月刊サティ!

2022年10/11月合併号  Monthly sati!      Oct./Nov.2022


 今月の内容

 
  巻頭ダンマトーク:『懺悔物語 ⑦ -赦すもの・赦されるもの・・・-』
  ダンマ写真
  Web会だより ー私の瞑想体験-:『脳内映画館からの脱出   
                                                    (New New Chinema Paradise)』(1)
  
  ダンマの言葉:『段階的に進めるブッダの修行法』掲載にあたって
  今日のひと言:選
  読んでみました:山極寿一著『スマホを捨てたい子どもたち

                

『月刊サティ!』は、地橋先生の指導のもとに、広く、客観的視点の涵養を目指しています。

 
 
【お知らせ】
※編集の事情から10/11月合併号となりましたのでご理解願います。
※近刊される地橋先生の新しい単行本が現在最終的な段階に入っておりますので巻頭ダンマトークは少しの間お休みさせていただきます。
※『懺悔物語』は今回で「完」となりました。著者渾身のシリーズの一つですので、ぜひ皆様のご修行、人生の励みとなりますよう願っております。
                                                             (編集部)
 

     

              巻頭ダンマトーク

 懺悔物語 ⑦ -赦すもの・赦されるもの・・・-』

★ここでもういちど懺悔の原点に帰ってみよう。懺悔は取り引きではないことを確認しておかなければならない。
  幼い子供が成長し、やがて大人になっていく。
  利己的な要素を含む「劣善」が、いつの間にか純粋に利他的な「中善」となり、やがて最高善の「勝善」に昇華していく・・・。
  そのように、懺悔の瞑想も打算的な懺悔効果の段階から、仏教の奥義である無我の修行に分け入っていくべきものである。

*受け身に徹する
  ヴィパッサナー瞑想の真髄は受動性にあると言うこともできる。能動的にこちらから注意を注ぐと「あるがまま」から外れてしまうからだ。
  エゴはいつでも自分の見たいものだけを見ようとしているので、自己中心的になる。ワガママになる。傲慢になる。差別的になる。そんな同じ穴のムジナ同士が衝突し、にらみ合い、嫌悪し、憎み憎まれ、人生が苦しくなっていく。
  それ故に、苦受・楽受、善悪、美醜、利害、得失・・・、いかなるものにも反応せず、解釈も判断も加えず、ただ六門から入ってきた情報を捨の心で、受動的に、ありのままに観ていくのがヴィパッサナー瞑想である。
  現象をこちらの都合どおりに変えようとする発想そのものが、純粋観察を旨とするヴィパッサナー瞑想の本質から逸脱している。痛みも、眠気も、嫌悪や嫉妬や高慢などの心の状態も、どんな現象が起きても、ただありのままに承認し、受け容れ、淡々と観察していくのがサティの瞑想だからである。
  例えば、ひどい痛みがなかなか消えないとしよう。
  なすべき優先順位の一番は痛みがどのように変化していくのかを詳細に観察することだ。痛みの事実のみに意識が集中すれば純度の高いヴィパッサナー瞑想になる。余計な妄想は排除されるので、心が作り出す苦しみやパニックは起きない。
  しかしそれでも痛みが強烈ならば、ある時点で心の随観に切り替えなければならないだろう。イライラ、心配、不安、焦燥、去来するさまざまな思考などが痛みの感覚以上に強く意識されたならば、痛みは捨てて心の現象が観察の中心対象になる。
  痛みが治まって中心対象と同程度になれば、「膨らみ・縮み」に集中を戻すのは言うまでもない。こうしたヴィパッサナー瞑想の基本がすべて機能不全に陥った場合に、懺悔など反応系の修行に切り換えていく流れとなる。

*絶好の挫折・・
  妄想や感情に巻き込まれてどうしてもサティが入らないのは、それだけ執着が深いからである。欲望や怒りの対象にのめり込み、対象化も客観視もできない状態・・・。
  自分の価値観や生き方、判断基軸にしがみついている限り、同じ解釈、同じ発想、同じ考えの同じ反応しかできないだろう。他人の視座から見ることも、全体を俯瞰して眺めることもできないほど一方的なモノの見方になっているのだから、サティの瞑想現場からいったん離れて反応系の心の修行をしなければならない。
  何事も順風満帆、それ行けドンドンと展開している時に兜の緒を締めて、内省的に我が身を振り返る人は稀である。毎日、楽しくて、面白くて、ご飯も美味しく、幸せでどうしようもないから、懺悔の瞑想やりたくなりました、と言う人にはまだ会ったことがない。
  つまり、ネガティブな現象に叩かれ、痛い目に遭った時にしか人は反省モードにならないし、懺悔の瞑想を試みようとはしないのである。
  (ドゥッカ)は人生の教師であると心得る・・・。

*目には目・・
  痛い目に遭えば本気で反省する。視点が変わる。相手の立場から眺めてみる。事の流れを客観的に俯瞰すると真相が見えてくる。自己中心的で傲慢だった己の姿に愕然とする。申し訳なかった、と本気で謝りたくなる。懺悔の瞑想が本格化する。相手が生きていれば、実際に謝罪したくなるかもしれない。お詫びに行く。土下座して謝る。
  ・・・だが、絶対に赦さない!と言われたら、どうしたら良いのだろう・・・?
  心の底からお詫びし、泣いて赦しを乞う真情というものは人の心を打たずにおかないものだが、怒り心頭に達してブチ切れた人は真っ赤に焼けた石のようになっている。
  衷心からお詫び申し上げても、頑として赦してもらえない。
  なぜだろう?
  そんな目に遭う人もいれば、遭わない人もいるのは、相応の原因があるからだ。
  必然の流れで「起きたことは、全て正しい」と言い切れるのは、善も悪も公平に因果が帰結していくからである。

*鏡の法則
  かつて福音書のイエスの言葉に倣って修行していた時代に、「我らが人の過ちを赦す如く、我らの過ちを赦したまえ」という祈りに感動したことがある。(マタイの福音書第6章)
  素晴らしい祈りだ。
  「人を裁くな。自分が裁かれないためにである」(マタイ第7章)
  この決めゼリフもカッコいい。
  イエスは、まるで隠れ仏教徒の業論者のようだ・・・と感じ入った。
  蒔いた種は、必ず刈り取らなければならない。人を赦してきた者は赦され、赦さなかった者が赦されないのは、真に理にかなっているではないか。
  そんなことをやってきていたのなら仕方がない、と腹を括るしかない。
  絶対に赦そうとしない眼前の人は、過去世の私の姿を映し出してくれた鏡である・・・。

