月刊サティ!

2021年1月号  Monthly sati!  January 2021


 今月の内容

 
  巻頭ダンマトーク『死が輝かせる人生』 (5)
  ダンマ写真
  Web会だより:『仏教聖地巡礼 インド・ネパール七大聖地の仏跡巡り』(4)
  ダンマの言葉
  今日のひと言:選
  読んでみました:ユヴァル・ノア・ハラリ『Lesson21』
           ユヴァル・ノア・ハラリ『緊急提言・パンデミック』

                     

『月刊サティ!』は、地橋先生の指導のもとに、広く、客観的視点の涵養を目指しています。  

    
 お知らせ :2020年12月号は休刊とさせていただきました。  

     

   巻頭ダンマトーク『死が輝かせる人生』(5)
                                            地橋秀雄

<キューブラー・ロスの死と癒し>
  死の専門家と言えば、スイス人の精神科医キューブラー・ロスの右に出る者はいないでしょう。代表作『死ぬ瞬間』が世界的なベストセラーになりましたが、ホスピスやターミナルケア(終末期医療)の草分け的存在として知られています。ロス女史は一万人もの人を看取ったと言われ、医師として科学者として死のプロセスを明らかにし、死の迫った人たちと心を分かち合い、不安を取り除き、安らかに死んでいく道を示した画期的な仕事をされた方なのです。

  当時の医学界では、死は医師たちにとって失敗であり敗北でしかなく、死にゆく患者への告知も、その心に寄り添った対応も配慮もなかったようです。残された幼い子供たちを案じて途方に暮れながら死んでいく末期癌の女性に対して、医者たちは肝臓の肥大がどうのこうのとしか言わず、心のケアはなされていませんでした。救えない命、助かる見込みのない患者に向き合うことは、治すことしか教えられていない医師たちにとって、自らの敗北とプライドの失墜を直視する苦痛が伴ったのでしょう。

  赤ちゃんが毎日必死で生きているように、助かる見込みがなくなった人もまだ生きているのです。人生の最期の一瞬一瞬を生きながら、自身の死を受け容れられず苦しみ、自分が死んだ後に残される家族を案じて苦しみ、医者から見捨てられていることに絶望して苦しんでいる人に、どうしたら救いの手を差しのべることができるだろうか。何がしてやれるのか。キューブラー・ロスの生涯に一貫していた苦しむ人たちに対する慈悲心が彼女を駆り立て、対話し、観察し、安らぎを与え、模索しながら独創的な死にゆく者へのターミナルケアを確立していった功績は不朽のものでしょう。

*優しさと強さ
  キューブラー・ロスの自伝「人生は廻る輪のように」を読むと、彼女の強さと優しさが印象的です。花も動物も人間もあらゆる生きものの命を大切にし、苦しんでいる者を助けずにはいられない生来の資質に加え、さまざまに苦悩する人たちとの出会いが差別のない優しさを培っていったように思われます。
  ロスが無我の境地に到達した人物とは思えませんが、こと愛に関しては博愛精神が強く、公平性や平等性の伴った「慈悲心」が感じられます。公平性は、自己中心的な発想とは正反対の無私の精神に由来するものですが、彼女には反抗的な自我の強さや頑固さが一貫しており、不思議な矛盾した印象を受けます。たとえ孤立無援になろうと何ものにも屈することなく、正義と分け隔てのない博愛を貫き通す強靭な精神が、優しさの塊りのような母性的なイメージと不協和音を奏でるのでしょうか。
  キューブラー・ロスには男性性と女性性の両面があり、男性顔負けの不屈の闘争心と、母親の血を引いた優しさと、癒やしを天職とする宿業がミックスされていたかのようです。
  小学生の頃から弱者の味方をすることで知られ、弱い子や障害のある子を守るのが役目でした。弱い者いじめをしている男子の背中を拳でしたたかに殴りつけるのもしばしばでした。放課後、「また男の子を殴っているよ」と肉屋の息子が言いつけにきても、両親が叱ることはありませんでした。弱者を守ろうとする優しさと、暴力も辞さずに立ち向かう闘争心の同居。この二面性は、先駆者として道を切り拓いていくロスの後年の姿を髣髴とさせます。

