月刊サティ!

Web会だより

2012年1月号~2012年6月号


『二人の息子が敢えてくれたこと』 梅本久美子

  初めて瞑想会に参加させていただいてから、もうすぐ3年になります。今振り返ると、私を瞑想会に導いてくれたのは、二人の息子だったように感じます。
  私の次男は、生後すぐに心臓の病気で亡くなったのですが、その時の私は、怒りや悲しみから目をそむけることで、一刻も早く立ち直ろうと必死になっていました。
  抑圧された感情のはけ口になったのは、当時3歳だった長男でした。まだ幼い息子に、私は連日、長時間の英語の特訓を押しつけたのです。その後、息子は英語の才能が開花して、私は達成感を味わうことができました。
  でも、息子が大学受験で一浪していた頃に、恐ろしい悲劇に襲われることになったのです。
  息子はひどいアトピーを発症し、顔を含めた全身が腫れあがって膿だらけになり、激しい痒みにもがき苦しみました。そのうち、目も見えづらくなり、新聞も読めなくなってしまいました。その時私は、自分の見栄やプライドが息子をここまで追い詰めたのではないかと感じました。申し訳なさのあまり、気がついたら息子に手をついて謝っていました。
  「ごめんね。あなたをこんな目にあわせたのはお母さんだと思う。あなたは優しいから、お母さんの期待に応えようと、今まで一所懸命勉強に励んでくれたんでしょ。もう大学なんてどうでもいいから、ゆっくり身体を治そうね」
  息子はじっと俯いていましたが、しばらくして額いてくれました。その二週間後に奇跡が起きました。真っ赤に腫れあがっていた息子の身体にきれいな皮膚が蘇り始め、日を追うごとに痒みもなくなっていったのです。
  そして、大学入試に間に合うように視力も回復し、無事第一志望の大学に合格することができました。
  この体験の後、私は自分に起こってくることは偶然ではないような気がしました。何かこの世を貫く法則があって、それは自分の心と深く関係しているように思えたのです。それで、貪るように精神世界の本を読みました。
  そんな時に出会ったのが地橋先生の本だったのです。初めて瞑想会に参加させていただいた時のダンマトークで、カルマの法則のことを伺った時、私には「これだ!」と直感するものがありました。
  この世の出来事は、すべてカルマの法則に従って現れているにちがいない。息子たちのことも、私の心の汚れが原因だったのではないか。こんなエゴまみれの心のままでは大切な家族にまで迷惑をかけてしまう。だから心をきれいにしていきたいと切実に思いました。
  それからは、少しでも心を変えたいと毎日瞑想を2時間以上実践しました。中心対象に集中したくても妄想が多発し、ほとんどサティが入らない状態が続き、自分の心が過去の記憶に執われていることを痛感しました。
  内観の修行に行かせていただいたことで、私の虚栄心の元となっていたのは、次男への喪失感だとわかりました。
  そして、私も小学生の頃に、同じような体験をしていたことが思い出されました。私の母は、私を産んでから重度の腎臓病を患ったため、私は自分を責め、母に死んでほしくなくて、必死で勉強をがんばっていたのです。無意識のうちに、母を恨んでいたことを知りました。
  先生に勧められ、内観研修後も毎日のように日常内観を繰り返し、そのおかげで母に対するこだわりを解くことができました。またクーサラの大切さも教えていただき、身体障害者の方の施設でボランティアをさせていただいたことは、次男に対する罪悪感を手放すことに繋がりました。
  ヴィパッサナー瞑想とはエゴを手放していく茨の道であるとおっしゃる先生のご指導の下、心の清浄道の修行を続けていくことは、確かにつらい仕事であるかもしれません。
  でも、先生のお言葉に素直に耳を傾け、思い通りにならないすべてのことを自分のせいだと認めることができたら、確実に心はきれいになっていき、それに比例してまわりの環境も整っていくのを実感することができます。
  瞑想の進歩は自分の心の成長度と一致するように感じられます。
  これからも毎日瞑想を実践し、心の清浄道を歩んでいきたいと思っております。

 

 

 