*反面教師
  赦すか赦さないかは、相手の問題である。
  赦しても、赦さなくても、いつの日か必ずその結果を刈り取らされるだろう。
  この世は因果法則に支配されているのだから、どれほど謝罪しても赦されない絶望的状態を、今度はあなたがいつか味わうことになるだろう・・・。
  と、そんな正論を口にすれば張り倒されるだろうから、言ってはいけない。
  こちらは自分の非を認め、落度を悔い改め、二度と同じ過ちを繰り返さないと誓い、五戒を守って正しくきれいに生きていく覚悟を定めて、淡々と実践していくだけである。
  ・・・と、まあ、それで正解だが、あっさり自分事に切り換えてしまうのは、懺悔が深くないからかもしれない。
  謝罪しに行った相手を反面教師にして帰ってくるのは、あまり良いエンディングではない。
  懺悔の深さにはグラデーションがあり、本気度、痛切さ、言い訳や自己正当化の残量、エゴを捨てきった内省の度合い、等々に個人差があり、深浅がある。
  懺悔の文言は同じでも、自分のモノサシをどこまで放下して心底から悔悟したのか、と問われれば、やはり身の丈に合った自分の器量に応じた懺悔の修行しかできないものである。
  真の懺悔が行じられた時に、究極の自己変革が全うされていく・・・。

*誠を尽くしていたか
  後悔や自責の念から解放されたくて懺悔の瞑想を試みる人は大勢いる。だが、楽になりたい一心で、相手に申し訳ないという気持ちよりも、罪業感から解放されたいだけの自分本位の人も少なくない。
  謝罪に来た相手が頭を下げ、お詫びの言葉を並べてはいるものの、本心からの誠意が感じられなければ赦す気にはなれないだろう。
  一点の曇りもない心底からの言葉には、人の心を深く揺さぶりアピールする訴求力がある。心底から申し訳なかったと感じている真実の情が伝わってきた時に、頑なな心が融け始めるのだ。
  潔く自分の非を認め責任を取ろうとしていても、こちらの事情や痛みがいかばかりだったかの共感が十分に感じられなかった場合にも、やはり赦しがたいと感じるだろう。
  言い訳や自己正当化する心が微塵もない。自分の過ちを深く反省し、ひたすら相手の心中を慮って痛み入り、真実の懺悔が発信されていたか否かが問われるのである。
  誠を尽くしていたか。真摯に、誠心誠意、お詫びし、心底から赦しを乞うたのか・・・。
  断じて赦さない!と相手が息巻くのは、頑固な石頭だからなのか、純粋な懺悔になり得ていなかったからではないのか・・・と自問すべきだろう。

*形だけの懺悔・・
  懺悔の修行は、後悔に終止符を打ち、ネガティブな過去から解放されることである。
  懴悔の瞑想をしたが、どこか終わった感じがしない。時が経てば、またやり直したくなる、とこぼす人が多い。
  蒸し返し現象が起きるのは、懺悔が不徹底だった証左である。謝罪されても赦せないほど深く傷ついた相手の心中に分け入って、百倍の懺悔をやり直すべきである。
  「私が間違っていました、申し訳ありません」などと涙を浮かべて頭を下げても、本心では言い訳や自己正当化を払拭しきれていなかったのではないか。
  自己中心的な自分軸は何も変わらず、価値観も基本的なモノの見方も従来どおりなのだが、一応文言どおりに懺悔の瞑想をやっただけではなかったか・・・。
  【私は、過去に**の不善業を犯してしまいました。ブッダのダンマを知らず、無知ゆえの愚かなことでした。もう二度と同じあやまちを繰り返しませんので、どうぞ赦してください。これからは、ブッダのダンマを拠りどころに、五戒を一つ一つ守って、きれいに正しく生きていきますので、赦してください。申し訳ありませんでした」
  本に書いてある文言を読み上げても、実感の伴わない懺悔にはさしたる効果はない。
  本気モードになるとは、エゴが全面降伏して白旗を掲げることだ。自分の非を認める度合いが徹底すれば、それまで愚行を重ねてきた生き方の根本が土台から総崩れになっていくような自我の崩壊感覚が過ぎるかもしれない。
  これまでの生き方、考え方、反応の仕方に間違いはないし、これからもその線で生きていくと思っている人がどうやって反省するのだろう。
  心から謝る。謝罪する。懺悔する・・・。心底から懺悔の瞑想がなされていくと、その果てには、真の自己変革が生じる一瞬が待っているだろう。
  認識革命と価値の転換が必ず起きるからである。生き方が変わり、人生の流れが変わり始める・・・・。

*草に座れば・・・

     わたしのまちがひだった
     わたしの まちがひだった
     こうして 草にすわれば それがわかる 

  「草に すわる」と題した八木重吉のこの詩から、純粋な懺悔の真情が直感的に伝わってこないだろうか・・・。
  なんてきれいな心なんだろう・・・と、透明な衝撃を受けた私は、自分の心が真っ黒に思えてきた。穢れた私がどんな懺悔の瞑想をしたところで、八木重吉の透きとおった心には至らないのではないかと。
  女詩集「秋の瞳」の序文にも、彼の純粋さが表われている。

     「私は、友が無くては、耐へられぬのです。しかし、私には、ありません。この貧しい詩を、これを、読んでくださる方の胸へ捧げます。そして、私を、あなたの友にしてください」

  敬虔なキリスト者でもあった八木重吉の繊細な感性と真っ正直な心は天性のものであり、泥凡夫の私などが努力で得られるものではないのかもしれない。

     ほそい
     がらすが
     ぴいん と
     われました

  こんな詩を書いていた重吉は、29歳で夭折した。
  現代詩の神様扱いされている谷川俊太郎にも「間違い」という詩がある。
  八木重吉の「草に すわる」を引用し、重吉の息遣いが聞こえるようだ、と言い、谷川の詩は続く。

     そんなにも深く自分の間違いが
     腑に落ちたことが私にあったか
     草に座れないから
     まわりはコンクリートしかないから
     私は自分の間違いを知ることができない
     たったひとつでも間違いに気づいたら
     すべてがいちどきに瓦解しかねない
           ー中略-
     草に座れぬまま私は死ぬのだ
     間違ったまま私は死ぬのだ
     間違いを探しあぐねて

  谷川は、本気で懺悔の修行をすれば、自我の崩壊に直面しなければならない恐怖を直観しているようにも思われる。
  「私の間違いだった・・・」
  と心底から言い切れた時には、それまでの生き方、考え方、判断の基軸、信条、生きる拠りどころ・・・など、すべてを自ら否定した挙句の果てに、絞り出され、吐露された言葉だったはずである。
  懺悔の究極は、自己変革である・・・。
そして真の自己変革がなされたとき、無我の修行は完成に近づいている・・・。

