月刊サティ!

読んでみました

2014年7月号~12月号

『接食障害。食べて、吐いて、死にたくて。』 遠野なぎこ著(ブックマン社、 2014

女優遠野なぎこは、母親からの虐待により、接食障害、強迫性障害、身体醜形障害等の心の病を抱えている。これは彼女の本心からの叫びである。
  法友からこの本を紹介された時の第一印象は、「うわぁ、この人、なんか嫌だ!」だった。それ以降、彼女に関するものは避けてきたのだが、ある日のダンマトークでその理由が解った。それは「彼女と同じく自分の中にもあるネガティブなものを意識化できていないがために出る怒り」によるものだった。
  私の場合、母子家庭の淋しさから心に不安と怒りと孤独を蓄積してきた。原始仏教を知り、内観をし、殆ど解消したかのように思っていたが、彼女の正直な文章を読むと、まだ手放せていない自分を認めざるを得なくなる。
  例えば、「私は自分のDNAが怖い・・・、女に生まれたからには、とりあえず産んでみたら?と無邪気に仰る人がいるが、その感覚が理解できない。
  私みたいな母親に愛されない子どもをまたひとりこの世に生み出してしまうのではと、恐ろしくて震えてくる」。私もずっとこの思いを抱え、結局子どものいない人生を選んだ。
  「お母さんに抱っこされ安心しきった子どもの寝顔を見ると、『ずるい』って思ってしまう」。これも同感。私も幸せそうな子どもが今でも妬ましい。
  彼女は「お腹にボコボコと沢山の黒い空洞がある」という感覚を、食べ物、お酒、性行為で埋めていたという。私は、甘い物、宗教、母親への仕返しで埋めていたが、内観でその空洞自体が妄想だったことに気づいた。しかし、今でも嫌なことがあると、狂ったように甘い物を口にしてしまう。情けないことに、清浄道を歩もうとしている今も、怒りや妬み、貪りを手放せないでいるのだ。
  東日本大震災の揺れの中で、彼女の脳裏に11歳の自分<アキミ(本名 )>が浮かんだ。暴力や罵声を浴びせられて11歳で心が完全に死に、13歳で<遠野なぎこ>となって生き返った彼女は<アキミ>を無視し続けてきていた。「今すぐに抱き合える自信はないが、まずは目を逸らさないようになった。・・・いつの日か抱きしめてあげたい・・・もしかしたらその時、母を許す気持ちさえも得られるかもしれない」の言葉に希望を感じた。
  私も、今と過去の両方の自分から目を逸らさぬよう、瞑想と内観を続け、病んだ心を治していこうと思っている。
  大嫌いだった遠野なぎこは、私にとって共に病と戦う戦友であったのだ。(M.M.

 

 