*人生を変えたボランティア
  父親に縁を切られても医学の道を志したロスは、自力で学資も生活費も稼がねばならず、苛酷なメイド仕事を経て病院の皮膚科研究室の見習いに雇われました。ある日所長が、性病末期の悲惨な売春婦たちの採血仕事をダメ元で依頼すると、ロスは二つ返事で引き受け、全身を病毒に冒され座ることも寝ることもできずハンモックに吊り下げられている患者たちに献身的に接しました。彼女たちは家族からも社会からも見捨てられ、頼るべきものが何もない哀れな存在であることを知ると、何とかしてあげたい気持ちに駆られ採血後に何時間も話し相手になり、友情と共感に飢えていた彼女たちに癒やしを与えたのです。
  1944年当時はナチスと戦う連合軍がノルマンディーに上陸し、傷ついた老人や女子供の難民が大波のようにスイスに押し寄せ、病院に溢れました。ロスは自分の食事も睡眠も後まわしにして、彼らのシラミを駆除し、消毒し、疥癬の手当に追われ、子供たちを抱きしめ「もう大丈夫よ」と慰めの言葉をかけました。研究室に雇われた本来の任務を放り出し、貴重な病院の食糧を難民に横流しして配給を続けた挙句、全額弁償か解雇を迫られるに至りました。無一文で医学部受験のためにやっと得た仕事だったのに・・・。
  彼女のこの無謀な優しさの結末はどうなったでしょうか。室長の博士から「あんなに献身的に、嬉しそうに子供たちの世話をする人は見たことがない。難民の子供の世話は、君の運命だ」と激賞され、翌年、戦火の続く中で休暇を得たロスは国際平和義勇軍に志願し、ヨーロッパ各地の被災者への支援活動に向かったのです。

  「行くべき場所があり、助けるべき人たちがいるかぎり、私は前に進まなければならなかった」と言う二十歳のロスは、地雷と空腹と疫病が待ち受ける危険地帯で波乱万丈の経験を重ねました。この命懸けのボランティア活動での経験値こそ、終生に渡る癒す力の原点になったように思われます。

  中古の自転車で国境を越え、ヒッチハイクをし、農家で干し草を刈り牛の乳を搾って旅費を稼ぎ、阿鼻叫喚の列車の煙突につかまってワルシャワに向かい、ドイツ軍とロシア軍に破壊され尽くした村の家を建て、遊園地を建設し、煉瓦職人も石工も屋根葺き職人もしたのです。やせ細った白血病末期の娘からポーランド語を学び、病院も保健所も医者一人いない村で、ありとあらゆる病気に苦しむ人たちのために、爆弾の破片を摘出し、手足の切断をし、妊婦の腹の腫瘍を無我夢中で取り出してから胎児の出産を成功させ、自身も炊事場で大火傷を負いながらお金もビザもない一人旅を続け、恐ろしいロシア軍に怯えながら野宿をし、夜の闇で出会った言葉の通じないジプシー達と愛と音楽で心を通わせる経験の連続・・・。


*怒り狂う優しさ・・・
  キューブラー・ロスには、少女時代から並外れた「悲(カルナー)」の精神が確立していました。苦しむ者を救わずにはいられない利他的本能に圧倒されていたかのようです。しかし、頑固で、怒りっぽく、闘争的で、断固として正義を貫き通すロスの優しさは、悪ガキを殴って弱い者を守るのです。「悲(カルナー)」の利他的本能と、「慈(メッタ―)」の純粋な優しさが衝突しているような奇妙な印象です。苦しむ者を救いたいという「悲」の心は優しさの発露以外の何ものでもありませんが、悪ガキを殴る瞬間の心に怒りの破壊的要素が含まれていなかったでしょうか。
  とてもやさしい幼稚園生の女の子が友達にぶたれたと泣いて帰ってきました。「たまにはやり返してあげなさい」と母親が言うと、「そんなことしたら、ミホちゃん、痛いじゃない」とまだ泣きながら答えたそうです。ロスだったら、ぶたれる前にサッと身をかわし、カウンターパンチをくらわしていたかもしれません。()

  晩年になり孫を心から慈しんでいるロスを眺め、娘のバーバラが「母にもこんな優しい一面があったのだ」と述懐しているのも、ロスの一筋縄ではいかない優しさの証左ではないでしょうか。
  壊すエネルギーと慈しむエネルギーが同居したキューブラー・ロスという偉大な人格を構成していたものは、「怒り」と「優しさ」と「正義」だったように思われます。怒りのエネルギーが父親や上司への反抗心となり、優しさを実現するための闘争心となり、医療体制を改革する原動力になり、孤独に堪える力になっていたのでしょうか。彼女の矛盾した性向は、怒りのホルモンも優しさホルモンもどちらも大量分泌するキャラクターだったと理解すればよいのでしょうか。