*エゴを手放す
  心から悔い改め本気で謝ることができれば、『これだけ謝ったのだから、もう良い・・・』と、やり抜いた感覚や達成感、何かがひとつ終ったというフッ切れた印象が込み上がってくるはずである。新しく生まれ変わったように、未来に目を向けることができるのだ。
  だが、本物の懺悔修行がどこまで完成したのかを証しするのは難しい。修行の最終段階では、エゴが自らを全否定する苛酷な営みである。 
  そんな難行を孤独にやり抜くことはできず、多くの修行者は神仏や梵(ブラフマン)や道(タオ)など絶対的なものに己を委ねきる形でエゴを手放そうとする。
  絶対的な、超越的な、究極的な何かによって、愚かで卑小なエゴにトドメを刺してもらいたい心理だろうか。原始仏教なら、心底から悔い改め、完全に三宝帰依ができた瞬間に対応するだろう。
  宗教的回心である。エゴの敗北宣言である。今までの間違った生き方に終止符を打ち、改悛し、絶対的なものに導かれて新たな人生を歩み始めようとする瞬間、懺悔修行が一応の完成をみたと言ってよいのかもしれない。

*究極の怒り
  懺悔の究極が無我の修行に通じるのは必然の流れでもある。だが、神仏や絶対的なものにエゴを明け渡す形での無我の修行には問題もある。
  古来から、神に全てを捧げた者同士が戦争を繰り返してきたからだ。
  神人合一の感覚、エゴが梵や道と融合する感覚は、実に気持ちが好いものである。神と私は一体なのだ。私がブラフマンであり、タオが私なのである。卑小なエゴは消滅し、無限の拡がりを持つ究極の存在と一体になったと感じる瞬間、エゴが無辺際に拡大している錯覚がリアルになるだろう。
  つまり、神も仏も梵も道も、限りなく肥大したエゴ妄想の最終形なのだ。平和を説く宗教が戦争の原因になってきたのは、我らの平和を護る神と彼らの平和を護る神との戦いだからである。神妄想と神妄想の激突は、究極のエゴ妄想とエゴ妄想の激突だからである。自分の神を汚され信仰を侮辱された時に人が最も怒るのは、神と一体化したエゴが見下され侮蔑された怒りだからである。
  プライドを傷つけられた時、人は最も怒る・・・。

*私だけは、赦さない・・
  懺悔の瞑想が暗礁に乗り上げてしまう要因の一つは、そんなことをしてしまった私は絶対に赦されないだろう・・・という強い自己否定感覚である。
  瞑想者にはネガティブ思考の方が少なくない。自己肯定感の乏しさに起因する諸々の苦しみに直面している人も多い。自分で自分を責め裁いてしまう自罰的傾向の方もいる。
  愛着障害など複合汚染の背景が考えられるが、他人は赦せても自分を赦そうとしない元凶は、我執である。
  赦せない。受け容れられない。断じて許さない。肯定できない・・・とネガティブに君臨しているエゴの自己愛が裏返されて否定を連発している構造と考えられる。
  「対象を嫌う心」と定義される怒り系の不善心は、万物を等価に観て、苦も楽もあるがままに受け容れて客観視するヴィパッサナー瞑想の障害になるのは言うまでもない。
  必ず乗り超えなければならない。

*赦しの瞑想
  懺悔の瞑想は、自分が過ちを犯した加害者であり、傷つけ苦しめたことを悔い改めてお詫びする修行である。
  反対に、自分が被害者になった場合には、加害者に対して怒りや怨みを持たず、寛大な心で赦すことができるかという修行になる。これを赦しの瞑想と言う。
  こちらに何の落ち度もないのにひどい目に遭わされた場合には、「犯人を死刑にしてもらいたいと思います」と言いたくなるだろう。
  だが、ヴィパッサナー瞑想者は、赦しの瞑想をしなければならない。
  赦すとは、ネガティブな事象をいかに受け容れるかという修行だ。
  もしネガティブな事象をことごとく受け容れることができたなら、仏道の修行は完成に近づいていると言える。
  全てを受容できる人の心に、怒りは存在しないからだ。
  嫌なものが何もなくなった心に我執は存在せず、無我の境地が達成されている。解脱した人の心に限りなく近づくのである・・・。

*自他一如
  赦しの構造を突きつめていくと、赦すことと赦されることの区別が失われ、自他一如の構造が見えてくるだろう。
  因果の理法に貫かれた現象世界では、あらゆる事象が必然の力で生起し、消滅していく。
  出力した通りのものを、未来に受け取る構造である。加害者は、やがて必ず被害者になるだろう。今、経験される苦受や楽受は、過去に自ら蒔いた種を刈り取っている瞬間なのだ。
  互いの尾を同時に呑み込んだ2匹の蛇のように、被害者は加害者であり、加害者は未来の被害者になるのだ。
  赦しがたいものを赦せない!と怒ってはならない。赦さない者は赦されない、とイエスも教えてくれたではないか。
  自分を赦すのも、他人を赦すのも同じことである。赦さない!受け容れられない!と否定し、拒絶する怒りを手放さないのは愚か者である。
  天に向かって唾を吐くのは止めるべきだ。赦しがたい他人を赦すように、どんなひどいことをしてしまった自分でも赦してあげなさい。償いをすればよいのだ。気が済むまで懺悔の瞑想をやればよい。

*祈りのことば
  赦しの瞑想は、懺悔の瞑想と同様、心にイメージを浮かべ、文言を唱えながら、その意味内容に実感と共に参入し、没頭し、集中するとよい。
  たんなる言葉の想起ではなく、うるうるするような実感が深まるほど効果が絶大になる。
  赦しがたい加害者も憎むべき出来事も赦すことができ、自分の心を縛っていた鎖を解き放つことができれば、どのような文言でも構わない。自分の心にフィットするオリジナルな祈りを作るべきだろう。手本になるサンプルを自由に修正し、私家版を作るとよいかもしれない。
  例えば、こんな文言はどうだろうか。

  「私は、あなたを赦します。
  あなたは私を深く傷つけ、私はかけがえのないものを失い、量りしれないダメージを受けました。
  でも、あなたに怒りをぶつけ、怨み、復讐しても、壊れてしまったものが戻ることはないのです。

  起きるべくして起きたことは、いかんともし難い因縁因果の帰結です。
  私には、この苦しみを経験しなければならない業があったのです。
  その不善業が現象化して消えていったのは、あなたが尊い役目を果たしてくれたからです。

  私は、あなたに感謝します。
  解くべき因縁を、あなたのお蔭で一つほどくことができました。
  あなたに幸多かれ、良い人生でありますように・・・と祈ります。
  ありがとう。
  さようなら・・・。

  私は、心に終止符を打ちました。
  全ては、過ぎ去ったことです。
  私は、明日に向かって、光を求めて、歩んでいきます・・・」

*赦す・赦される構造
  憎むべき者を赦すことも、最低の自分を赦すことも、同じ一つのことである。
  ネガティブな事象や憎むべき人を、なぜ受け容れ、赦すことができるのだろうか。
  なしがたい認知の転換を可能にする仏教の力を使うからだ。
  因果の理法と縁起の消息が理解され、納得し、腹に落ちていくとき、ネガティブは意味を失い、闇と光は一対になり、丸ごとの受容が起きるだろう。
  加害者と被害者は、因果を帰結させるワンペアなのだ。
  輪廻転生の果てしない流れのなかで、そういうことが起きてしまうだけの、無量無数無辺の因縁の消息があったのである。
  万物は相互に関連し合った宇宙網目の複雑系である。
  諸法無我が正しく理解されるとき、二元対立する一切のものが消滅する。エゴの立場から、存在と存在を隔てて視るモノの見方が崩れ去るからである。