『心も人生も変わっていく瞑想』 YH

  グリーンヒルの瞑想会に来るまでは、学生時代の鬱病が再発するのではないかと心配し、色々なことをしてきました。
  宗教団体に入って活動したり、毎週、スポーツやヨガのクラスに行ったり、あるいは自分で自己診断ができるように、日記や生活パターンの記録を取ったりしていました。
  しかし、自分の完璧主義や強迫的な性格によるストレス、また仕事をする時の難しさはなかなか根本的に直らず、いつも不幸感と不安を感じていました。
  不安の一番の原因は自分自身が変わらないことでした。哲学書が好きでいつも読んでいましたが、何が正しくて何をやるべきかが分かるものの、それを行動に移すことはできず、いつも考えだけで変わらない自分にがっかりでした。
  一時期、他の身体技法にも夢中になりましたが、幸せになるのは行っている最中だけで、現実に戻ると再び落ち着かない自分にもどりました。
  それで、他の方法がないかと悩んだところ、ある日、ネットで「瞑想」「瞑想旅行」「瞑想クラス」で検索して発見したのが、朝日カルチャーセンターの「ブッダの瞑想法」のクラスと、グリーンヒルWeb会の東京瞑想会でした。
  20106月の東京瞑想会が初体験でした。初めての体験とその直後の変化は未だに覚えています。初心者向けの歩きの瞑想と坐る瞑想の講義後、法話が続きました。
  また、瞑想の実践やインタビューなどあっという間に一日が終わりました。その後、家に帰って仕事をするときや間が空いた時など、一人で家にいて単純作業をする時にサティを入れ続けました。
  サティを入れ始めると、いつも何かをしていないと不安になる心が落ち着き、安定感と安心感を覚えました。23カ月経ちましたら、周りから「最近おとなしくなった」、「静かになった」、「落ち着いているように見える」などと言われました。
  自分では効果を強く実感できなかったのですが、職場の同僚や友人に変化を言われて以来、効果がありそうなので瞑想を続けていこうと思いました。
  変化は仕事だけではなかったです。
  瞑想を始めて6カ月後に NGO NPOの団体、宗教団体などに寄付ができるようになりました
  いつも寄付をしないといけないこと、また稼いだお金をある程度、社会に還元しないといけないことは頭では解っていたものの、今月は買い物し過ぎて・・・とか、友達の誕生日プレゼントを買ったから・・・などと毎月言い訳をしてきました。
  ある日、地橋先生の布施についての説明を聞いてから、やっとその理由を心から納得し、継続的に一定金額を毎月寄付するようになりました。
  驚いたのは、寄付を始めてからより貯金ができて、また周りから入ってくるプレゼントやお金などが多くなり、結果的にプラスになりました。単純に考えると納得できないかもしれませんが、寄付をすることによって日常生活での物欲が抑えられ、無駄な消費が少なくなったのです。まさに金銭に関する因果関係です。
  また、瞑想を始めて約1 3カ月後にはボランティア活動を始めることができました。それまでは、いつも忙しいと感じて、時間に余裕がなく、疲れきった毎日を過ごしていました。始めたきっかけは、職場の周囲の人たちが私を助けてくれないと思ってストレスを感じ、精神的に限界に来ていたからです。
  瞑想会のインタビューで、誰かが私と同じ様な悩みを持っていて、地橋先生に質問したところ、時間を与えないと時間で助けてもらえないと、先生はボランティアを勧めました。それで、自分自身を振り返ってみました。自分が今まで人を助けたことがあるのかと質問してみたら、いつも自分の勉強、自分の仕事だけで精一杯で、周りの人たちを助けていなかったことに気づきました。
  今は定期的にボランティアに参加しています。最初は、忙しくて疲れて抵抗感がありましたが、今はボランティアの後、自分が明るくなっていることを感じています。
  瞑想はいつも妄想と雑念だらけで進展がイマイチですが、法話やインタビュー、また瞑想会後の法友との会話が自分の生活にたくさんの良い影響を及ぼしたと思います。
  また、鬱な気分や強迫的な気持ちも完全になくなってはいないですが、最近はやっとそれらに気づいて、抑えることができ、安心した生活を送っています。
  ヴィパッサナー瞑想と、グリーンヒルの東京瞑想会に出会えたことに本当にいつも感謝しています。

 

 