*ポーランドの体験
  「怒りのエネルギーで具現化されていく優しさ」という矛盾を示す一例は、ポーランドの破壊された無医村での出来事です。シャーマンのようなヒーラーしかいない診療所で毎日何十人もの患者を診ていた二十歳のロスは、真夜中に瀕死の赤子を連れた農家の女性に起こされました。薬も消毒液もないのでどうしようもないと言うと、ナチスに家族を殺されたった一人残ったこの子を死なせる訳にはいかないと食い下がられ、やむなく30kmの道のりを歩いて隣町の病院に連れていくことにしたのです。赤ん坊を交代で抱きながら翌朝たどり着いた病院では「助かる見込みのない者を診る余裕はない」と断られ、怒りが込み上がってきたロスはその医師に啖呵を切りました。
  「ポーランドの人達を援助するために、スイスから歩きとヒッチハイクで来たのよ。毎日50人の患者を診てるわ。あなたがこの子を診てくれないならスイスに帰って皆に言ってやるわ。ポーランド人は冷たい連中だって。12人の子供を強制収容所で殺され、生き残った最後の子供が死にかけている母親を、ポーランド人の医師が見殺しにしたってね!」
  すると、ロスの怒りに気圧された医師は「入院させよう。三週間後にまた来るように」と言ったのです。命を救おうとする慈悲の行為が、怒りのエネルギーによって完成されるのか・・・という矛盾を感じましたが、こう考えるべきでしょう。
  強い力と弱い力があり、物事を創り出すのも、改革や変革をなし遂げるのも、人の心を動かすのも、弱い力ではなく強い力によるでしょう。怒りは破壊的な強いエネルギーを出力させますが、怒りの心をまったく使わない強いエネルギーもあり得ます。怒鳴ることと大きな声で話すのは違うし、建設現場でビルを解体している人たちは怒りの心で破壊している訳ではありません。
  正義の怒りを爆発させれば、正義をなした業も作られ、怒りを発した業も作られるでしょう。怒る者は怒りを向けられ、怒りのエネルギーは身体を傷つけ、心を傷つけ、関係性を壊し、苦の因になります。怒りをゼロにして、冷静に、力強く言うべきことを言い、やるべきことをやるのが仏教の立場ではないか・・・と。

  波乱万丈だったロスの生涯には、破壊的な出来事がたびたび起きています。怒りのカルマが帰結したように、私には見えるのです。


*晩年の怒り
  そもそも私がキューブラー・ロスをダンマトークで取り上げたいと思ったのは、脳卒中に倒れた最晩年のドキュメンタリーを観たことがきっかけでした。彼女は2004年に78歳で亡くなるまでの9年間、左半身麻痺に苦しみましたが、その憤懣をカメラに向かって赤裸々に告白しています。それは、聖女のイメージとは程遠い衝撃的なものでした。
  「私は神に、あなたはヒトラーだと言った。神はただ笑っていた。40年間神に仕えてきて、引退したら脳卒中の発作が起きた。何もできなくなり、歩くことさえできなくなった。本当にいまいましい!だから私は烈火のごとく怒って、神をヒトラーと呼んだ」
  やっとこれから自分のやりたいことを始められると思った矢先に、一日15時間ただ寝椅子に坐って窓から鳥籠と雑木林を眺めているだけなのです。どんな苦境も自分の力で切り開いてきたロスが人生の最後に、自力ではいかんともし難い牢獄のような環境に置かれて怒り狂っているのです。

  インタビュアーが、「あなたは苦しむ患者を助けてきたのに、なぜ自分を救えないのですか?」と訊くと、「私はただ現実を直視しているだけよ。今の自分に満足なんて、そんな振りはできないわ。・・・自分ではお茶一つ入れられないのよ。最低の毎日だわ。こんな状態を薔薇色だなんて言えるわけがない!」

  「あなたは自分を愛すべきだと本に書かかれてますよね?」

  「それには触れないで!愛の話なんてしたくないわ」

  「なぜですか?」

  「気分が悪くなる!自分自身を愛せって?よく言ったもんだ。大嫌い!誰がそう言ったの?殺してやる」

  「でも、あなたが書いたことでは?」

  「そう、私が学ぶべきだとされていることよ。だからと言って、好きにならなきゃいけないことじゃないでしょ。自己愛なんて、部屋の隅でマスターベーションしてるようなものよ!」


  これが、生涯に渡って苦しむ人たちに寄り添い献身的に救ってきたあのキューブラー・ロスか、と目を疑いました。テレビカメラの前でわざと露悪的な態度を演じているのだろうか。それとも、生涯に渡って偽りを嫌い虚栄や虚飾は微塵もなかった彼女の真っ正直な人柄から、ただ本音をさらけ出しているのだろうか。真相を追求したくなりました。


*死の受容プロセス
  この晩年のキューブラー・ロスを評して、死の看取りの専門家が自分自身の死を受容できずに怒り狂っているというコメントが目立ちましたが、お門違いでしょう。彼女が提唱した「死の受容の5段階モデル」(キューブラ―・ロスモデル)に当てはめて、「否認」や「怒り」の段階にいる姿と見るのは的外れだと思います。
  死を待ち望んで楽しみにしていたロスが死を怖れたり、怒りを覚えたりするはずはないのです。きれいにさっさと死ねないことに腹を立てていると見るべきなのですが、その前に、彼女の提唱した有名な「死の受容のプロセス」を紹介します。

  これは、膨大な死にゆく人を看取った経験則から彼女が見出した「死の受容の基本的パターン」です。


  まず第一段階は、ショックと否認です。え!嘘だろう。自分が死ぬなんて、何かの間違いだ。あり得ない、と事実を否定するのです。
  第二段階は、怒りと憤りです。死んでゆくことが否定しきれなくなると、なぜ死ななければならないんだ!と怒りや憤りを誰彼かまわず爆発させるのです。