*感謝と慈しみこそ・・
  割れて、砕けて、裂けて、飛散していく大波の姿は、この世に二つとない、かけがえのない個別の存在に見えるだろうが、全地球に拡がり、連なり合った、ただ一つの巨大な海面が実在しているだけではないか。
  刹那に崩れ去り、消滅していく大波の姿形に心を奪われてはならない。無常なるものに執着するのはドゥッカ()である、とブッダが繰り返し説かれたではないか。
  風が吹かなければ、地球が自転しなければ、月の引力が働かなければ、磯の巌石がかくのごとくに存在しなければ、実朝の一瞬の大浪が歌われることはなかっただろう。
  万物が複雑系の縁起に織り成されて、相互に関連し合い、因となり果となって諸法無我の消息を伝えている。そして、その一切が刹那に変滅していく無常の苦を暗示している。そのような無我と無常の本質が洞察され、明晰に知られたとき、どうして被害を受けた我が危害を加えた彼を憎むなどという滑稽な認識があり得るだろうか・・・。
  自分に苦しみを与えた者を赦すのではない。
  深遠な理法を、痛切な事例を示して教えてくれた御方なのだから感謝を捧げるべきではないのか。
  自虐モードのスパイラルに陥って喘ぐ愚か者が、無明と我執こそが諸悪の根源であることを教えてくれてもいた。やさしく受け容れて、私よ、幸あれ!と慈悲の瞑想を捧げるべきではなかったか・・・。

*終わりに
  完璧な慈悲の瞑想ができるのは、悟りを開いた人だけかもしれない。一切のものを無差別平等に観る「捨(ウペッカー)」のファクターを体得するのは、無我を悟るのと同様の至難の業だからである。遠大なグラデーションの途上で、その時々の自分の立ち位置を確かめながら、深めていくしかない。
  そのように、完璧な懺悔の瞑想ができるのは、限りなく悟りに近い人だけかもしれない。エゴを手放し、我執を捨てきるのは至難の業だからである。
  ヴィパッサナー瞑想は心をきれいにして煩悩を滅尽させていく清浄道である。たとえ幼稚な段階であっても、心から実感を込めて懺悔ができたならば、それは謙虚な心の証しとなる。
  懺悔が心から実行できるようになっていく過程は、我執が弱まり慢の煩悩が壊れていく過程でもある。
  以上が、設問の④「現象になんの変化も起きなかった場合、懺悔にはどのような意味があるのだろうか?」の回答でもある。
  できないからできるようになろうと努力するのが修行である。未熟だから修行するのであり、不完全であっても、懺悔の修行をした者の心はそれだけ浄らかになり、解脱に一歩近づいていることを忘れてはならない。
  懺悔物語は今回で完結する。本来の構成で最終回の掉尾を飾るのは、第1回の「アングリマーラの光と闇」だった。自らの尻尾を咬む蛇のように、尾から頭へ戻って再読していただければ幸いである。 () 




 今月のダンマ写真 ~
 
『タイ森林僧院の伽藍を守るナーガ」(Part2)

先生より

    Web会だより ー私の瞑想体験-

『脳内映画館からの脱出(New New Chinema Paradise)』(1)
                                by セス・プレート

  瞑想者の皆様の反面教師になれるかも・・と思い、書きました。瞑想をサボる矛盾だらけの瞑想落第生が、なんとか瞑想から離れることなく続けてきた過程です。

2022年年初 No Way Out (追いつめられて)
  まずは自己紹介を。
  私は、表面上は真面目なビジネスパーソンである。今の状態を不幸せだといえばバチが当たるくらいに恵まれていると思う。家族・親戚とも仲が良いし、深く狭い親友もいる。
  それなのに何年も、ほぼ毎日一番苦しいのは出社前で、仕事に行くこと、仕事のために勉強することが、年々苦しくなってきていた。その感覚は、不安と恐怖で筋肉が硬直しているような状態であった。おかげでひどい肩こりのため、週に一回、筋肉を和らげる注射を打っており、職場では毎日イライラしていた。
  このままでは定年まで体力も気力も持たない。数十年もこの苦しみを味わうなんて耐えられない。何とかしなければ・・・。そういう状態であった。
  そして、この悪夢は、瞑想に出会っていたにもかかわらず、見続けていたのであった。

★瞑想に出会うまで(1) Apocalypse Now (地獄の黙示録)
  学生時代の私は、自覚のないエゴのロボットだった。エゴが生きるエネルギー。とにかく稼げるようになって金持ちになって周りを見返してやりたかった。裕福ではなかったので、奨学金をもらってアメリカへ行った。留学先で選んだのは演劇学科だった。
  当時は英語、IT、会計の3つが稼ぐための必須のスキルと言われており、英語ができるようになるには、英語で芝居をすればいいではないか。しかも、注目も浴びてエゴも満たされる、ということで選んだ。もちろん、芝居が好きだったことが本来の理由で、それは、演じることで他人の気持ちが分かるからだったが、それはエゴに隠れて小さくなっていた。
  他の留学生は親が車を買ってくれたり、休日は旅行をしたりして、比べるほどに「金持ちのボンボン大嫌い」という怒りも増えていった。そしてそれをバネにしていた。
  演技のクラスでは、過去の記憶を使う。Joy(喜び)であれAnger(怒り)であれ、過去から感情を呼び起こしてきて、現在の身体に載せて使う。失恋役なら悲しかったこと、チンピラ役なら恨みの記憶、思い出して貯めて使う、思い出して貯めて使うの反復練習。たくさんの映画を観て、いろんな場面のいろんな感情を貯めていく。善も不善も。
  一生懸命にやればやるほど貪瞋痴を引き出しに増やすのだが、当時はそんなことを知る由もない。もし心の仕組みを知っていたら、決して演劇を選ばなかったし、選んでしまった上でも、違うアプローチをしていただろう。余談になるが、俳優さんに自殺が多いのは、記憶と感情を再利用することが原因の一つではないかと思う。
  とうとう、摂食障害になった。食べては吐くを繰り返した。さらに恨んだ。なんで、私ばかり恵まれていないのか・・・。八つ当たりもいい加減にしろと今ならばわかるのだが、無明によって貪りと怒りが増えていく好例だった。
  ただ、良い経験もあった。毎回実技クラスの最初に瞑想っぽい練習があったのだ。目を閉じて、息を吐くごとに身体から力を抜いていく、リラックスする方法であった。これをすると頭の中の会話が消えてスッキリしたし、心が安らいだ。実際この練習がなかったら、もっと悲惨な状況になっていたかもしれない。
  そして、後々、因果の種のパワーを感じるきっかけになるのが、アメリカで観た映画「City of Angels」である。この映画は、人間を救う天使をニコラス・ケイジが演じており、人間を死なせまいと頑張る医者と恋に落ち、五蘊の執着のない天使の世界から、苦しみしかない人間界へ飛び降りて、自ら人間になる話である。天使が人間に手を置くと、人間が癒されて落ち着くのだ。こんな存在になれたらいいなと憧れた。
  とにかく、過去で一番辛かったのがこの留学時代なのだが、2022年にまた似たように苦しくなるとは思いも寄らなかった。