『めぐる因果を受け入れて・・・・・・』 TH

  私は、六十歳代の男性で現在も会社勤めをしております。
  ヴィパッサナー瞑想のきっかけは集中力がつき、効率的に仕事などがこなせるのではないかという功利的な動機と、上座仏教の新鮮な考え方に興味を覚えたからでした。
  それからヴィパッサナー瞑想関連の本を読んだり、講義を聞いたりして、さらに興味が増し、自分で「サティの瞑想」の真似ごとをし始めましたが、あまり上手くいかず、調べていくうちに地橋先生の朝日カルチャー講座にたどり着き、今に至っております。
  瞑想を始めて二年余りの少ない経験ですが、エピソードを二つご紹介したいと思います。
  まずはじめに、五戒の中の禁酒についてです。普段お酒をたしなんでいる方にとって、いきなり禁酒が必要といわれても、すぐに止めることは一般的になかなか難しいのではないでしょうか。
  ご多分にもれず、私もお酒が大変好きで、かつお付き合いもあり、回数と量こそ減らせましたが、なかなか一気に止める事はハードルが高かったです。しかし、法話や上座仏教の書物から戒定慧のプロセスをより深く学ぶにつれ、改めて断酒の意識を高める必要性を強く感じ、今ではほぼ100%近くお酒を止める事が無理なく出来ております。
  また、徐々にお酒の世界から遠ざかるにつれ、健康面や時間の過ごし方等でお酒を飲まない生活上のメリットを感じるとともに、避けがたい宴席でもソフトドリンクでお付き合いする術も身につけてきました。
  次は、「因果論」についてです。初めの頃は因果・因縁に関しては、半信半疑が正直な所でしたが、最近は本当に法話通りのことが自分の身に起こっており、理論が実証されつつあります。
  具体的な話として、少し前のある夕暮れ時ですが、バス停でバスを待っている際に、かばんの中の物を探してゴソゴソしている内にバスが来たので、そのままパスに乗り、降りた後に、小銭入れを落とした事に気がつきました。ちょうどその時は、中にちょっとしたメモリアルの貴金属が入っており、慌てて元のバス停に戻って辺りを探したのですが、既に夜も更け始めていた事もあり、その時は見つかりませんでした。警察にも届け、再度日中も探したのですが、結局は出てきませんでした。
  実は、その数十年も前の事ですが、くだんのバス停近くの駅のプラットフォームで、朝の通勤時に偶然極細の貴金属の鎖を拾得しました。その時は、私も通勤で急いでいたために届けることはせず、そのまま持ち帰り、正直な所をいうと結局面倒臭くなり、そのままにしてしまいました。それが因果応報で、時を経て自分の身に起こったように思います。
  また、私は学校を卒業して以来、長らく勤務した会社を数年前に、早期退職しました。その後の身の振り方については、当時はっきりとは決めておらず、のんびり好きな事でもしようかとおおざっぱに考えておりました。すると、退職後ニカ月程経ってから、退職の数年前に偶然街で再会して以来、交流していた中学時代の友人から間接的に就職の紹介の話が舞い込んできました。結局数カ月後にその話がまとまり、現在もその会社に縁があり、お世話になっております。
  実は就職に関しては、私自身比較的若い頃からこれまで、複数の方に間接あるいは直接、お世話した事があります。それは個人的な関わりの中で、お役に立てればという気持ちが主だったと思います。思い起こしてみると、それが廻り廻って、さらに縁に触れ、私に戻ってきたようにも思えます。
  他にも良きにつけ悪しきにつけ、この因果の法則が私自身に起こって来ており、過去ラッキーと思っていた事や、不運と思っていた事も、因果論で紐解くと必然だったのかなと、かなり今では得心しております。そして身施・財施・法施の布施をこれからも努める必要を深く感じております。
  また、起こった事はすべて自分のカルマとして受け止めると云うポジティブ思考も少しは出来始めているのかなと思います。卑近な例ですが、電車に乗るのを間に合わせたい時も、もし乗車できなくてもそれで良いと、気が急く事がじょじょに減ってきております。たとえ逃した場合であっても、その縁で本を読む時間が出来たり、思わぬ誰かに会えたりという、良い側面もあるという方向に気の持ち樣が変わってきています。
  まだまだ日暮れて道遠しで、ヴィパッサナー瞑想の総合的体系のごく一部をかじり始めたばかりですが、一歩一歩亀の如く、歩みを進めていければと現在は考えております。
  皆様が幸せでありますように。