  第三段階は、取引です。「娘の結婚式が終わるまで、生きさせてください」とか、「今まで自分のためだけに生きてきたけど、これからは寄付もしますし、人のために何でもやりますから、今回は見逃してください」などと、何とか死を免れようとして、神仏と取引きのようなことをやるのだそうです。

  ちなみに、この取引がたまたま上手くいき死が延期されると、次は必ず「孫の顔が見られるまで」「下の息子が就職するまで」などと最初の約束を破って、第二、第三の取引を持ちかけるそうです。

  第四段階は、抑鬱です。やはり奇跡は起きないのだ・・・と絶望し、どん底に叩き落され打ちひしがれるだけになります。どんな励ましも慰めも耳に入らなくなるのです。こんな時のロスの対処は、患者の悲しみを認め、祈り、優しく手を触れ、傍にいてあげることだそうです。

  最後の第五段階は、受容です。怒りも抑鬱も、死への抗いもなくなり、諦めて穏やかに死を受け容れる段階です。


  全ての患者がこのようなプロセスを経るとは限らず、怒り狂いながら、絶望に押しつぶされながら死ぬ人もいるし、さまざまです。
  この「死の受容の5段階モデル」をロスに当てはめて、彼女は自分の死を受容できず怒りを露わにしたと見るのは滑稽な誤解です。この5つの段階は死の受容に限定する必要はなく、人はネガティブなもの全般をどのように受け容れていくかのプロセスと理解すべきです。

  嫌なものは誰でも受け容れたくないし、否定したり、憤ったり、回避の方法を探ったり、絶望し抑鬱状態に陥ったりしながら、いかんともしがたい事実として最後に受容するのが人の心です。もちろん欲のタイプも怒りのタイプも人さまざまですから、怒りの段階や取引の段階がない人もいるだろうし、受容できないまま死んでいく人もいる訳です。


*待ち望まれる死
  寝椅子に座って庭を眺めながらキューブラー・ロスが怒り狂っていたのは、やがて訪れる死に対してではなく、思い通りにならない現状に対してです。やりたかったことが何もできない現実、人から愛を受けるのが苦手だったのに、何もかも人のお世話になるしかない現実、自我の強い彼女が自分で自分のことを意のままにできない、いまいましい現状に腹を立てている姿と見るべきでしょう。

  「死後の真実」の中でロスはこう言ってます。

  「死とはただ、一つの家からもっと美しい家へと移り住むだけのことなのです」
  「死ぬときの経験は、誕生の時の経験とほとんど同じです。死とは、別の存在への誕生であり、このことはいとも簡単に証明することができます。何千年もの間、私たちはあの世に関するものを『信じる』ように仕向けられてきました。しかし、私にとってはもはや信じるかどうかの問題ではありません。知るかどうかの問題なのです」

  三つ子同士だった姉妹の家で最初の発作に倒れた前夜にもこう語っている。

  「たぶん将来は、誰かが人生を卒業したら、みんなで祝うようになると思う。人が死んで泣きわめいたり、馬鹿げた儀式をやるなんてことは無くなると思うわ。悼んで泣くんだったら、誰かが生まれてきたときに泣くべきよ。またこの愚劣な人生を最初からやり直さなくちゃならないんだから」

  まるで一切皆苦のこの世から解脱したいと願っているかのようなセリフです。

  「死は怖くない。・・・死はこの形態の命からの、痛みも悩みもない別の存在形態への移行にすぎない」と確信していたロスが、どうして自身の死を受容できずに怒り狂うでしょうか。

  「私を直接知っている人なら、この世の苦から全き愛の存在への移行を、私がいかに熱烈に待ち望んでいるかを証言することができる」と述べているのです。

  キューブラー・ロスモデルが死に限定されているのであれば、ただそれだけのものに過ぎないでしょう。「死の受容のプロセス」は、「怒りの煩悩を超克するプロセス」と捉えるべきです。誰もが忌み嫌う死は、人類に最も普遍的な怒りの対象であり、その死を受け容れる仕事は、怒りをどのように乗り超えて根絶やしにするかのプロセスに通じるものです。

  晩年のロスに与えられた難問は、死の受容ではなく、怒りの超克です。死を待ち望んでいたロスにとって、自身の死の問題は解決済みでした。嫌悪や否定の対象ではなくなっていたのですから。

  問題は、思い通りにならない現実に怒りを覚える彼女の心の構造改革であり、怒りの煩悩を乗り超える仕事です。それこそが、彼女の全人格的成長であり、「幸運に恵まれれば、私はもう地球にもどってきて学び直す必要のないレベルに到達するかもしれないが・・・」という悲願の達成です。