★瞑想に出会うまで() The Motorcycle Diaries (地獄で仏/ヨガ)
  社会人になった私は、異常にプライドが高く、イタい新人としてデビューした。最初に入社した企業では、あだ名が「アメリカ人」だった。アメリカ人に悪気はないが、私のエゴの強さを周りから指摘されていることのよく分かる、優れたあだ名である。この呼ばれ方をした時点で、自分は改めるべきところがあると気付けるような人間であったなら、悪化はこの辺で止んでいただろう。
  この職場では迷惑をかけ続け、あげくの果てに「もっと稼ぎたいので外資系に転職します」と、ここには書けない、本当に失礼極まりない辞め方をした。貪瞋痴の負債が貯まる一方なのがお分かりいただけると思う。悪を為して、悪を為す。悪のデパート。悪の総合商社。
  やはり、問屋が卸さないのである。次に転職した企業では、よくキレる先輩から怒鳴られ、泣かされ、毎日ほぼ終電。仲間だと思ってた同僚に騙されて数十万の高額なインチキ商品を買わされた。そうしているうちに過労で職場で倒れて、救急車で運ばれた。しかし、ここでも、エゴロボットの私は、自分が悪いとは一瞬も思っていないのである。無明とは本当に恐ろしいものである。
  回復後に出社すると、私が倒れた日に私の様子がいつもとは違う、おかしい、と気づいていてくれた同僚が寄ってきて、「ヨガをするといいよ」と誘ってくれた。ヨガの先生はインドで修行されたベテランの80代の男性で、毎回ハーレーダビッドソンに乗ってやってくる超元気な方だった。
  ヨガをやると姿勢も気分もよくなって、元気が戻ってきた。これで性格も治れば良かったのだが、治ったのは体力だけだった。ここでずっと続けていれば精神も治っていったのかもしれないが、場所が遠くて通うには厳しく、健康を取り戻した後に、ヨガは一旦ここで止めた。実際弱っている時に通えたのだから、頑張れば通える距離だったが、エゴが止めさせたのかもしれない。(つづく)
       
 

      「ある日のコスモス畑」 (K.U.さん提供)

 






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『月刊サティ!』
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ダンマの言葉
               

           『段階的に進めるブッダの修行法』掲載にあたって
  
  今月号より『段階的に進めるブッダの修行法』を掲載いたします。これは20031月号から『月刊サティ!』(ペーパー版)に「翻訳シリーズ」として掲載されたものですが、すでに20年近く経過しており、再び連載することにいたしました。みなさまのご修行の一助となれば幸いです。
  スタート当時は新しい企画であったため、「翻訳シリーズ」としての前文や、すでにこの欄で紹介した部分もありますが、全体の流れのためにそれらもそのままといたします。今回はその20031月号に掲載されたものです。

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「テーラワーダ仏教翻訳シリーズ」

  これから『月刊サティ!クーサラ版』では、“テーラワーダの文献”をご紹介させていただく事になりました。このテーラワーダ仏教に関する文献と言うものは、本屋さんへ行ってもなかなか見当たらないものです。大乗仏教やチベット仏教の紹介はいろいろ揃っていますが、それに比べるとまだまだ少数です。と言って、良い文献がないわけではなく、インターネットで調べると数多くの著作を見ることが出来ます。しかしこれらはほとんど英語で書かれているため、簡単に読めると言うわけにはいかないのが現状です。
  これだけ多くの仏教書籍がありながら、テーラワーダ関係の翻訳があまり出ていないと言うのも不思議な所ですが、そこに関心のある学者があまりいないと言うことでしょうか。
  テーラワーダ仏教を学ぶ私達としては、語学や歴史背景に詳しい先生方が訳して下さるのが一番良いのですが、どうも待っていても出そうにない状況です。それでは、いっその事、自分たちで訳してみてはどうだろうかと言うことになりました。
  編集部からの要請を受け、翻訳部と言うものを作り、何とか訳して行こうではないかという話になりました。しかしながら、何分にも素人のやる事ですから始めから完璧なものができるとは考えておりません。それでも、少しでも皆さんに情報を提供していくことができれば、修行の助けにもなるし、訳す方も徳を積むことになるのではないか。こんな気持ちから発足しました。今後、皆さまのご教示、ご意見をいただければ、幸いです。
  と言うわけで、今回はその予告と、さわりの部分を紹介しようと思います。
  
  Buddhist Publica Society(仏教出版協会)と言う出版社がスリランカにあり、仏教に関する名著を出しています。
  この著作の中にダンマという題の文章があり、段階的に進んでゆくブッダの修行法について書かれています。その項目は次のようなものです。
  1.ダーナ(布施)
  2.戒:五戒、八戒、十戒
  3.天上界
  4.障害
  5.出離
  6.四聖諦 八正道
  修行の第一番にダーナ(布施)が来ています。
  布施は他の人々に自分の労力や物を分かち、功徳を積むというだけではなく、寛容の心を育てると言うことにも役立っています。ダーナに関する経典からの文章を二つ載せておきます。

  五つの果報
  布施には5つの果報がある
  多くの人々に慕われ親しまれること
  善き人々に尊敬されること
  善人としての名が広まること
  家を守るに道を誤ることなく
  身が破れ死して後、善きところ、天界に生まれ変わること

  貪欲の克服
  怒らないことにより怒りに打ち勝ち、
  善い行いをすることにより悪に打ち勝ち、
  分かち合うことにより物惜しみに打ち勝ち、
  真実を語ることにより偽りを語ることに打ち勝て

次号よりの連載をご期待ください。(つづく)

       

 今日の一言:選

(1)全ての現象を受容するとは、具体的には、どのような事態になろうとも腹を立てないことです。
  反発し嫌う心と、ありのままに、そのまま受け容れる心は正反対です。
  仏教の善悪は煩悩の有無によって判定されるので、「怒り」という貪・瞋・痴の三毒の一つを抑止して怒らないことが、仏教の瞑想者のなすべき仕事と心得る。

(2)悪を避けて、善をなす。
  この仏教の判断機軸は、いついかなる場合にも揺るぎがない。
  だから、情況の流れのままに流され、起きたことをことごとく受け取っていくだけで過つことはないのです。
  是非を言い立て、好き嫌いに反応するエゴを捨て去るために、全ての現象を完全に受容していく……

(3)風の吹くままに揺れる柳の枝のように、どんな力にも逆らわず、起きてしまったことはひとまず受容する精神。
  衝突しない。抵抗しない。葛藤しない。
  起きたとおりに、あるがままに、その現実を受け止めて眺めれば、次の瞬間、どうすればよいのかが自明なものとなる。

