月刊サティ!

2023年3月号  Monthly sati!     March  2023


 今月の内容

 
  巻頭ダンマトーク:今月は休載いたします
   ダンマ写真
 
Web会だより ー私の瞑想体験- :『脳内映画館からの脱出 
                        (New New Chinema Paradise)』(5)

  ダンマの言葉 :『段階的に進めるブッダの修行法』(4)
  今日のひと言 :選
   読んでみました :榎本憲男著
   『インフォデミック 巡査長真行寺弘道』(中央公論社2020)
   『コールドウォー DASPA 吉良大介』(小学館 2021)

  文化を散歩してみよう :韓国語に触れてみたら
   ちょっと紹介を! :今月は休載いたします

     

【お知らせ】

  ※近刊される地橋先生の新しい単行本が現在最終的な段階に入っておりますので巻頭ダンマトークは少しの間お休みさせていただきます。
 

           

『月刊サティ!』は、地橋先生の指導のもとに、広く、客観的視点の涵養を目指しています。

 
     

 今月のダンマ写真 ~
 
黄金のブッダ

先生より

    Web会だより ー私の瞑想体験-

『脳内映画館からの脱出(New New Chinema Paradise)』(5)
                                by セス・プレート

  やっぱり全然わかってなかったんだ、と受講してよく分かった。というか、今まで、本気でやろうとしてなかったんだ、ということが分かった。
  地橋先生のウェブサイト【月刊サティ!】を読んで「懺悔の瞑想」を知った。自分が悪いことをした相手に真剣に謝罪して、今後は二度と過ちを犯さないで、五戒を守り精進していくと誓って赦しを請うのだ。朝カル受講を開始してから、毎日一人づつ、真剣に謝った。自分の身勝手さを思い出して、本当に詫びた。いったい何人いるんだよ、というぐらい、謝罪相手が途切れなかった。瞑想ができない訳である。本気で慈悲が出てこない訳である。あの毎朝私を苦しめてくる悪霊、なかなか死なない奴は、自分だった。
  20人を過ぎたあたりで、誰も出てこなくなった。でも、これは謝罪相手がいなくなったのではなくて、自分で「許される無礼」の度合いを決めているせいである。先生に質問すると、少しでも心に引っかかる相手は、謝罪して懺悔の瞑想をしたほうがいい、とのアドバイスだった。心に刺さった小さなトゲを放っておくと、いつの間にか魚の目がひどくなって、最後には痛い思いをして手術で切除することになるから、と。それからは、小さなことでも思いつけば懺悔の瞑想をするようになった。
  懺悔の瞑想は、日常生活で効果がとてもよくわかる。怒りを止めようと努力しなくても、怒れなくなることが増えた。なぜなら、自分がどれだけ極悪人か知ってるから。周りが私にかける迷惑なんて、迷惑とは言えない可愛いものだよねと思えるようになった。たまに怒ることがあっても、長年の仕事の癖で怒りが自動的に出ているということが分かるようになった。
  だから、怒った瞬間に「怒り」とサティを入れて消せるようになった、と言いたいところだが、今はまだ、「あ、いま怒った(内的言語化)しばらく怒りを観察して、どうして怒ったかを分析する「これは長年の癖だな(内的言語化)→身体に怒りが走った感じがしばらく続くので(肩が張った、肩をすくめた、息を殺した)などを観察する怒りの完了。
  このように、今はまだ、一瞬にして怒りが消えるサティは入れられていない。これでいいのか悪いのか分からないが、今できる精いっぱいのことである。今後サティ一発で消えるようになればうれしい。
  懺悔の瞑想の効果は実感できていたが、ヴィッパサナー瞑想がうまくいっていなかった。「妄想、妄想、妄想」といって打ち消すと、またすぐに「怒り、怒り、怒り」と別のラベリングで、ラベリングの連続になってしまった。相当焦っていたのである。何しろ、今回出来なかったらもう瞑想は止めようと思っていたから。何としても結果を出さなければと焦っていた。
  朝カル開始から115分づつ座る瞑想をするが、やりたくない気持ちと戦うのが大変だった。『お前ほんとに幸せになる気あるのか!これでダメなら終わっちゃうんだよ・・!』と言い聞かせたり、なだめたりして、なんとかやった。歩行瞑想は得意じゃなかった。グラグラするし、目が開いてるから簡単に集中が散った。だから歩行瞑想は、座る瞑想が嫌になった頃に行う、そんな感じだった。