 

 

 

『瞑想に支えられていく人生』 NS

  私は、3人姉弟の長女として生まれました。
  農家の嫁だった母は、厳しい農作業をしながら、私を産んで育ててくれました。母乳の出が悪かったのに、赤ん坊の私はミルクを嫌がって母乳しか飲もうとせず、お腹をすかせて泣いてばかりいたそうです。
  愛情深く育ててもらったのですが、私の人生のスタートは「求めても与えてもらえない」欲求不満の感情で占められ、2年後に弟、7年後に妹が生まれ、両親や祖母の愛情を彼らに奪われたと思うようになりました。私から愛情を奪った弟や妹が憎い、と心のどこかで思っていました。弟や妹をかわいがった記憶はほとんどなく、いつもいじめていました。
  反面、弟妹を出し抜いてでも、親や祖母に愛されたい、よく思われたいという思いが非常に強い子供でした。最初に生れた子だったので親の期待が大きく、かなり厳しく育てられました。やりたいことを我慢させられ、その時々に感じた不満は後々まで親に対する恨みの心として自分の心の奥底にたまっていきました。
  高校生の頃、世界史の教科書で南伝仏教について学びました。表面的な説明だけだったのですが、不思議と興味を持ち、将来絶対に勉強したいと思いました。
  今から約17年前、私が30歳の頃、テーラワーダ仏教を友人に紹介してもらい、それで地橋先生のことを知りました。仏教や瞑想に強い興味を抱いたものの、私にはどうしても捨てきれないものがありました。それはお酒です。私はお酒が大好きで、飲み会はもちろん、外食時には必ずといっていい程お酒を飲んでいました。
  1日瞑想会にランチビールを飲んで参加したこともありました。
  結婚し、優しい夫や二人の子供にも恵まれ、幸せなはずなのに、なぜか不満や怒りの感情にまみれてしまう。それでも、そんな状態から少しでも抜け出したくて、慈悲の瞑想だけは細々と続けてきました。
  そんな私が、自分でも驚くほど簡単にお酒をやめることができたのは、反抗期の息子がきっかけでした。人間ドックの検査結果が悪かったこともありますが、昨年の春、「クソババア死ね!」と息子に言われたのです。その頃の私は、家族に対していつも怒ってばかりいる本当のクソババアでしたが、とても悲しかったです。私は優しい妻、お母さんになりたいと強く願うようになりました。
  色々探してたどりついたのが、地橋先生の1日瞑想会でした。幸運にも参加することができ、先生から内観を勧めていただきました。また、瞑想会後の食事会では、法友の方々に背中を押していただいて、朝日カルチャーの講座に参加することができるようになり、内観の資料をいただいたりしました。
  断酒してそれまで付き合っていた悪友達との交流がとぎれると、自分だけ誘ってもらえない寂しさや悲しさを感じました。この時も、法友たちにメールを送ると、温かな慈愛に満ちた言葉で励まされ、なんとか乗り越えることができました。法友のありがたみを心底感じています。
  また、講座で地橋先生に教えていただいた仏教の教えが本当にためになっています。特に、「一瞬一瞬が自分の業の結果である。原因を種まきしているのは自分自身であるのだから、日々どんな現象に出会おうとも受容しなければならない」という言葉には深い感銘を受けました。戒を守ることが修行を進めていく上でいかに大切かというのもよくわかりました。
  現在の私にとって、朝日カルチャーの講座は、勉強・安らぎ・修行・法友との交流の場と挙げたらきりがない程、貴重な場所になっています。日常生活ではまだまだサティが入らず、自分の感情に振り回されることが多い私ですが、変わってきたところがいくつかあります。
  一つは、心が軽くなってきたこと。以前に比べ、あまりくよくよ心配しなくなりました。これだけでも、数段生きやすくなったと実感しています。
  次に、慈悲の瞑想で、嫌いな人の幸せや私を嫌っている人々の幸せを、心が乱れることなく祈れるようになったことです。以前は嫌いな人の顔が浮かんでくると、心から幸せを願うことがなかなかできなかったのです。
  最近は、苦しみにどっぷりとつかっていた頃には想像もできなかった程心が軽く、生きやすくなってきました。これから、自分がどんな風に変化していくのか楽しみです。懸案だった内観は、3月の末に佐賀県の研修所で行うことに決めました。
  今の自分の課題は、苦しい時は必死になって修行するけれども、救われて心が軽くなってくると、修行がおろそかになってしまう・・・という点です。いつでも、淡々と修行の道を歩み続けていけるようになりたいと願っています。