(4)わからなかったら、天を仰ぎ見て、
  「……このことから、何を学べばよいのでしょうか?」
  と問う。
  自己中心性や<私が、オレが>のエゴ感覚が弱まった分量に比例して、客観性と公平性を帯びた着想になる。

      


   読んでみました
山極寿一著『スマホを捨てたい子どもたち
                           (ポプラ社 2020年)
  201812月号の本欄『人類は何を失いつつあるのか』(関野吉晴氏との共著)でも紹介しましたが、著者は世界的に著名なゴリラ研究者であり、現在は京都大学総長の職にあります。1978年以来、アフリカ各地でのゴリラの野外研究を通じて、初期人類の生活や人類に特有な社会特徴の由来を探ってきました。
  前書きにもあるように、近年は電車内で腰掛けている半分ほどの人がスマホを見ている姿を見ることがあります。
  著者はこのところ高校生や小中学生と話をすることが多くなったそうです。で、若い世代のことをもっと理解しなければと思って、(はっきりとは描いていないのですがおそらくその子どもたちに)「スマホを使っている人は?」と聞くとほぼ全員が手を挙げたのですが、今度はためしに「スマホを捨てたいと思う人は?」と聞くと、結構多くの子が手を挙げたと言います。そこで著者は、若い世代も「スマホを持て余しつつあるのではないか」と感じたそうです。
  衝撃的な本書のタイトルはそこから名付けられたのでしょう。もちろん中身は子どもたちだけに限るわけではありませんが、著者の思いはどちらかというと若い世代に向かっているようです。本書では、私たちを取り巻く通信手段をはじめとする技術的・物的環境のおびただしい変化のなかで、これからの人と人とのコミュニケーションでは何が大切かを、ゴリラや猿との生活で得た経験を通して語っています。著者は本書以外にも多くの著書があり、またYou Tubeなどでも講演を拝見することが出来ます。なので、本稿では概要のみを紹介しますが、興味を持たれたらぜひその他の情報も含めて、じかに閲覧、視聴されると良いと思います。なお、文章は私(この欄の筆者)の理解をベースにしていることをご了承ください。

第1章:スマホだけでつながるという不安-ゴリラ学者が感じる人間社会の変化-
  サバンナ進出当時、人間の脳は小さいままであった。そのころの集団サイズは1020人くらいと推定されている。これはゴリラの平均的な集団サイズと同じで、言葉に頼らずに動くことができる規模である。一部のスポーツチームを考えるとわかりやすい。
  しかしサバンナでは危険が増えたため、自分や仲間の命を守るには集団規模を大きくしなければならなかった。だが集団が大きくなると食物や安全な場所をめぐってトラブルが増える。それに対処するには情報を処理する能力を増さねばならず、それに応じて脳そのものを大きくする必要が生じた。
  脳が大きくなり始めたのは200万年前ころ。当時の集団の大きさは3050人程度と考えられている。その後脳は急速に大きくなり、約60万~40万年前にはゴリラの3倍ほどの1400cc、現代人と同じ大きさに達した。
  この大きさの脳に見合う集団サイズは100150人とされ、この数は文化人類学者の間で「マジックナンバー」と言われているという。言い換えれば、「150人というのは、昔も今も、人間が安定的な関係を保てる人数の上限」であり、「限られた食料をみんなで分け合い、平等な関係を保って協力し合いながら移動生活を送るためには、150人が限度なのでしょう」と言うことだ。移動生活が基本だから、土地に執着したり多くの物を個人で所有したりはしなかった。
  しかしやがて150人を超える集団が生まれていく。そうなると情報処理能力を増やさねばならなかったので、そこに言葉が生まれる。逆に言えば、言葉を持ったことで大規模の集団が可能になったということでもあろう。それはおよそ7万年前とされている。
  問題は、言葉だけでは互いのつながり感覚を持てないことだ。だからこそなのか、かえって言葉に頼るようにもなる。安定的な関係を築けるのが150人規模のままなのにつながる人数が劇的に増えた、そのギャップからさまざまな問題が生じたのではないか、と著者は考えている。
  その一つとしてこのようなことがある。例えば、「自分の時間」は同じく「相手の時間でもある」という生身の認識や感覚が薄くなっていることだ。特にネットではそれが顕著に表れる。そこでは対面のつながりから得られる「互いに違う」という肌身で感じるものがなく、そこにあるのは絶えずつながっているという「幻想」「錯覚」でしかない。
  さらにこれが昂進するとどうなるか。現実が二の次になり、「現実の世界の自分より、スマホの中にいる自分の方がリアリティをもつものに」なる可能性さえ生まれるようになる。
  これらを勘案すると、「規模に応じたコミュニケーションツールの使い分けが必要」と言うことになる。しかしそう都合よくできるかどうか。著者は、本当に信頼のもとにつながるためには、時間と空間を共有し、五感を使ったつきあいをするほかはない、としている。

第2章:ぼくはこうしてゴリラになった-生物としての人間を知るために-
  この章では、著者がニホンザルやゴリラと暮らして見えてきた人間について語っている。そのきっかけは、「サルを知ることが人間を知る近道」と教えられ、面白いと思ったことからだった。
  そのために著者は猿の群れに入っていった。その中でサルになりきって、彼らが五感で感じ取っているものを「自分の目で見て、耳で聞き、鼻で感じ、舌で確かめ、身体で感じる」ためだ。そうしてこそ、人間の側の勝手な解釈を排することができ、「サルがさまざまな場面で、どう感じ、自然をどう見ているのかが、少しずつ理解できるように」なるはずなのだ。
  つまり、サルに発信器をつければどこにいるかはわかる。しかしそれは単に動きを知るだけにすぎず、サルが感じている世界はわからない。そうではなく、知るべきなのは、サルがどういう世界のなかでどのように社会をつくっているのかということだ。
  こうして屋久島では5年くらいかけてサルの警戒心がなくなるまでになった。しかし、「向こうがこちらをサルと思ってくれない」ので仲間と認知してくれることはなく、さまざまなことを知ることは出来たが、「これがニホンザルとの関係においては限界」だったという。
  ところがゴリラはまったく違っていた。「サルとの遭遇には常に緊張感があったのに対して、ゴリラは、人間との出会いをどこかで楽しんでいるように見え」たからだ。そして興味が膨らむ。
  遺伝子的な違いは、ゴリラとサルが3%であるのに対し、ゴリラと人間は1216%で、ゴリラと人間のほうがゴリラとサルより近いのだ。
  ゴリラは家族的な集団をつくって生活するが、ニホンザルと違って歳の序列で優劣を付けない。これは、ニホンザルではケンカを止められるのは最高位のリーダーだけなのに対して、ゴリラの場合、大きな雄同士のケンカを止めたのは子どもたちだったことからもわかる。
  それは、実はゴリラもケンカはしたくない。しかし負けたくないから自己主張をし合う。そこで誰かが割って入ってくれればメンツを保ちながら引き分けられる。で、そんな利点をみんなわかっている。だから子どもの言うことも聞くことになる。
  オスのゴリラは歳をとると白銀の毛が背中からお尻、後ろ足のほうへと増えていく。これはシルバーバックと呼ばれる。子どもたちはお母さんよりお父さんのそばにいるそうだ。
  「シルバーバックの白い背中めがけて子どもたちが集まってくるところを見ると、白い背中はメスのためではなく、子どものためだとわかります。膨張色である白だからこそ、暗いジャングルでも目立ち、子どもたちはあの背中を目印にしてついて歩くことができる。落ち着く場所を見つけて休憩するときには、あの背中に惹きつけられるように寄って行って、あの背中を枕にしで寝ます。シルバーバックの背中は子どもたちの憧れの場所なのです」
  こうしてゴリラとの生活を通じてわかってきたことは、ちょっと遠くにいて姿が見えなくても、仲間なのでひと声出せばわかり合えるということだ。近くにいる時には言葉を交わさずに身ぶりで、時に触れあって互いの気持ちを確かめ合う。これがルールで、それを破ったら気持ちを通じさせることができなくなる。そういう社会がそこにあった。
  ゴリラの著者に対する心情は、「人間であることをわかったうえで、『ゴリラのルールを守って入ってきたのだから、俺たちの群れに入れて付き合ってやろう』という態度」ではないかという。そしてそれは、「どこか外国人に対するぼくたちの態度に似ている気が」するとも。