★瞑想よ、こんにちは(2) One day camp (合宿に参加)
  なかなかヴィッパサナー瞑想がうまくいかない。できることは全てやろう。背水の陣。1Day合宿に申し込んだ。人数制限があるから今回は参加できないかもと思ったが、有難いことに参加することができた。実は朝カルのインストラクションで、先生から『瞑想修行が正しく導かれるように、三宝に守っていただく祈りを捧げると良い』とアドバイスいただいたので、それ以来、瞑想時間の前後どちらかで28過去仏のお経をあげていた。その効果だったのかどうかは誰にも分からない。でも、合宿後もずっと続けている。
  合宿で、もう一度歩行瞑想を習った。朝カルの時と違って、他の方々が行う歩行瞑想時に、実際にラベリングを声に出して、それをチェックしてもらうのを共有する時間があった。おかげで、やり方が吞み込めた。
  (事象の)滅を感じ切ってから、ラベリングをすること。例えば、お寺の鐘がゴーンと鳴る。その音が完全に消え去る瞬間まで聞いて、「音」とラベリングする。滅の瞬間を味わうこと』という説明が腑に落ちた。これをきっかけにサティが入れやすくなった。滅まで待つと、心の中の焦りが落ちたのが体験として分かった。
  それから、動きのサティをカット(省く)したり、いくつかの動きをまとめて1つのサティにしたりしないよう注意を受けた。これは、まとめてしまうと曖昧になり、サティが成立しないということ。また、まとめるということは、一番最新の事象、目の前の一瞬を逃して本当のサティが入っていないということだった。
  この抽象化は普段からやっており、だから妄想しやすく、他者の話を聞くときも誤解したりするのだと思った。これはちょうど合宿前夜の朝カルで聞いた八正道の<正語>にならない、ということでもあった。目の前の動きに常に集中し、「正確な言葉」で表すというのは、ラベリングの正しさも意味しており、客観性がなければ出来ない。客観性がなければ当然サティは入らず、日常のコミュニケーションにおいてもロジカルに正確に伝えることはできない。正確に受け取ることもできない。だから人間関係でも誤解が生まれてしまう。非常に腑に落ちた。
  合宿の最初に参加者全員のフルネームリストが配られていた。瞑想の調子が崩れたら、参加者に対して慈悲の瞑想をして善心所を復活させて、それからまたヴィッパサナーに戻るのがいいですよ、とのアドバイス。疲れて調子が崩れてからやるほうがいいのだろうが、私は座る瞑想の一番最初に慈悲の瞑想から始めた。動機は自分でもよく分からないが、そうしたほうがいい気がした。自分だけうまく行くより、みんながうまく行くほうがいい気がした。
  それから、長期の合宿で集中力が落ちたときは積極的に作務をして善心所に切り換えると、また瞑想にスムーズ戻れるとも仰っていた。これは、日常で集中力が落ちたら掃除したりして、応用している。お勧めである。
  トイレのサティには本当に苦労した。引戸の建付けがよくなくて、戸を動かせる位置に手を移動させるのに苦労したが、その難しさのおかげですごく集中できた。また、開きづらい戸をあけるために使う動きの語彙がなくて苦労した。たかが一枚の板に格闘する自分がおもしろかった。実際、人生はこんなことの連続なのかもしれないし、どんなことでも面白がれたら、もう無駄に映画を観なくて済むだろう。(つづく)

       

雲の風景

 地橋先生提供
 






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ダンマの言葉

               『段階的に進めるブッダの修行法』(4)

  離欲のプロセスの一つとして、私たちは自分の所有物、自分はこういう者だという思い込み、何かになりたいという欲を捨てることができます。日常生活で手放さないと、瞑想中に手放しにくくなります。瞑想中には、思い、願望、判断、期待、欲求、楽しみを手放さなければなりません。瞑想したければ手放さなければならないのです。従って、他の時でも手放す作業を実践する必要があります。所有物や家族を捨てろと言っているのではありません。それらのものに依って自己像を作り上げることをやめるという意味です。

  離欲にはさまざまなやり方があります。それは自分自身の鍛練でもあるのです。いつもより早く起きたり、より心地よい状態を求める気持ちを捨てる等もそうです。食べたい時にいつも食べるのではなく、本当に空腹を感じるまで待つのも離欲です。人生の終わりが来たら、すべて捨てなければならないのです。「私のもの」と呼んでいる所有物や人々を一緒に持って行くことはできないし、「私のもの」と言っているこの体さえも持って行けません。死がやって来る前に、死について何らかの知識が入ってきます。そのせいで、人は往々にして死ぬ瞬間が苦痛になるのです。安らかに死ぬ人もいますが、たいていの人はそうではありません。すべてを手放す準備がまだできていないからです。それまで手放すことについて一度も考えなかったのですから。