*表と裏
  ロスの天才的な癒しの能力を要因分析すれば、生来の資質(宿業)に愛情深い母親に養育された刷り込み、国際義勇軍や医師の経験値などの総和ということになるでしょう。どんな気難しい孤立した患者もロスに対しては心を開いてしまったと言います。
  例えば、治る見込みのない患者たちを薬漬けにしている絶望的な精神病院で、統合失調症患者の94%を退院させ自立した生活に導きました。目を瞠った上司たちが、どんな学派のどんな理論の治療法なのか訊ねましたが、理論など何もない。人間として接しただけでした。話しかけられたら必ず応え、訴えに耳を傾け、もう孤独ではないし、怖がらなくてよいと感じさせたのです。ハンモックに吊り下げられた性病末期の悲惨な売春婦たちを癒やした少女時代と同じでした。

  またロレツの回らない癌患者が、死ぬまでに何のためにこんなに長く生かされているのかその訳を知りたいと訊くと、あなたは娘さんとは話すことができている。夫や息子とも話せるようになるはずだと励まし、「こうやってあなたのお世話をすることで娘さんたちにも得るものがあるのです。病気と戦うあなたの勇気や愛は、子供たちへの贈り物ですよ。どうかたくさんの贈り物をしてあげてください」と絶妙の癒しをもたらします。

  子供たちへの感動的なケアも枚挙に暇がありません。キューブラー・ロスは、掛け値なし筋金入りの看取りと癒しの達人だったのです。しかし、脳卒中に倒れた自分自身は受け容れられず、口汚く罵り、怒りを露わにしているのです。愛する達人でしたが、自己否定感が強く、自分を愛することも、人の愛を受けることも下手くそな人だったのです。


*真実を求めて・・・
  良くも悪くも、これがキューブラー・ロスなのです。どちらも本当のロスなのだから、あるがままを観る瞑想をしている私たちは、彼女をありのままに理解し、学ぶべきは学び、手本とし、彼女の課題は私たち自身に突きつけられた問題でもあると観るべきです。
  正しいことを語っていた人に過ちや人間的欠点が見出されると、多くの人はダマされたと憤り、見向きもしなくなります。愚かなことです。誰が語ろうが、正しいことは正しいのです。チャラチャラした薄ぺらな人が偉大な人の言葉を受け売りしていても、内容が真実であり正しければ耳を傾け、実行すればよいでしょう。

  人は、無数の善業と悪業のゴッタ煮であり矛盾の塊なのに、エゴ妄想で一つのレッテルを貼りたいのです。「ねえ、この人、いい人?悪い人?」と子供が登場人物を一つの色に決めたがるように。
  アメリカの田舎町で強盗犯が逃走中に、溺れかかった子供を飛び込んで助けてしまった逸話があります。偽善者め!と否定しますか?盗みに入らざるを得ない因縁因果があったのも真実であり、小さきもの、弱き者を助けずにはいられなかったのも真実でしょう。悪からも善からも、成功からも失敗からも、賢者からも愚か者からも、学びを得ることができるのです。
  私は、修行時代に、この人になら命を預けてもよいと思えるような完璧な師匠に出会えませんでした。どこかに不完全性が見出されてしまったのです。一器の水を他の一器に移すような師子相伝の師に恵まれる因縁の人もいますが、私はそうではなかったようです。だから、善財童子の求法の旅のように、7歳の子供であっても、修行などしていない煩悩の残った比丘であっても、やるべき修行や進むべき道を示してくれるなら、出会う人は皆、師と見なすことにしたのです。経典の知識を正確に語ってくれればそれでよい。情報の価値だけに注目し、自分はその実質を修行するだけだと決めていました。

  これが、グルを持たず、寺にも帰属せず、孤独に修行を続けながら、ゴミの中にも真実を拾い集めていく私の修行のやり方でした。ヒトラーの語録の中に、一行でも真実がまぎれているなら、皆さんは、それを学びますか?全否定しますか?

  キューブラー・ロスの愛と癒しの人生は、私たちの素晴らしい手本です。彼女に残された「怒り」と「エゴ」の問題は、悟りを得ていない全ての人の修行課題ではないでしょうか。否定する精神からは、何も得られず、何も学べません。怒りの煩悩を一つ垂れ流すだけです。


ラストメッセージ
  なぜキューブラー・ロスはTVカメラの前で、隠すことだって出来たはずの怒りや罵倒の言葉を吐き散らしたのでしょう。功成り名を遂げていたのだから、いくらでも名声は守れたはずなのに。何の意図もなく、ことさらネガティブな姿をさらすとは思えません。
  ロスの愛の深さが本物だったように、偽りを嫌い、最愛の夫や家族を失おうとも、真実を見極めようとするロスの姿勢は終始一貫していました。「あまりにも頑固で反抗的な私は」、「辛辣で、怒りっぽく、病気を愚痴る」が、「いま、辛抱すること、従順になることを学んでいる・・・」と自伝に記しているロスと、映像のあの姿に矛盾は一つもありません。私には隠すものなど何もないのだ。このとおり裏も表もさらけ出している、という暗黙の意志がひしひしと伝わってきます。