『脳に棲む魔物』スザンナ・キャハラン (KADOKAWA2014

  この本は、24歳のニューヨーク・ポストの女性記者スザンナ・キャハランさんが、脳疾患から回復して社会復帰するまでを自己の体験の記録として綴ったノンフィクションです。病気による行動記憶の欠落を、のちにインタビューやビデオによって確認し、特に、自己の心の内面を詳細に記録しているところに興味を惹かれます。
  著者はある日突然、めまい、嘔吐に襲われ、その後、幻視や幻聴、痙攣、ひきつけが始まります。やがて症状が急変し、異常な言動、恐怖、誇大妄想、狂信、パラノイアなどが起こり、彼女の人格は消滅していきました。なかなか原因がわからず病気は進行する一方でしたが、幾種類もの検査、治療を経て、ついに「抗NMDA受容体自己免疫性脳炎」という、自分の体が自身の脳に対して攻撃を加えてしまう、世界で217番目の患者であることがわかりました。この病気の発見者ダルマウ医師は、「彼女の脳は、彼女自身の体から攻撃を受けて燃えているのです」と表現しています。彼女の場合は右脳に炎症が起こり、機能不全に陥っていることがわかりました。
  本書には病気が進行していく時の心の動き、周囲の人たちの献身的な看病、回復する時の様子、他の人との心の葛藤などがよく描かれています。惜しみない献身が、病気を克服する大きな力になりました。愛情深い人たちがいなかったら、現在のスザンナさんはありません。
  この病気によって著者は右脳に攻撃を受けますが、その結果は、『奇跡の脳』(『月刊サティ』8月号)で紹介された左脳にダメージを受けたジル・テイラー博士の場合とは対称的です。このことは、右脳と左脳の役割の違いを明らかにしています。テイラー博士の場合は左脳の干渉がなくなり、自他の区別をなくして宇宙と一体となったような感覚を覚え、悟りにも似た境地に至りますが、スザンナさんのように右脳の干渉がなくなると、忍耐、やさしさ、礼儀正しさという今までの彼女らしさが消え、自他の区別を明確にして常軌を逸した行動へと駆り立て、妬み、疑い、怒りなどが吹き出てきます。私には、右脳のコントロールの利かなくなった脳は不善心を煽っているようにさえ感じます。このような点に注目しながらこのノンフィクションを読んでみると面白いと思います。また、帯にあるように、映画化も予定されているそうです。今後、右脳と左脳との違いをさらに深く脳科学が解明してくれることでしょう。(N.N.

 

 

『3つの鍵の扉 ニコの素粒子をめぐる冒険』ソニア・フェルナンデス=ビダル著(晶文社、2013

「何かを変えたいならいつもと違うことをしよう!」冒頭にでてくるメッセージが意味ありげです。科学、物理のことは解らない私ですが、ニコという少年の感覚、感情を映画のように楽しめて、量子の世界に引き込まれてしまいました。
  量子の世界からのメッセージ、例えば、「人間は、世界は三次元、つまり、高さ、奥行き、幅で成り立っていると思っている」、時間は「いつも同じ速さで、単調に流れていると思っている」等、思考のパラダイムシフトを刺激する強烈な印象です。
  地橋先生は、「カルマの法則は量子のもつれで説明可能」と言われますが、この本にも「もつれ」という言葉が沢山でてきます。「量子もつれを使ってテレポーション」「もつれ合ったふたつの粒子は、特別なつながりを持つ双子みたいなもの」「引き離しても、つながっている・・・それがもつれているってこと」「私たちはまわりにあるすべてのものともつれあっているのよ。木とも、人とも・・・、もちろん星ともね」。興味深い言葉が続きます。
  壁の通り抜け、まちまちの速さで時を刻む時計、歳取る速度が違う双子、二つの可能性が同時に存在するというスーパーポジション、日常では経験されないからと言ってそういう世界が無いとは言い切れないと感じました。長老ゼン・オーは本の中で、「人間が量子界のことを意識できんのは、それを実際に体験しておらんからだ。たとえ目に見えなくとも、すべては存在しておる」と言います。量子の世界からは、見えない、聞こえない、触っても感覚が無い、というのは、ほんの一部しか観ていない、それこそありのままに観ていないからだということになるのではないかと思うほどです。
  パラレルワールドは電子が重ね合わさった状態、瞬間移動は量子間における情報転送の理論で説明できる、等の訳者の言葉には、そのままSFの世界のようにわくわくします。このわくわく感は瞑想や仏教を学ぶのにも似ていると思うのは不自然でしょうか。訳者は最後に、ゼン・オーの言う「物事は白か黒とはかぎらん」はグレイゾーンではなく、白と黒が両方あって良いという意味と捉え、思い込みや常識にとらわれずにありのままの姿を観ることの大切さを訴えていますが、仏教の教えとかけ離れているとは思えない言葉です。私も改めて「仏教は科学だ」という言葉を思い出しました。(K.S.