  私たちが執着しているものは、すべて邪魔な障害物です。私たちはたいてい自分以外の人に執着していますが、手放す必要があります。これは他人を排除するという意味ではありません。自分の、他人に執着しようとする態度を手放すという意味なのです。執着しようとする態度は最大の障害物です。手放す方向にいくらかでも進まないと、瞑想も妨げられることになります。なぜなら私たちは、自分の考え、願望、希望に執着し続けようとするものですから。

  以前と同じ家に住み続け、同じ服を着、外見は変わらないままでも、一番強く執着していたものをいくつか捨てることができます。何も家族を愛さなくなるということではありません。執着心のない愛こそが恐怖心のない愛であり、それゆえ純粋な愛なのです。執着心のある愛は束縛になります。それは感情の波で出来ており、目には見えない鉄の手かせ足かせを作り出すのが常です。真の愛とは執着しない愛であり、見返りを期待しないで与え、寄りかかるのではなくそばにいてあげられるものなのです。

4.「智慧」
  人生で進むべき正しい方向を見つけるには、智慧が必要です。智慧の相棒は信です。信と智慧は共に働くことが必要です。
  ブッダは信のことを盲目の巨人に、また智慧のことを、よく見通すことのできる眼はもっているが、手足の不自由な人に例えました。二人は出会います。「信」は「智慧」に言いました。
  「私は頑丈な身体を持っていますが、自分がどこに向かっているのか分からないのです。あなたはとてもか弱そうですが、よく見通せる眼を持っています。さあ、私が肩車をしますから、一緒に遠くまで行きましょう」
  盲目の信は、山をも動かすほどの力持ちですが、残念ながらどの山を動かすべきかが分からないのです。智慧は、方角を指し示す際に必要不可欠です。智慧は、内なる洞察という鋭い目を持っています。
  智慧というのは興味深い要素です。それは学んで得ることができるものではなく、心の清らかきの中から生まれてくるものだからです。
  
  智慧には三つの段階があります。
  一つめは学ぶことです。それによって、知識を創り出します。学校や大学に行くこと、読書や、学識のある人々から話を聞くことによって、知識を得ることができます。そうして得た知識は、咀嚼して、私たちの心の一部にしなければなりません。私たちが食物を消化する時、不要なものは捨てられます。体にとって有用なものは取り入れられ、血液となりエネルギーになります。知識を取り入れる場合も全く同様です。知識を消化し、有用でないものは捨てられ、最良のものだけを血液の中に取り込みます。食物が消化されて身体を活動させるためのエネルギーになるのと同じように、知識は智慧に変容します。これは、心の中で起こる変化であり、そのために莫大な量の書物を読み消化しなければならない、ということではありません。量ではなく質が大切なのです。食物の場合と同じです。
  情報の場合も、消化する前に、よく噛み砕いて飲み込むことが大切です。食物が体内で適切に利用されることが、身体の成長に必要なのと同様、心の成長には、私たちの「内なる働き」、すなわち精神の働きが不可欠です。
  ブッダの教えについても、私たちの「内なる働き」が無ければ、その数えはブッダやサンガだけのものに留まり、何度繰り返し聞いたり読んだりしたところで、私たちの身には付かないでしょう。私たちが情報を噛み砕き、飲み込み、消化するということをしないならば、それは内なる智慧に変容することも無いのです。
  より多くの智慧があれば、浮き沈みの少ない、調和の取れた人生を送ることができます。智慧を欠いていると、抜け出すのが非常に困難な状況に陥ってしまいます。そこから脱出できなくなる場合もあるかもしれません。智慧があれば、そもそもそうした困難に陥ることがありません。
  もし智慧に、それを支える信が伴うならば、とても強力なものになります。巨人の信は大いなる自信に満ち、動揺することがありません。そこに智慧の、鋭い眼の働きが加われば、悟りへと導かれて行きます。
  信を伴わない智慧は、どっちつかずの性質を帯びることがあります。疑問や問題があると、智慧には、それらの表と真の両面が見えます。しかし、智慧それ自体は、信と違い、確固たる決意をするということがないのです。
  信は外のものに頼る必要がありません。外のものに依存してしまった信は、動揺しやすくなります。なぜならば、そうした信の場合、外のものの存在が証明できなければならず、その存在が疑いようのない形としてあることが必要になるからです。しかし、何であれ、人がその存在を信じているならば、誰もそれに対して疑いを投げかけることば許されません。
  最も効力のある信は、悟りの段階へ至る自らの能力に対する信です。その信に加えて、正しい道を見出したという信が生じることもあります。それは、智慧という鋭い眼で見出したダンマ(法)への、揺るぎない信なのです。(アヤ・ケーマ尼『Being Nobody, Going Nowhere』を参考にまとめました)