 

 

 

『心の清浄通が瞑想だった・・・・・・』(1) 川村史朗

  私がヴィパッサナー瞑想に興味を持ったのは5年程前になります。
  当時、仕事や対人関係にしっくりいっておらず、友人や実家の両親に不満ばかり漁らす毎日を送っていました。
  表立って大きな問題を抱えている訳ではないのに、焦燥感や疲労感、虚しさを振り払うことができませんでした。
  数年前の恋愛の挫折を引きずっていたのも、空回りの一因となっていました。そんな焦りや虚しさを無くそうと、業績や昇進に腐心し、結果としてある程度目標を達成しても心が満たされない、むしろ虚しい、そんな苦悶の日々でした。
  今思えば、心のどこかで「これは内面的な問題なのでは・・・」と薄々感づいていたように思います。だからこそ、表面上は仕事の不満などを言いながら、心の問題を扱ったような書籍やホームページを頻繁に眺めていたのだと思います。虚しさを解消するために躍起になって仕事をしても、趣味に没頭してみても、結局はそれ自体を人生の目標と感じることが出来ず、もがいていました。
  そんな試行錯誤の中、出会ったのがテーラワーダ仏教関係のホームページでした。“思考を止めて事実のみを正しく観察することで、苦しみを無くすことができる”という内容は、私にとって衝撃的でした。
  その頃の私は常に「状況を良くするために、もっと考えなければ」あるいは「事実(現実)は辛いから、上手な回避方法を見つけなければ」ともがいたので、「思考を止めると智慧が湧く? 智慧によって苦しみが無くなる? 何だそれは!」 そんな感じでした。
  それまでの自分の信念との大きな違いがむしろ興味となり、書籍やホームページなどを読み漁ることで初期仏教を学ぶことに夢中になっていきました。いつの間にか「実践して確かめてみるしかない」そう思うようになり、仕事が終わると、裏山の林道に行き、雨の日も風の日も欠かすことなく、日に2時間ほども「右・・・、左・・・、考えた・・・」などと独学の歩行瞑想を 1年半ほど続けました。
  ただ振り返って残念なのは、完全な独学だったため、基本レッスンにもならないようなやり方だったことです。それでも1年以上も止めなかったのは、本などで得た知識から「この教えで間違いない」という思いと、現状のあまりの苦しさから藁にもすがる気持ちの表れだったのだと思います。
  智憲や悟りなどは何時まで経っても解らないながらも、1年半も続けた頃には、もっと知りたいという欲求から、幾つかの初期仏教のグループで 34日の短期合宿に参加するようになっていました。そういった合宿に参加している人達の会話から地橋先生の評判を知り、グリーンヒルに自身の活動の中心を移していきました。
  グリーンヒルでは、参加人数を増やすことよりも、個々人の成果に重点を置いている点や、非常に厳密な瞑想のやり方を指導していただけることに好感を持ちました。
  また、瞑想会の度に、地橋先生との個別のインタビューがあることが私にとって大変ありがたく、瞑想方法から日常生活上の注意点など、参加するたびに多くの質問をさせていただきました。
  そういった指導を通じて、これまでやってきた独学の歩行瞑想は、瞑想と呼べるようなものではなく、ただ強制的に思考を止めるために「右・・・、左・・・」と連呼しているだけで、身体感覚への注意などが全くなされていないことを思い知りました。言葉の連呼で強制的に思考を止めようとしているような、ヴィパッサナーと呼べない作業に一年半も夢中で取り組んでいたことに愕然としてしまいました。
  しかし、その後、瞑想の方法を修正してさらに数カ月の時間を費やしたにも関わらず、その頃の私はまだ「瞑想の効果がよく分からないなあ」そんな感想でした。
  瞑想を知る前の苦しんでいた頃との違いは、「上げた、下した、考えた・・・」とやっていれば、いつか幸せな日が来る・・・という希望があるということで、自分が変化しているとは感じられていませんでした。(続く)