  こういう真っ正直な人だから、私はキューブラー・ロスを信用できるのです。この人は、絶対に嘘や偽りを語る人ではない。そして、そのロスが確信をもって語った「死後の真実」の世界も、霊的体験も、全部本当のことだろうと受け止められるのです。となれば、彼女の著作が提示した死後の世界の問題を追求しなければならない。彼女がネガティブな自身の側面をさらけ出すことによって、「死後の生はある!」という彼女のラストメッセージの真実性が揺るぎないものとなって迫ってきます。キューブラー・ロスに仏教の知識があったなら、「死後の生」ではなく「輪廻転生」と言ったことでしょう。(この項続く。以下次号)


 今月のダンマ写真 ~
 
タイ森林僧院の祭壇
先生より

    Web会だより  
『仏教聖地巡礼 インド・ネパール七大聖地の仏跡巡』(4)H.Y.

4.第4日目
 この日はブッダが涅槃に入られたクシナーラーに向かいます。インドから来た道を戻り、インドに再入国します。バスで約7時間ほど走って、四大聖地の一つであるクシナーラーに到着しました。
 経典では、ブッダが入滅を宣言されてから、大勢の人々がブッダとの最期の別れの挨拶を行う為に、ブッダのもとへ集まってきました。そのような中、ダンマーラーマという比丘はブッダに挨拶へ行かずにいました。それがブッダの耳に入り、その比丘を呼びなさいとブッダは言われました。比丘はブッダのもとに行き、ブッダは来なかった理由を尋ねます。比丘はブッダが涅槃に入る前に最終解脱に達したいと答えます。その言葉を聞き、ブッダは賞賛しました。
 この逸話でも示されているとおり、ブッダはヴィパッサナー瞑想を行い、覚りをひらくことが最も重要であることを述べています。そして死の直前に不放逸で励みなさいと言った最期の言葉を、今後の修行で常に忘れないようにしたいと感じました。
 クシナーラーには大涅槃堂とニルヴァーナ・ストゥーパが隣接しています。大涅槃堂には横たわった大きな仏像があり、ブッダが涅槃に入られた直後を示しています。またニルヴァーナとは涅槃の意味です。
 大涅槃堂では、旅行会社の手配でインド生まれの比丘にお経をあげてもらいました。お経はパーリ語で読み上げられ、タイでお経をあげてもらったときと似た感じがしました。タイではお経をあげる前に比丘にお布施をするのが慣例ですが、ツアーの面前でそういう訳にもいかず、終わってからお布施をお渡ししました。比丘が受取るのではなく、タイと同じ様に私の為に簡単なお経をあげてくれたのが、うれしかったです。
 少し驚いたのは、女性がその比丘に触れたにも関わらず、比丘が全く気にしていないことでした。上座部仏教の戒律では女性が触れるのは禁止されているはずですが、観光客に慣れ親しんでしまっている比丘に違和感を感じました。ここで疑念が出そうになりますが、聖地で比丘にお布施した行為は善業だと自分を納得させました。
 その後、ニルヴァーナ・ストゥーパを周りました。ブッダが涅槃に入られた当時、ストゥーパの近くに沙羅双樹の樹木があったそうですが、現在はその面影もありません。沙羅双樹とは、2本の沙羅の木という意味です。ブッダが涅槃に入られた際は、季節外れにも関わらず沙羅の木が満開になったと言われています。
 クシナーラーの近くにはブッダが涅槃に入る直前に休んだ場所があり、マータクワル祠堂として現存しています。ニルヴァーナ・ストゥーパからマータクワル祠堂までは徒歩で行きましたが、その間に幼稚園児と小学1年生ぐらいの物乞いの少女が歌いながらずっと付いて来ました。インドでは貧富の格差が大きく、特にこのウッタル・プラデーシュ州や隣のビハール州は、インド国内でも最も開発の遅れた地域の一つと言われています。観光客が行くところには必ずと言っていいほど、街頭の押売りと物乞いがおり、言い寄ってくる場面に何度も遭遇しました。
 通常の観光客の視点であれば、押売りや物乞いは相手にしないところです。しかし今回は聖地巡りで来ています。慈悲の瞑想の視点で考えれば、目の前の苦しんでいる人々を助けないのはどうなのか、と疑問を感じました。しかし小銭をあげても、彼らの根本的な解決にはほど遠い状況です。この気持ちについてどう行動したかは、第7日目のブッダガヤで後述します。
 次にブッダの火葬が行われた荼毘塚のラマバール・ストゥーパに行きました。経典ではブッダが涅槃に入った後に大勢の人々が葬儀の準備を整えました。ブッダを白檀の薪で火葬しようとしたところ、火が点火されません。立会者の一人であるアルヌッダ尊者が神通力で確認したところ、神々がブッダの後継者であるマハーカッサパ尊者が荼毘塚に到着するまで点火させないよう取り計っていることが分かりました。
 後継者のマハーカッサパ尊者ですが、以前からブッダの後継者と目されていた逸話があります。在家生活からの離別を決意した直後に、道でブッダと出会います。富豪の生まれであるマハーカッサパ尊者は、出家前に自分が来ている豪華な衣類をブッダにお布施します。そしてブッダが着ている糞掃衣をくださいと申し出ます。ブッダは最初注意しますが、マハーカッサパ尊者は再度申し出てブッダはそれを了承します。単に衣類を物々交換しただけですが、経典ではブッダが自分の衣を他人に渡したのは、マハーカッサパ尊者だけとされています。このことはブッダの後継者になるという重大な意味が含まれていました。
 ところでブッダの弟子には十大弟子と呼ばれる阿羅漢がいます。十大弟子の中でも、サーリプッタ尊者とマハーモッガラーナ尊者は教団の2トップといえる存在です。2トップの中ではサーリプッタ尊者が先任とされています。しかし、両尊者はブッダより先に涅槃されます。そしてブッダ涅槃後に、教団のNo.3であるマハーカッサパ尊者が後継者になりました。No.3が後継者になったというのは分かるのですが、ブッダに会ったときに既に後継者と目された逸話を聞くと、2トップの両尊者が生きているときに後継者というのは予言ではないかと思いました。原始仏教では基本的に予言は否定される為、話の矛盾を感じました。ただ別の見方をすれば、過去世からの計り知れない善業が帰結して、ブッダの後継者となったとも考えられます。いくら自分の頭で考えても、自分には正解は出せないと感じました。経典等を読んでいるときでも、このような疑問点はいくつか出てきますが、最後は自分自身で体験するしか正解にはたどり着けないのではと思いました。
 このストゥーパを周っているときに、托鉢している比丘に出会いました。午後に托鉢している比丘は初めて出会ったので、路銀が尽きたのか、エセ比丘なのか等と邪念が次々と出てきましたが、善業の為だと思って布施しました。
 聖地巡りの後、クシナーラーのホテルに宿泊しました。
 