 

 

 

映画『生きる』(東宝、1952

市役所に勤務する主人公は何十年もまじめに勤務する定年間近の男性、市民の面倒な訴えを他の部署にまわし、書類に判を押す姿が最初に映し出されます。彼は時間をつぶしているだけ、「彼には生きた時間がない。つまり彼は生きているとは言えない・・・」とナレーションが流れます。
  「生きている」とは、「本当に生きる」とは一体何でしょうか?この映画は、その一大テーマを私につきつけます。
  胃癌で余命いくばくもない現実と向き合った時、主人公は絶望の末にそれまでの生き方を見直します。それまで気にも留めていなかった子どもたちのための公園作りを新たな生きる目標とした時、誰かの誕生日を祝うハッピーバースデイの歌が流れていました。まさに彼はこの瞬間生まれ変わり、公園づくりのため命をかけて奔走するのです。
  私は子どもの頃から、親に少しでも良く思われたい、他人に評価してもらいたいという思いにとらわれ、自分の弱さや心の汚れを隠しながら生きてきました。でも、そんな偽りの人生は本当につらく、どうしようもない怒りや虚無感や自責の念にかられる現実を直視したくなく て、毎晩泥酔寸前までお酒を飲み続ける状態でした。
  地橋先生の講座に参加して、先生から「抱える問題の大きな原因が親との関係にあります。あなたは内観に行ったほうがいい」と勧められ、法友の励ましもあって自分の心と闘いながらもなんとか参加できました。
  内観では、親との問題が浮かびあがり様々に気づくことができました。また、先生の講座では五戒を守る大切さや仏教の因果論など教えて頂き、徐々に荒れていた生活が整いはじめ、お酒もきっぱりやめることができ、以前のような激しい気分の落ち込みもなくなりました。地獄のような生活から生まれ変わることができたのです。
  でも、気持が安定し生活が落ち着くと、今度は、時間があるのに瞑想をしたくないなどの怠け心が強くなってきました。そんな時、もう一度自分を見つめ直すきっかけを与えてくれたのが法友から紹介されたこの映画です。主人公がブランコに乗りながら「命短し、恋せよ乙女・・・」と歌う場面、これは、自分の命が永遠に続くような錯覚に陥り、怠惰な生活を送っていた私に、“命短し、修行せよ!”とのメッセージを伝えてくれた印象的なシーンです。そして、「静かに瞑想している自分が本当の自分である気持がした」と語ってくれた法友の言葉からも、私にとって「本当に生きる」とは、心の清浄道を通して心を成長させることだと気づきました。
  自分の命に限りがある事実を自覚し、今世で何度も生まれ変わって、もっともっと心を成長させていきたいと願っています。(穂)

 

 

 

『奇跡の脳』ジル・ボルト・テイラー著(新潮社、2012年)

7月の東京瞑想会のダンマトークの中で、『奇跡の脳』についてのお話がありました。この本は、今までに何度か取り上げられていますので、リピーターにとってはお馴染みかとは思いますが、まだの方はぜひ一度お読みになったらいかがかと思い、ペンを取りました。
  脳科学者の著者は37歳のある日、脳の左半球に大出血を起こし、左脳の言語野が破壊されたせいで情報処理ができなくなるという認知障害に陥ります。しかしそれによって、著者の言う涅槃(ニルバーナ)感覚、宇宙と融合して一つになる感覚を体験します。
  そしてこの体験から、個体的で「する」 (doing)機能を持ち、パターンを仕分けて概念を作り出す左脳マインドと、流体的で「ある」(being)の機能を司り、概念による区別のない右脳マインドの役割とが明瞭に別れていることを理解していきます。著者によると、モノとモノとの境目を明確に区別する左脳の役割は、社会生活を送る上でなくてはならないものであるけれど、それは同時に他人と自分を比較する「慢」によって苦しみを発生させる源にもなってしまうと言います。
  かつて地橋先生が「これからまったく言葉を使わない生活をしてきます」と言われてミャンマーに修行に行かれたことが思い出されます。また、ダンマトークの解説によって、サティの瞑想が感覚の確認(右脳)とラベリング(左脳)を基本とする微妙なバランスの上に成り立っていることにも理解が及びます。
  「頭の中でほんの一歩踏み出せば、そこには心の平和がある。そこに近づくためには、いつも人を支配している左脳の声を黙らせるだけでいい」のです。そして、普段の生活の中で、意識的に「現在の瞬間」に立ち戻ることによって、「思いやり」や「喜び」を感じる右脳マインドを忘れずにいようというのが、著者が最も訴えたかったことであると感じました。
  さらに、発症直後から看病、リハビリを通して著者の回復を辛抱強く支え続けた母親とのエピソードも感動的です。地橋先生は、テイラー博士が脳障害から完全に回復し、自身の体験を科学者として内側から克明に表現してきたことで人々に勇気と希望を与える「世界で最も影響力のある100人」の一人に選ばれたのは、この母親の愛情と努力の賜物であると言われています。
  もし自動的に引き起こされた怒りなどの感情が90秒を過ぎてもまだ続いているとしたら、それはそのように自分が「選択をした」からなど、脳科学の知識とともに妄想・煩悩対策へのヒントとしても充分に内容のある一冊でした。(U&I

