋で例外はないと言われていることから、長沼毅氏は、「全生物に共通のご先祖様という存在を想定すると、生きものは全部つながっているんです。進化論で本当に大事なことはそこなんです」と語っている。
  これを突き詰めていけば、他の生命を傷つけ殺すことは、自分を傷つけ殺すことと同じだということにはならないだろうか。殺生戒の説得力を限りなく強くするように感じた。
  また藤井直敬氏は、「もしも『我々は何者か』という命題を幼稚園児から聞かれたとしたら何と答えますか?」との質問に、「世界の一部ですね。個というものはない。本来は、たぶん境界がないはずなんです。もしかしたら人以外の生きもの、もしくは高次霊長類以外は、境界という意味であまり個というものをもっていないのかもしれません。それを切り離してしまったことで、僕たちの不幸は始まったのではないか・・・」。
  ここではこれらの結論に至る筋道を紹介するまでにはいかなかったが、本書にはそれらが森氏の見解、解説とともに語られている。そのような意味から、一読の価値は十分にあると思う。
  当然のことかも知れないが、表題の『私たちはどこから来て、どこへ行くのか』については結論は出ていない。著者はインタビューの2年半、もがき続け、足掻き続けた期間だったと言う。でも多くの最先端の科学者たちの話を聞きながら、「足先が何かに触れたような感触は何度か持った。触れた何かが何なのかもわからない。・・・ほんの微かな感触ではあるけれど」と結ぶ。
  人が生きていくことと理解の研究とのあり方を考えさせてくれる一冊であった。(雅)



『パパは脳科学者』池谷裕二著
                        (クレヨンハウス 2017年)
  新聞の書評欄で池谷裕二さんの新刊『パパは脳研究者』を知り、さっそく買って読んでみた。
  この本は、脳研究者の池谷さんが、ご自身の娘さんの誕生から4歳になるまでの成長を通して考えたこと感じたことなどを記録した育児日記のようなもので、この夏、初孫が生まれたばかりの私にとっては、まさにうってつけの本である。
  0歳0ヶ月から4歳までといえば、何もできない「モノ」としてこの世に現れた存在が、人間という生命の進化の頂点の原型にまでのぼり詰める過程でもあり、それはまるで、宇宙の始まりから生命の誕生を経て人間という種の繁栄に至るまでの全宇宙史の縮図のようなものと言っていいだろう。
  つまり、人間の赤ちゃんの成長には、存在とは何かについての究極の問いに対する答えが隠されているような気がするのだ。それを、第一級の脳研究者である池谷さんの目を通してわかりやすく語られるということで、否応なく期待が高まる。そして、読み進めるにしたがって、私の期待をはるかに超えたレベルの内容であることに驚嘆の連続状態となった。
  一例を挙げよう。
  赤ちゃんは0歳3ヶ月頃に空間把握能力が芽生えるという。そして、0歳6ヶ月頃には時間の観念ができてくる。人間としての完成は、自分とは何かを知ることである。
  それには、存在のすべてを認知するためにメンタルローテーション(空間把握)とメンタルトラベリング(時間把握)を自由自在に駆使する能力が必要である。その上で、高度な抽象化能力である自己客観視の力が完成するのだから。それゆえに、人間の赤ちゃんの最初期の発達のプロセスの本質をとらえることは、この世の構造の根源に迫ることと同じであると私は考える。
  目に見える空間と見えない時間は、ある意味、右脳(イメージ)と左脳(思考)の関係に似ている。また、これを物理学の量子論に当てはめてみれば、粒子と波にたとえられないだろうか。あるいは、数学の概念を使えば、0(ゼロ)を意味する∞(無限大)1/∞(無限小)の関係のようなものではないのか。
   仏教は、この世は無であり、存在が有ると考える方が人間の脳が見せる勝手な思い込み(妄想)だと説く。何もないはずの無を0(ゼロ)と解釈することによって、ありとあらゆる妄想が発生しているだけなのだと。それを池谷さんは、この本の終わりの方のコラムで次のように記している。

  <「脳」が知ることができる情報は、生まれてこのかた、ビビビ信号のみです。私たちは、ビビビ以外の信号を、一度も感じたことがないのです。ビビビ世界こそが、私たちの全てです。だから、ビビビ世界以外に「現実の世界」などという仮定を、脳の外部に設定することは無意味です。あるかないかもわからない「世界」なのですから。>

  <脳のビビビ信号が「現実の世界」の情報を運んでいると仮定することは無謀です。「宇宙人の音楽」が単なる仮定にすぎないように、脳にとって「現実の世界」は、ただの仮想でしかありません。いわば幻覚です。脳にとって唯一確実なことは「私」とはビビビが綾をなす大海に浮かんだ存在だということだけです。それは「意味」を伴わない抽象世界。いや、意味という概念すら無効な、ビビビのみの純世界です。>

<脳は確信犯です。幻覚を、幻覚だと感じさせないよう、私たちに巧みに演出してみせる詐欺師です。そして、私たちは、それが幻覚にすぎないことを、心のどこかで薄々知りながらも、あえて疑うことを避け、「この世界」の虚構にどっぷりと浸かり、人生を堪能しています。>