        地図:アイコンをクリックすると、写真を見ることができます

      https://www.google.com/maps/d/embed?mid=1sEkGHJAawn8PYy-C7-KdzdtT6ClfNNwG 


       
関ヶ原の冬景色(先生提供)
 






このページの先頭へ

トップページへ 


 


ダンマの言葉

「月刊サティ!」20063月号、4月号に、アチャン・リー・ダンマダーロ師による「みんなのダンマ」が掲載されました。これは、「パーリ戒経」中にある仏教徒が自らを善き人間に鍛える実戦の指針で、6つの項目に分けられています。今月号からそれらを紹介していきます。
  anupavādo (アヌパヴァード 罵〔ののし〕らず)、
  anupaghāto (アヌパガート 害〔そこな〕わず)、

  pātimokkhe ca samvaro (パーティモツケ チャ サンヴァロ 戒律に関しておのれを守り)、
  mattaññutā ca bhattasmim (マッタンニュター チャ バッタスミン 食事に関して[適当な]量を知り)、
  pantañca sayanāsanam (パンタンチャ サヤナーサナム 淋しいところにひとり臥し、坐し)、
  adhicitte ca āyago (アディチッテ チャ アーヤゴ 心に関することどもにつとめはげむ)。
  etam buddhāna-sāsanam. (エタン ブッダーナ サーサナン これがもろもろのブッダの教えである)。 
                                          (岩波文庫「真理の言葉」中村元訳)

  アチャン・リー・ダンマダーロ(19071961):アチャン・リーは、タイ、ウドン・ラチャダニ県のナウン・サウン・ハウン村で生まれました。彼の教師であるアチャン・ムン・ブリダッタによって20世紀の初めに設立された、禁欲的な瞑想修行で知られるタイ森林派の伝統のなかで最も重要な教師の1人でした。
  彼の人生は長くはなかったけれども、実り多いものでした。彼は教師としての技量と、超自然的な力の持ち主として知られ、メコン盆地の森林から中央タイへと、タイ社会の主流の中に禁欲的な瞑想の伝統を持って来た最初の人でした。
  一つ目の指針は、anupavādo (アヌパヴァード)「罵〔ののし〕らず」です。
  互いの過ちを探してはならない。つまり、互いに悪口を言ってはならない。互いを悪く人に伝えてはならない。人々が互いに反目しあうようなことを言ってはならない。互いの間違った噂を立てあってはならない。それをそそのかしてはいけない。互いをののしったり、怒鳴ったりしてはならない。互いの過ちを探すのではなく、私たち一人一人は自からの過ちに日を向けなければなりません。
  それが「罵らず」の意味するところです。この原則は出家か在家かにかかわらずどこでも使うことができます。(つづく)

       