       

 今日の一言:選

1)可愛い自分にも嫌な自分にも、法としての実体はなく、エゴ・イリュージョン(幻想)というか、「自我感」というただの印象に過ぎない。
  サマーディとサティが高度なレベルで連動したヴィパッサナー瞑想が、その実状を目の当たりにする。

2)本当は、誰よりも自分が可愛いし、自分さえ良ければよいと思っているのに、激しく自分を否定し、嫌悪する日々……

3)エゴ意識があるので、他と比べてしまう。
   高慢になって、人を見くだす。
   卑下慢になって、落ち込む。
   劣等感を引きずれば、四六時中、何をしていてもネガティブ思考がチラチラと蒸し返され、意識の水底を引っかき回して濁らせる……
   集中が悪い。
   サティが空振りする。
   修行が進まない……

4)他人を意識した瞬間、比べる心が働いていただろう。
   不安を感じた瞬間、心は未来に飛んでいたのだ。
   緊張した瞬間、成功へのこだわりがあったのではないか。
   余計なことを考えて集中が破れた分だけ、その瞬間のパフォーマンスが乱れる……

5)正しい技法と習得への情熱があれば、道を極めていくことができる。
   ブレることなく専念するには、なぜ、そうするのか、自分はどう生きるべきなのか を心得ておかなければならない。
   宿業や運命の押しやる力と自らの自由意志がきれいに重なった時、人は輝く。
   まず、現状に気づくサティ!

6)どの分野でも、名人の域に達した人の脳活動を調べると、ごく一部の脳領域しか使 われていないという。
   素人や初心者ほど、どこに、どう注意を注ぎ、何を、どうすればよいのかが分から ず、力いっぱい余計なことをしてしまう。
   なすべきことを正しくなすには、どうしたらよいのか・・・。

      



   読んでみました
榎本憲男著『インフォでミック 巡査長真行寺弘道』(中央公論新社 2020年
 『コールドウォー DASPA 吉良大介』(小学館 2021年)
  
  ここに挙げた榎本憲男さんのミステリー小説は、「コロナ2019」を背景に「自由とは何か」をテーマに描かれています。
  2020年の春、「コロナ2019」が世界規模の感染の様相を呈するようになりました。 日本でも、緊急事態宣言により、人々には外出自粛を求められ、レストランなどの人が密集する店などは営業自粛を求められたことは、私たちの記憶に新しいでしょう。 このミステリーは、この時期に発生した事件を題材にしています。

  営業自粛の波は、芸能界にも押し寄せ、コンサートの中止を余儀なくされたアーティストも少なくありませんでした。
  そのような時に、伝説的なミュージシャン・浅倉マリがテレビに出演し、「人は死ぬときは死ぬのよ」と芸能活動の自粛要請をはねのける発言をし、物議を醸し出します。浅倉マリは、さらに、今や伝説となったバンドとの共演による大規模なコンサートをもくろみ、世間の非難の声にも動じる様子を見せません。

  巡査長である真行寺弘道は、そんな浅倉マリの姿勢に共感を示しつつも、警察官である立場から浅倉にコンサートを止めるように説得を命じられます。
  人々に自粛をうながす体制側の人間として登場するのは、警察官僚である吉良大介。
  果たして、コンサートは開催されるのか? それによって、感染爆発は起こるのか? あるいは、事前に権力の力でコンサートの開催を取り止めさせる方向に向かうのか?