第3章:言葉は人間に何をもたらしたのか-ゴリラから見た人間社会-
  ゴリラの世界では身体を寄せ合った時にはもう、「一人ではない」「つながっている」という感覚になって、仲間として気持ちが通じ合う状態になっているそうだ。では人間の場合はどうか。
  人間の場合、たとえ体を寄せ合うことはなくとも、あるいは距離を保ちながらも、つながる感覚を持てるようになってきた。それは「言葉」によるものだ。なぜなら、言葉を使って情報を共有することで、身体感覚がなくても安心感を得ることが出来たから。
  しかも言葉は身体的感覚を伴わずに時間や空間を移動できる。また拡散も可能なので、集団を大きくすることができ、やがて文字が発明されるとさらにそれが推し進められてきた。
  しかし著者はここであえて、「言葉の負の面にもあらためて目を向ける必要がある」のではなかと言う。
  例えば言葉というのは、ある出来事を「抽象的なシンボルに集約してそれを再現している」だけなのだから、それがすべてを表しているというわけでないのはもちろんだ。したがって、言葉だけでは相手の感情はわからないし、さらには、文字を介した理解には常に疑いや読み手の勝手な解釈さえつきまとい、誤解や曲解も生じるだろう。しかもそのうえ、例えばSNSでの拡散が不幸をもたらすことがあるように、使い方次第では被害を生んでしまう結果にもなる。
  そこで著者が勧めるのは「スマホ・ラマダン」。「期間を決めてデジタルを断ってみると、スマホの利点も欠点もわかるようになるのではないでしょうか」「スマホはいったいどんな人間の欲に基づいているのか。スマホの有用性を知るためにも、一度それを断ってみることも必要だと思います」と結んでいる。

第4章:人間らしさって何?-皆で食べ、育て、踊る人間の不思議-
  人間社会の特性は家族と地域社会という単位が併存していることだ。本来この2つは、見返りやお返しという点から見ると対立するものにもかかわらずなぜ成立するのだろうか。その理由は共感力にある。
  この共感力を人類が持ったのは、文化的理由ではなく生物学的要因に関係していると著者は考える。
  サルやゴリラ、またチンパンジーでも、仲間が食糧を持ってきて与えるという行為は見られない。ましてわざわざ集まって食べ物を分け合うことなどは決してしない。
  サバンナに出た人類の身近には、おそらく十分な食糧はなかっただろう。そこで、遠くまで行って集めなければならないし、またそれを安全な場所まで持ってきて分けることが必要になった。そうなると行かなかった者は、その安全性については持ってきた人を信じて食べるほかはない。そうしたことから信頼関係が構築されていったのだろう。
  一方、火や道具によって調理がなされるようになる。そのため消化効率が上がり、寄生虫の害も除けるようになったし毒性も緩和されるようになっただろう。それは結局、食物の範囲を広げるとともにそれを得るために費やす時間も減らし、他者とのつながりに今まで以上の時間を使えるようになる。おそらくそれが仲間の数の増加と言葉の成立を後押しすることになった。
  また、サバンナでは森林よりも乳児死亡率が高くなる傾向がある。多産がそれに対処するひとつの方向だが、人間はもとよりそうではなかったので、出産間隔を縮めることになった。しかし赤ん坊の成長は遅く、というより他の哺乳類と比べればわかるように、人間は超未熟児で生まれてくるので自分の力では乳にたどりつくこともできない。それなのに母親は次の出産のため子から離れざるを得ない。そうするとその赤ん坊が生きていくためには周囲の人たちによる手助けが必要となる。こうして家族や家族以外の多くの人たちがみんなで子どもを育てるようになった。「人間同士の信頼は、こういう社会の中で、子どもに無報酬の奉仕をすることでつくられてきたのだ」と考えられている。
  では、子育てと食物の分配とは関係があるのだろうか。ただし、ここで言う分配とは、「相手に食物を差し出すような積極的な行動ではなく、相手が目の前の食物を取ってもそれを許容するといった消極的なもの」を言う。
  食べ物の分配はゴリラなどの類人猿の場合に見られるが、それらはみな子どもの成長が遅く離乳期間も長いので母の負担が大きいのが特徴だ。
  また、南米にいるタマリンやマーモセットなど、ポケットモンキーと呼ばれる小さなサルたちの社会でも見られるという。その特徴はというと、「彼らは、双子、三つ子を当たり前のように産み」「複数の子どもたちをお母さんだけでは育てることができないので、年上の子どもや複数のオスたちが、生まれた子どもを背中に乗せて運び、子どもたちに食物を分配するなど」皆で世話をすることだ。
  「つまり、食物の分配は、知性の高さではなく、子育ての負担の大きい社会で起こる現象」であって、人間は「ポケットモンキーのような多産と、類人猿のような遅い成長という、食物分配を引き起こす二つの要因をあわせもっている」ということになる。
  また、食物分配をするタマリンやマーモセットでは他者をいたわる行動が多く見られたが、食物分配をしないニホンザルではそうした行動は見られなかった。
  こうした研究から、共感力は、共同で子どもを育てる種、子どもの成長に時間がかかる種で発達した可能性が高いと推測できる。こうした共感力が、おとなと子どもの間だけでなく、おとな同士の間へと拡大したのだろう。
  ただし、人間の共感力の強さはほかの霊長類の比ではなく、他者の感じていることを「同じように感じる」脳の働きがあることもミラーニューロンと名付けられた研究からもわかってきた。そればかりか、「教える」という行為も人間だけに見られるという。自分の不利益を顧みずに「教える」などという行為は、人間以外は絶対にしない。おまけに、共同保育を源にして子どもには「目標」が課せられるようにもなったのだろうが、「サルやゴリラの社会から見ると、人間は、とてつもなくおせっかいな生き物」に違いないらしい。
  この章ではこのほか、赤ん坊に声かけをする時の声のトーン、音楽、歌う・踊るなどの行為が共感の源になったことも述べられている。