脳研究の第一人者である池谷さんには、ビビビ信号の矛盾がはっきりと見えているのだ。
  ビビビ信号とは、空間と時間、粒子と波、1/∞のような両極端の相反する組み合わせが同時に存在するという本来はあり得ない状態なのである。このような矛盾を認めることは不可能なはずなのに、現実の実感からこの世を肯定せざるを得ない。私にはそれが、学問の世界の限界であると感じられる。
  しかるに、ヴィパッサナー瞑想の修行を続けているうちに、その限界を打ち破るものこそがこの瞑想ではないかと確信するようになった。心の汚れとは、存在という妄想に執着する心に他ならない。執着がわずかにでもある限り、思考の枠組の外には出られないだろう。だが、ヴィパッサナー瞑想の修行を完成した者には、ビビビ信号の意味するものが直観されるにちがいない。
  『パパは脳研究者』の本には、父親としての池谷さんの娘への愛情が随所に散りばめられているが、私にはそれを超えた真実への情熱も感じられた。ご自分の研究成果のすべてとその限界を伝え、そこから次の発見へと繋げてほしいという研究者としての真摯な願いが込められているように思えるのだ。
  人間の脳の限界を超えることのできる唯一の手段であるヴィパッサナー瞑想。それを求めてやまない本のように、私には受け取られた。
  一見すると育児書のようなタイトルの本だが、そう思って読むと、池谷さんからの心地よい裏切りに打ちのめされるにちがいない。脳研究のすべてがわかりやすくまとめられた珠玉の一冊として、また学問から瞑想への橋渡しとして、多くの人にこの本を強く薦めたい。(KU)

 
映画『この世界の片隅に』(2016)を観て
  私の父は特攻隊少年志願兵でした。あと数ヶ月終戦が遅れていたら、父はいなかったでしょう。70年余り前のその事実を、失語症の父から聞いたのは2年前でした。たどたどしい会話の端に「あっそう言えば、、、」と。こんなことでも「伝えておこうか」というふうに。それは圧倒的な悲劇であったはずにもかかわらず、「いや、そんなこともあったな」というように。終戦以降、雑貨商人として、生きてきた父、先日亡くなりました。
  映画「この世界の片隅で」。この映画の背景に戦争があります。当然、戦争があっても、そこに日々の暮らしはあり、命あるものはその日常を生きていかなければなりません。その一瞬一瞬の日常を、どう生きるかに思いを馳せていく映画でした。

  主人公「すず」は悲劇のヒロインとしては描かれてません。当時の広島の人たちがそうであったように、ごく普通の営みを大事にする、慎ましく生きる市井の一人。たとえば、限られた食材を、少しでもお腹が膨れるようにと、どうしたらかさ増しできるだろうかと、日々頭を悩ませます(そこでは祖母から仕入れたレシピで、見事な食事を作りあげました。そのレシピが智慧そのものなのです)。
  趣味は絵を描くこと。絵を描く行為は、目の前の対象を、「観察モード」で丁寧に捉えていく作業なのでしょう。「すず」は、日常の風景にその題材を求めます。その絵は、映画「君の名は」の風景画にあるような、微細で圧倒されてくるものと異なり、日常をとても愛おしむかのような、ほのぼのとした情感が伝わってくるものでした。

  戦争がにわかに身近になってくるにつれ、「すず」の生活にもその影響は避けられません。着物は裁ち切られもんぺに変わり、家の柱は防空壕に使われ、空から撒かれる伝単は便所の紙として使われていきます。爆撃の中、命を断たれていく者たちも。

  そんな中「すず」は、やはり日常を生きます。原始仏教では、「生きることは感受すること」と定義されていると私は捉えていますが、それは次のように言い換えられないでしょうか、「生きること、それは歩むこと」と。どんな状況も、それは自らの因果と了解し、その瞬間にあれこれ考えて、立ち止まるのではなく、「歩む」。「すず」はそうでした。

  昭和20年8月6日から数日後、爆心地、広島を歩む「すず」。見知らぬ孤児の女の子に、「よう生きとってくれんさったねぇ」と声を掛けます。放たれる慈悲心、胸打たれました。
  この世界の片隅で、誰もが、一瞬の日常を生きていきます。その誰彼が亡くなれば、誰彼の日常は一吹きの風のようになくなります。いつか、今日の明日はなくなるこの限られた日常。たとえ、息をするのさえ苦しい絶望にあっても、一期一会のこの日常の瞬間をどのように生きるか。過去でも未来でもなく、この瞬間を・・・。

  29年12月20日の「今日の一言」で、「夢をかなえ、成功する人は多いが、幸せになる人は少ない。」とありました。映画の最後、「すず」が言います、「私を、この世界の片隅で(・・・・・)」(ここで具体的にどんな言葉が言われたかは映画を見てください)。いっぱいの感謝の言葉が発せられます。「夢を叶える、成功する」などの外的目的指向の心には、どうしてもエゴの存在が少なくないでしょう。その対極にあるのは、内面から湧き上がる感謝の心ではないでしょうか。心からの感謝には、エゴは存在し得ない。そうしてそこが「幸せ」の入り口。「すず」の最後の短い言葉は、感謝の思いの結実でした。

  この日常を、この瞬間を、どのように生きるか、そして「幸せ」とは何かを考える、素晴らしい映画でした。(T)  
 
 




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