  小説のタイトル「インフォデミック」とは、「情報(information)」と、感染症を意味する「エピデミック(epidemic)」を組み合わせた造語です。
  このタイトルからは、「コロナ2019」は、私たちに、真実の情報と嘘の情報の区分けはどのようにしてできるのか、その境界線は本当にあるのかという問いを突きつけているように、私には感じられました。まるで、「コロナ2019」のウイルスと情報は同じものであるかのごとく。

  真行寺弘道の方は、警察官でありながら体制に縛られることを嫌い、個人的な自由を尊重するリベラリストとして描かれ、かたや吉良大介の方は、国家あっての個人という官僚体質の保守的な人物像として設定されています。
  性格が対照的なこの二人が、コロナ禍で自分なりの信念を貫き、務めを果たそうとする。個人の幸せ、国としての幸せの実現を目指すという目的は同じながら、お互いの考え方の違いによって、方向性にズレが生じていく。
  吉良大介は、個人の自由というものは、まずは国家によって安全を保障されている中でしかあり得ないという論理。だから、そのためには、国家によるプライバシーの統制は必要悪として受け入れなければならないと考えている。
  一方、真行寺弘道は、それでは、飼い慣らされた家畜状態の自由しか得られないのではないかと考える。

  私には、二人の信念のズレは、国家があって個人があるとするか、個人があって国家があるという違いのように感じられました。ようするに、どちらも一緒に達成することはできないから、優先順位を変えて目的を達成する方法というか。だから、基本となる二重の円の構造は同じなのです。
  でも、思考の中身のズレは次第に大きくなり、埋めることのできないギャップとなっていく。それが、「コロナ2019」の象徴であるかのように。

  この構造は、ひょっとしたら、ヴィパッサナー瞑想にも通じるかもしれません。
  現実をより良く生きる手段として思考は必要不可欠であるにもかかわらず、思考の壁に阻まれてありのままの事実が見えなくなっているという。
  でも、無意識では思考による妄想が、自己中心的な誤解を発生させ、自分の人生を苦しくさせている原因だとわかっているから、サティの瞑想に一縷の望みを託して修行するしかない情況。
  だけど、いくら思考を止めようとしても、絶え間なく襲ってくる妄想に巻き込まれて、思うように修行が進まないというような。私のように集中力のない者は、そういう葛藤を早々と諦めて、思考の奴隷となるしかないのですが。

  榎本憲男さんのミステリーは、時事問題を軸にして展開するという特徴があるようです。今回のようにウイルスだったり、経済やインターネットやコンピューター関連の問題だったり、人種問題やLGBTの問題だったり、また宗教()の本質について言及されていたり、その時々で様々です。そういう社会問題については、人一倍疎い私には、榎本さんのミステリーを読むことは、現実の社会で起きている問題を謎解きと絡めて教えてもらえる一石二鳥のミステリーとも言えます。
  
  『コールドウォー  DASPA 吉良大介』では、免疫システムについても、明快に説明されていて、大変参考になりました。
  専門家が書いた本は、難しくて最初からスルーするしかない私にとって、榎本憲男さんのミステリーは、そういう意味で、とてもありがたくてわかりやすい社会や科学の教科書とも言えるのです。
  ミステリーの展開も文句なしに面白いし、エロ・グロな表現なしにストーリーだけで勝負されているところも非常に好感が持てます。
  ちなみに、榎本さんのミステリー12冊をすべて購入しました。これからも、時間のある時に、少しずつ読んで、楽しませていただきたいなと思っています。(K.U.

文化を散歩してみよう
                                第3回:韓国語に触れてみたら

はじめに
  私の町ではバスに乗ると、前方にある次の停留所の表示にかなり以前からローマ字、中国文字に続いてハングル(韓国語のつづり)が出てきます。また大きな都市に限るのかどうかはわかりませんが、鉄道の駅の案内にもハングルが表示されているのをみかけます。実はハングルはその規則さえ覚えれば、意味は分からなくても読めるようになるのはそれほど難しくはありません(発音は別ですが)。
  そこで今回は「お勉強」っぽくなるのはお許し願い、韓国語について少しお話したいと思います。「それを知ってどうなんの?」と言われそうですが、「そうなんだ!」くらいでちょっとでも興味を持っていただければ幸いです。タイトルの「みたら・・・」は仮定でもありまたお勧め(?)でもありそうですが、あえてそのままにします。