第5章:生物としての自覚を取り戻せ-AIに支配されないために-
  この章では、私たちは「生物として」の人間の幸福な生き方と、どのような仕組みを社会の中につくるべきかを考えなくてはならないとの記述。
  生まれた時からインターネットがある今の子どもも、さまざまな人とのリアルな接触を通しての経験が大切だという。それがリアルな世界を直感力で切り抜ける能力を鍛えることになるからだ。
  本来人間は、他者に迷惑をかけたり迷惑をかけられたりしながら、それを幸福と感じられるような社会の中で生きてきた。
  注:江戸末期から明治初期の見聞にはそれをあらわしているような記録がある。(文末参照)
  ここで著者はゴリラが家族的な集団の中で共感力を見せたエピソードを紹介している。
  衝突事件の巻き添えで乳離れ間近の子どもゴリラ(雄)が、母親を失うと同時に、右手のひじから先を失う大ケガをした。著者たちは誰もが彼の運命は厳しいだろうと思っていたが、シルバーバックほかの思いやりによって生き延びたそうだ。著者は言う。
  仲間を思いやるこうした行動は、危険な状況に直面したときに強化され、それは人がサバンナに出てきた時も同じだったが、今はそれが弱体化しつつある。これからはその共感力や社会力をどうやってつくっていくかが課題なのだと。
  また、「このまま情報化が進めば人間は『考える』ことをやめる」かも知れないとも。なぜなら、今はテクノロジーの発達(例えば暗算→紙上計算→電卓)で記憶媒体が大容量になったため脳を使わなくなってきているからだ。それに関係するかもしれないが、現代人の脳は、12000年前に農耕牧畜を始めた頃より10%小さくなっているという説もある。
  そのうえ、実に「考える」こと自体までが外付けになる可能性もある。ネットで商品を購入したあとで「おすすめ商品」が表示されることなどはその兆しではないだろうか。
  この章ではほかに、おとなは自分の子どもではない子どもに対しても責任をもっていること、人間対人間でも人間対動物でも、基本は個と個の付き合いであること、動物も人間も種としての歴史を背負っていることを述べ、最後に次のように結んでいる。
  「多くの生物にとって、人間の存在は自分の感覚では把握できない未知のものかもしれません。でも、その未知の存在である人間が及ぼす効果がどんどん大きくなって、今、地球は壊れかけている」
  「今、ぼくたち人間にできるのは、地球を壊さないこと。そして、生物としての自覚をもう一度取り戻すことです」

第6章:未来の社会の生き方-生活をデザインするユートピア-
  共感力というのは人間同士の信頼関係をつくりだしてきたが、それが暴走すると暴力をも生み出してもきた。特に集団間においては、敵をつくり出すことで結束力は強まる。しかし決してそれが幸福につながることはない。
  これを改善するためには、「0か1」の間を許さない「排中律」の逆、「肯定でも否定でもなく、肯定でも否定でもある」とする東洋哲学の中にある「容中律」の概念が必要だという。
  0か1かという発想によるデジタル社会、仲間か否かと迫るSNSの世界がまさにそれだ。「どちらにも属するかもしれないし、どちらにも属さないかもしれないという『間』の発想が世間一般に広がれば、もっといろいろなことが楽になる」はずなのだが。
  ここで著者は「創発」という概念を提供している。それは、一つ一つの単純な動きが集まると全体では思いもよらないような高度なものになる現象を指す。そして、AIを利用した創造を繰り返していけば、どこかで思いがけない「創発」が起こるかもしれないという。そこで、「人間の未来は、とんでもない方向に進む可能性もはらんでいるけれど、ユートピアに行き着く可能性も大いにある。ぼくはそう思っています」と結ぶ。

  「あとがき」で著者は、コロナの中での生活のヒントとして本をじっくり読むことを薦めている。
  「本というのは、過去の人々が叡智を尽くして言葉を練り、多くの人に向かって書き上げた渾身のメッセージです」
  「友だちと離れて独りになる機会を与えられるなんて、人生の中でそうあるもんじゃない。それを最大限に生かして強くなってほしいと思います」
  「新型コロナウイルスが去ったとき、世界はこれまでとは違ったものになっているはずです。でも、人間の生物としての本質は変わりません。食事などを通じて仲間と一緒のときを過ごすことは、人間にとって相変わらず最大の幸福につながるはずです。それをどういうふうにデザインするかが、未来の課題です」
  「君に今できる最善のことを考えてください。そうすれば、未来はきっと君に微笑んでくれるはずです」と。

注:『半七捕物帖』で知られる岡本綺堂が昭和6年、当時から423年前のこととして次のように語っている。
  「私がまだ中学生であった頃に、英国大使館の書記官アストン氏と共に、神田の神保町通りを散歩したことがある。
  その頃には今の電車通りはない。今日で云えば南側の裏通り、即ち東京堂や文房堂前の裏通りが神田の大通りであったのである。それとても今日に比べると、路幅はよほど狭い。家並は悪い。各商店の前には種々の物が積んである。往来には塵埃や紙屑が散乱している。一見、実に不体裁なものであった。
  倫敦や巴里の町に、こん穢い所はありますまいねと、私はあるきながら訊いた。
  勿論ですと、アストン氏は顔をしかめながら答えた。新嘉坡や香港にもこんな町は少いでしょう
  こう云った後に、アストン氏は又云った。
  併し日本の町を歩くことを好みます。そこには倫敦や巴里は勿論、新嘉坡にも見出されないような大きい愉快を感じることが出来るからです。それがあなたに判りますか
  わかりません
  それは途中で出逢う人ーー男も女も、老人も子供も、皆チャーフルな顔附をしていることです。どの人もみな楽しいような顔をして歩いています。こればかりは恐らく他の国には見出されますまい。それを見ていると私も自然それに釣込まれて、おのずからなる愉快と幸福とを感じます。それが嬉しいので、私は努めて東京の市中を散歩することにしています(略)
  二、三間行き過ぎてからアストン氏は更にこんなことを云った。
  東京の町はいつまでも此儘ではありません。町は必ず綺麗になります、路も必ず広くなります。東京は近き将来に於て、必ず立派な大都市になり得ることを、私は信じて疑いません。併しその時になっても、東京の町を歩いている人の顔が今日のようであるか何うか、それは私にも判りません
  最後の言葉に頗る悲観的の意味を含んでいることは、年の行かない私にもよく判った」(岡本綺堂『江戸の言葉』河出書房新社 2003年より)
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