 

 

 

『心の清浄通が瞑想だった・・・・・・』(2) 川村史朗

  グリーンヒルの瞑想会に足繁く通うようになって1年ほどが経ち、 2 3日の合宿に参加させていただきました。合宿では、人前では話せないような悩みなども長時間に亘って個別にインストラクションしていただきました。
  その最中、私は失礼にも先生に「瞑想の効果がよく分からないのですが、何が悪いのでしょう?」とぶしつけな質問をしました。先生から「生活が楽になったり、そういう変化も無いの?」と訊かれた時、私は初めて根本的な勘違いをしていたことに気づきました。
  その時すでに、瞑想に関しては知識的な勉強を相当量してきたにも関わらず、「瞑想とは、ある時智慧が湧き出すもの」とか「身体感覚が変わっていき、それとともに人生観が変わるもの」といった先入観を持っていました。実際に、そのような説明をされている本なども多かったように思います。先生から、日常的な変化を尋ねられた時、何を聞かれているのか直ぐには分からない気分でした。
  私が「最近は仕事の憂鬱は無いし、虚しさも感じなくはなりましたが・・・」そう答えると、先生は間髪入れず、「ちゃんと効果出てるじゃない!」と言われました。その時ようやく、瞑想の効果とは何か特殊な体験をすることばかりではないんだ、と理解しました。瞑想の達人の話などに興味を持つあまり、特殊な体験ばかりに目がいっていて、自分が変化していることに気づいていませんでした。
  「日常が楽になり、笑顔が多くなり、前向きな気持ちになっている」、それこそが私にとって数年間の瞑想の効果だったのだと分かりました。また、その理解以降は特殊体験への拘りがかなり少なくなりました。
  おそらく、才能・集中力の高い人は、特殊な体験もあるでしょうし、そういった道を歩むことで著しい進歩を遂げる方も多くいるのでしょうが、そうでない私にとって瞑想は無駄かと言えば、決して無駄ではなく、日常生活と気持ちが日々改善されていくことが進歩なのだろうと理解するに至りました。
  瞑想を始めて5年ほど経った現在、私にとって瞑想は、日常生活を改善するとともに、性格を修正するための道具という理解をしています。
  以前のように何かに不満を感じた時、思うままに毒を吐くような生活から、「不満を持った。怒りを感じた」と出来るだけ早く気づき、「ここで感情的にならなければ進歩だな。許そう、受け入れよう」といった対処を心掛けるようになりました。
  怒りや不満をいち早くストップできるのはまさに瞑想の効果であり、気づきのある生活と捉えています。結果として、対人関係や仕事内容も良くなっていることを実感しています。
  瞑想でよく説明される“認知から比較、衝動といった万分の何秒という思考の流れの体感”に至らなくても、数秒、あるいは数十秒遅れの気づきと対処でも生活は向上できるし、そこから進んでいこうと考えています。
  補足になりますが、日常の気づきの速さと心持ちの改善は、身体感覚を感じきろうとする厳密なサティを教わって以降、格段にペースアップしたと感じています。
  仕事に関しては、世間的な上昇よりも生活の質こそが大切、という理解に至った結果、闇雲な上昇思考をやめて、気づきある対処によって不平・不満を解消することを心掛け、結果として上昇しても今のままでも構わない、という楽な気持ちへ変化しました。
  地橋先生が言われる「人生なんて面白くないから瞑想でも・・・となるのではなく、最高の日常を手に入れてからが本当の瞑想のスタート」という言葉が今の自分にはしっくりきています。
  いつか、達成感と充実感を持ちながら本格的な瞑想に取り組める日が来ることを目標にしています。
  もし、特殊な瞑想体験がないことで「自分には才能がないのでは」と壁にぶつかっている方がおられたら、今の現状に応じた効果を体感されることも選択肢に入れていただければと思います
  今後も瞑想を通じて精進していきたいと思っておりますので、よろしくお願いいたします。

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