1.文章か会話か
  中三の春頃だったと思います。ユネスココレスポンデンス協会(今は無いようです)の人が「世界の友達と文通をしませんか」と募集に来ました。その時のスーザンさん(アメリカの人)とは長続きしませんでしたが、高二の時に「100円で自分の名前、住所を外国に送ります。どこから手紙が来るか楽しみです」という趣旨の案内を見、また申し込みました。ともかく当時は海外に憧れていたのです。
  それから一年ほど過ぎたころあちこちから手紙が届き始め、長く続いたのが西ドイツの人と韓国の高校一年の女子学生からでした。参考書を見ながらで、学校の英語は苦手なのに文通の文章だけはパターンが似ているので、けっこう書けたように思えます(自慢にはなりませんが・・・)。
  ところが、彼女が高校を卒業して、「英語を書くのがシンドクなったので韓国語を習ってほしいと」と言ってきました。今思えば怖いもの知らずかお人好しに見えるかも知れませんが、「それなら」と思って始めたのが韓国語の勉強でした。
  つまり、出身大学でそのまま職に就いたことを柱とするなら、その柱を四角くするか丸くするかを決めたのは“100円”と“彼女から要望”だったわけです。もちろん何が人生のきっかけになるかは人それぞれ、後になってみないと分からない、つくづくそう思います。

  1969年に初めて韓国を訪問した時、彼女の友だちが私の手紙を真っ赤に添削してくれ、その後の学習も発音の正確さより読解や綴りが主になりました。このように書かれたものから入る外国語は、もちろん個々の素質は別として、ある程度年齢がいってからでは仕方ないのではと思います。
  最近読んだ『英語のアポリア』(トム・ガリー著 研究社2022年)にこんなことが記されていました。20年近く英語教育に関わってきた著者は、その傍ら多くの人と小学校の英語教育についても話してきたそうです。そのなかで、「小学校では英語を教えるべきではないと強く考える人もいれば、ぜひとも早く英語を低学年に導入してほしいと熱望する人」もいたと言います。でも、それらの意見はいかにも客観的な根拠に基づいているように見えても、少し話してみるとそれらはすべて「自分の個人的な経験や意見に基づいて英語教育のあり方を決めていた」と言うことがわかるそうです。
  なるほどと思いました。なぜかというと、私は「韓国語は書かれたものからの方がとっつきやすい」と考えていますが、それは自分がそういう過程を踏んだから、ということになるからです。
  それはともかく、今回はできるだけ韓国語に親しんでいただこうと面白そうなところをとりあげてみます。

2.語順もテニオハも日本語と同じ
  先ずはなにより語順が日本語と同じで、またテニオハも同じように使われます。これは助かります。

  また、「私が○○へ行きます」と「私は○○に行く」という場合の「が」と「は」、そして「へ」と「に」、それぞれにあたる助詞とその使い方は同じです。また丁寧な言い方とそうでない言い方もあります。ことに丁寧言葉は長幼の序などに関わるので韓国では無頓着というわけにはいきません。(もちろん日本語も人称も加えてかなり複雑です)
  ですが、大胆に言えば助詞や語尾さえ覚えれば文章はだいたい理解可能です。1970年代までは専門的な文献や新聞には漢字が使われていましたので、慣れてくれば日本語の文献とあまり変わりなく読むことが出来ました。

3.単語
  単語には「大和言葉(和語)」にあたる本来の韓国語、漢語から来たもの、また日本ではカタカナで記されるような外来語があります。ただ外来語もハングル表記で区別がないため、かなり苦戦したものもけっこうありました。
  また、本来の韓国語で消えてしまったものがあります。日本語でも過去にあったでしょうけれど、中国からの影響が日本よりずっと濃かったためだと思います。
  例えば和語の「ひがし、にし、みなみ、きた」に当たる言い方がありません。「とうざいなんぼく」の韓国式の音読みがそのまま使われています。なので、「東方」は、日本では「ひがしがた(相撲では)」「とうほう」と二通りの言い方をしますが、韓国語では「tong bang(注)」だけです。
  ※注:ここでのローマ字表記は、本稿で便宜的に読みやすく表したもので、韓国で正式に使われているものではありません。以下同じです。

4.漢字
  1) 廃止
  明治の初め、日本語表記の改革論のひとつに「ひらがな書き」があったそうですが、実現しなくて大正解でした。そんなことになったら大混乱になったはずです。
  一方韓国では公用文書はすべて、その他もほとんどハングルになってしまいました。しかし、それでもなんとかなっているように見えるのは、韓国語の「音」自体が日本語の50音に比べると非常に多いので、日本語では同じ音の漢字でもその読み方にバラエティがあるためだと思います。でも同音異義語がないわけではなく、その場合には前後の文脈で推察するしかありません。
  それよりなにより、80%は漢字由来と言われている韓国語から漢字が持つ表意が失われていっていることです。漢字を復活させようとの意見もあるようですが、いつか過去の記録(漢文)や古典文化(例えば詩など)、あるいは漢字交じりの専門書を読める人が一握りを除いていなくなる日が来るのではないかと、他国のことながら心配です。
  例えば、天童よしみの「珍島物語」の歌詞の中にある「カムサ ハムニダ()」は、「感謝hamnida」なのですが、「kam sa=かんしゃ」という意味はわかっても、ことによると「感謝」という漢字は書けないのではないかと思ったりします。そればかりか、そもそも漢字の熟語からきた言葉ということも知らないかも知れません。でもそれは韓国語として定着したことの裏返しとも考えられます。
  最近読んだチョ ナムジュ著『82年生まれ、キム・ジヨン』(筑摩書房2016)には、「自分の本貫の地名を漢字でどう書くかなんて、初めて見たような気がする」という文章までありました。
  ※注:これらの「ム」は、“mu”ではなく“m”(子音止め)が本来の発音です。