 

 

 

『ツレがうつになりまして』『その後のツレがうつになりまして』細川貂々著(幻冬舎、20062007

ご主人の闘病と、乗り越えたあとどう二人が変わったかを描いた、「ツレうつ」として知られるコミ ック。表現方法からも、「これなら出来るかも」と心を軽くさせてくれます。
  本人が久しぶりに前向きになり、先ずは自分の部屋の掃除をしようと改めて見回すと「この部屋の乱れ方は、自分の心の中を反映しているようだな」と気づきます。そこで著者は、部屋の掃除をすることは本人の心の中も掃除すること、そして「ツレの心はよっぽど大変なことになっていたんだな」と気づいていきます。ウツの人の混乱した後ろ向きの言葉は病気が言わせていたのです。
  本人も、ようやく快方に向かった時、かつては虚しい気休めにしか聞こえなかった「夜は必ず明ける」と言う言葉を、「今まさに闇の中にいる人たち」には同じに響くかもしれないと思いつつも、あえて訴えます。そして、「『欲』を捨てて、身一つで再び生まれてくるつもりで・・・捨てまくる」覚悟、これが再生への第一歩だと悟っていきます。また著者も、「私にとってもツレの病気は財産になった」と、それまでの考え方を見直して、生き方を前向きにしていこうと決心します。まさに、すべては受け取り方次第であることを改めて認識しました。(雅)

 

 

『ヒトのなかの魚、魚のなかのヒト』ニール・シュービン著(早川書房、2008

著者は古生物学者、魚類から両生類への途上にある化石生物の発見者の一人。「この地球上のすべての生き物には親がいた」という「万有法則」からすれば、「地球上のすべての生命は、・・・変化を伴いながら由来した痕跡を示している」はずと、3 7500万年前の魚の鰭の先端に人体の部品の起源を発見した。私たちの体の器官が複雑なのは、進化の遺産を少しずつやりくりし、使い回してきた結果なのだ。例えば、サメの鰭の発生に関与する遺伝子を、指つきの四肢を作るという新しい用途に使ってきたのだと言う。
  しかし改装に次ぐ改装は代償も払うことになった。現代の病いの遠因の一部として、狩猟採集民としての過去による肥満・心臓病・痔疾、霊長類睡眠時無呼吸症、魚類とオタマジャクシしゃっくり、サメ類ヘルニア、微生物ミトコンドリアの病気、等々。
  そして結論、「すべての動物は同じであるが、異なってもいる」「私たちを形作るレシピは、彼ら(イソギンチャクやクラゲ)を形作るレシピのはるかに手が込んだ変形版なのである」と。
  つまり、私たちはあらゆる生命と親子、兄弟、従兄弟、そして親類としてつながっている。自他を超えるところまで慈悲の心を・・・、とふっと思った。() 




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