  2) 漢字の読み方の特徴
  その特徴をあげてみます。
  第一に、訓読みにあたるものはなく音読みだけです。ですから、日本語のように訓読みでのフリガナなどはありません。
  第二に、日本語では複数の読み方をする漢字がありますが、韓国語では八十いくつかの例外を除いて「読み方は一つ」です。これは助かります。
  「茶」はその例外の一つで、「紅茶」は「hon cha」、「茶房」は「ta bang」と、「cha」と「ta」という二通りの言い方があります。
  第三に、日本語では同音の漢字でも、韓国語では読み方が違ったりします。つまりバラエティに富んでいるわけです。わかりやすい例をあげます。
  “高、行、校、香、講、光、後、公、港、項、工、候、侯、好、好、幸、考、孝、効、功、稿、口、孔、鉱・・・”、これらは日本語の音読みでは全部「こう」です。
  同じ読み方をするものもありますが、最初の「高」からいくつかを見ただけでも順に、“ko(高)、hengkyohyangkangkwangfukonghang()・・・”となります。
  第四に、L発音です。「李」を「Li」と発音するのは中国由来です。韓国語も日本語も本来はLが語頭には来ないものだったそうです。例えば「李さん」は、韓国では「Iさん」ですが、北朝鮮では「Liさん」になります。北の方が中国語の発音の影響が強いからかも知れません。日本語でそのままLが先頭にあるのはまた別の理由があるのだと思います。
  ただ、語中ではLはそのまま発音されますから、韓国語では理論は「Ilon」、地理は「Chii」となります。ただ、Lが無くなり母音だけが残る(LilonIlon)だけではなく、Nの発音に変わったりする場合もあります。(論理はOnliではなくNonliに)
  第三、第四あたりは面倒なようですが、数をこなしていくうちになんとなく法則性も感じられて、慣れてくると大体見当がつくようになってきます。

  これは全くの余談ですが、日本語の母音は五つと言われていますけれど、実はおそらく意識しないで分けて使っている母音があります。それは、「ウ」の欄で、言うなれば「ウ1」と「ウ2」みたいなものです。“ス”と“ツ”の「ウ」は他の「ウ」とは口の開き方が違っていませんか。“ス”と“ツ”の「ウ」は平べったく、ほかの「ウ」は口を丸める感じです。極端さを意識しながら発音してみると分ります。この二つは韓国語では異なる母音として、表記でも構成要素として前者は「」後者は「」と使い分けています。

5.日本語との交流
  単語の類似性などから言葉の系統を探る研究があることは知られています。語順が同じこともあって韓国語と日本語はけっこう近いのかなと思っていたのですが、実はそうではないようで、日本語の成り立ちはけっこう複合的なのだそうです。
  でもそのような専門的なことではなく、交流があったことは事実ですから、ここでは面白そうな例だけをあげてみます。なかには「?」もありますけれども。
  日本神話のアメノウズメノミコトは踊りで神々の笑いを誘い、天照大神を岩屋から覗かせました。韓国語では「わらい」は“usum”です。
  わたつみ(わだつみ)は海の神ですが、韓国語では海のことを“pada”と言います。「わた」のつく苗字(渡辺、渡部さんなど)は海と関係があった子孫ではないか(?)と。
  まぶしい」の「ま」は「まなこ」の「ま」で目という意味ですが、韓国語では“nun”と言います。その「ぶしい」という同じ意味で、韓国語では“nun pushida”と言います。「ぶし」とpushi、似ていませんか。
  時代は下がって新大陸からサツマイモがもたらされ、対馬ではそれが栽培されて食の大きな助けになったので「こうこういも(孝行芋)」と呼ばれました。それが朝鮮半島に渡ってなまり、“koguma”と呼ばれています。
  はらぺこだ」では、「はら」は“pe”、「はらがへった」は“pe kopta”と言い、そこから「ぺこだ」が生まれたとか。さあ、どうでしょうか?

6.発音の特徴
  発音は文章での説明は難しいので、背を向けられないように願いながらちょっとだけ。
  1) 母音と子音
  母音には、日本でも明治時代まで区別されていた「ヰ:ゐ」や「ヱ:ゑ」などがあります。また日本語では子音とされる「Y」「W」の系列も母音として扱われます。ですから“kya”(きゃ)の“ya”は母音ということになります。
  子音には、一部には日本語で言う「澄む」と「濁る」を強弱で表すものもあって、例えば “Ka”(強い「か」)と“kaga”(弱い「か」)のほかに“kka”(っか)があったりします。【これは真っ赤(まっか)の(っか)、ひっかかる感じです】

  2) 音節
  開音節とか閉音節と言いますが、母音で終わる言い方と子音で終わる言い方です。
  日本語で子音で終わる言葉と言ってすぐに浮かぶのは「ん」が最後につくものです。(「ん」だけではないようですが普段はまったく意識しません)
  ところが韓国語は子音で終わる音がとても多くて、その終わりの子音のことをパッチムと言います。下敷きとか支えという意味だそうです。で、次の言葉の先頭に母音が来ると、その子音がそれにくっついて発音されたりします。これをリエゾンと言いますがもともとフランス語だそうです。
  例えば「木曜日」“”mok yo il”が“mo gyo il”になるなどです。母音でなくても発音が変化することがありますが、それも慣れてくるとだいたい分かるようになります。

  学生時代、在日韓国人の同級生に聞いた話。祖父が病床でこう言ったそうです。「韓国語で話すのは疲れるので、日本語で話す」と。人や職業それに場面によりけりでしょうけれど、日本語はエネルギーをあまり使わなくても話せるのかも知れません。だから日本人は静か(?)なのでしょうか。

7.おわりに ―ハングル―
  ここまでどうでしょう。「ちょっと面白そう!」とはなりませんでしたか。それとも「もう勘弁してくれ!」と思われたでしょうか。
  私たちは普通には言葉を先ず音から覚えていきます。脳の成長もそんなふうに出来ているそうです。こんなことがありました。
  ゼミの学生たちとカラオケに行った時、一人の男子学生が完璧に近い発音で韓国の歌を歌いました。びっくりしてどうやって覚えたのかと聞いたら、何回も聞いて覚えたのだそうです。で、言葉の意味を知っているのかと尋ねたら、全然わからないと。音感がとても優れているのかどうかはわかりませんが、才能はまちまちだと言うのは当たっていると思いました。
  でも安心(?)してください。私の経験からという限界はありますが、発音の正確さは目を瞑って、先ずはハングルからだと思います。なぜなら、ハングルという文字は母音だけ、または子音との組み合わせで出来ていて、ルールなら一時間もあれば(あるいはもっと短くても)覚えられると思うからです。
  で、これまでさんざん煽ってきてここで終わりにするのは無責任なので、最後にハングルについて。
  まず五十音図と逆ですが子音を左側で縦に、母音を上に横にした組み合わせの図を浮かべてください。それは「半切」(はんせつ)表と言って、ネットで検索すると出てきます。
  子音は「k」から、母音は「a」から始まります。「k」にあたるのが「」で、「a」にあたるのが「」です。そこで「ka」は「」と横に書きます。ちなみに、先ほどの例で言えば、 “Ka”(強い「か」)は”(横棒を加える)、kka” (ひっかかる「か」)は“”(もう一つ重ねる)と書きます。
  また「」にあたるのは「」で、「ko」は「」と縦に書きます。他の子音も同じで、母音で終わる場合はこれだけです。わかりやすいですね・・・。ちなみに、先ほどの余談と関連すれば、ku」は「」と「」のように表記します。

  では子音で終わる場合。例えば感謝の「感」は日本語では「かん」ですが、韓国語では「kam」なので、「m」にあたる「」は下に付けて「」と書きます。
  まあこんな具合ですから、母音と子音をどう書くかがわかればだいたい読めるというわけです。

  別にぜひとも韓国語の学習をとお勧めしているわけではありませんが、冒頭にも書きましたようにハングルが目につく時代ですから、ちょっとした知識と、地名、駅名ばかりではなく、案内の表現から韓国語ではこう言うのかと発見してみるのも面白いのではないでしょうか。(M.I.


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