 今日の一言:選

(1)びゅんびゅんと風が吹き過ぎていく白と黒だけの荒涼とした世界が、雪とも空とも黄昏ともつかない鉛色の中に姿を消し去っていく……
 ドゥッカ()の世界が、存在の終滅する領域に融け込もうとしているのだろうか。
 微かに吹雪く雪原の中に寄り添うように屹立する大小6本の木立ちは、苛酷な世界を超越しようと、共に耐え忍んでいる法友であるかのように直感された……

(2)幸福から倦怠が生まれ、不満がくすぶる。
 心が変わらなくても時代が変わり、情況も刻一刻変化し、バブルははじけ、不漁も不作も災害も必ずやって来る。
 安定した情況が続いたところで、劣化があり、病苦があり、老衰があり、死の影が迫る。
 幸福を求めれば必ず崩れ去っていく……のであれば、苦楽を等価に眺め、禍福を一つのものと達観する捨(ウペッカー)のスタンスはどうだろうか……

(3)弱肉強食の恐るべき論理に貫かれた非情な生命世界……
 その無常に変滅していく一切皆苦の構造の中で、完全実現はあり得ない慈悲の瞑想に、なぜこんなに集中するのか……


       

   読んでみました
 ユヴァル・ノア・ハラリ著『Lessons21』(河出書房新社 2019年)
ユヴァル・ノア・ハラリ著『緊急提言・パンデミック』(河出書房新社 2020年)
  
  ユヴァル・ノア・ハラリ著『Lessons21』(河出書房新社 2019年)を読んで。
  ハラリの「言葉」から原始仏教を思う。
  ハラリは、私たちの身心は現在、AIによって加速度的にハッキングされているという。たとえば、「美味しい」アイスクリームという時、「世界でとりわけ大きな成功を収めるアイスクリーム供給業者は、最も美味しいアイスクリームの生産者ではなく、グーグルのアルコリズムが上位にランキングした業者だ」(P.060)。
  ハラリが言う通り、私たちは今、対象に対して、自身の感覚(六根)を研ぎ澄まし、直接的に臨むこと(観察)をせず、ググってAIが提示するものを享受しているのが実際だ。その結果か、次第に自分の体や感覚、身体的環境と現実が疎遠になってきてしまっているような気がする。
  そんな身辺に纏う疎外感を埋めるべく、重ねて、私たちは、「美味しい」物語(幻想)を探し求めるようだ。その物語は、私たちに何らかの大義ある役割を与えてくれるようなものであればあるほど、より甘美なものへとなっていく。
  ところが、物語の提供者が、邪な国家や宗教である場合は、いらぬ争いを招いてしまう事も。国家や宗教の本質をハラリの言で引用してみる。たとえば、国家や宗教が、「立派な道徳」や「教条のひとつ」を、仮に「サッカーすること」などと勝手に定めたとする。すると、「サッカーは、個人のアイデンティティを明確に形作るのを助けたり、大規模なコミュニティを結束させたりできるし、暴力を振るう理由を提供することさえできる。
  国家や宗教は、ステロイド剤を使っているサッカークラブのようなものだ」(P.312)。「サッカーをすること」のカギ括弧の中味は、時の国家や宗教で、恣意的にいろいろ入れられる。そして、その恣意的物語は検証されないまま変転していくのがこれまでの通例だ。
  21世紀以降の物語創出においても、AIへの期待は大きい。ところが、絶対的限界がある。すなわち、AIに慈悲喜捨の心をプログラミングすることは不可能だということ。たとえば、あの自動運転「トロッコ問題」、依然未解決。加えて、ハラリが挙げた興味深い例を紹介したい。「2015年のある先駆的な研究では、複数の歩行者を自動運転車が今にも轢こうとしているという、架空の筋書きが参加者に示された。ほとんどの参加者は、そのような場合には自動運転車は所有者の命を奪うという代償を払ってさえ、歩行者を助けるべきだと述べた。
  ところが、より大きな善のためには所有者を犠牲にするようにプログラムされた自動車を、自分なら買うかどうかと尋ねられると、大半の参加者はノーと答えた」。四無量心は決して科学的数値では計れない。遙かな祈りは、絶対に人にしかできない。
  ハラリの重ねての警鐘がある。それは「人間の愚かさを決して過小評価してはならない」(P.225)ということ。人間の愚かさから私たちを守ってくれるような、AIテクノロジー、自然法則、社会システムは、結局のところないという。「有名な話だが、ウィンストン・チャーチルは次のように言っている。『民主主義はこの世で最悪な政治制度だ。ただし、他のすべての政治制度を除けば』、と」(P.081)。人間の愚かさ、それは如何ともし難い、まさに根絶補可能な煩悩に他ならない。
  『Lessons21』の副題には「21世紀のための21の思考」とあり、21番目の思考として「瞑想」を挙げる。ハラリは「瞑想」によって、「虚構の物語をすべて捨て去ったときには、以前と比べものにならないほどはっきりと現実を観察することができ、自分とこの世界についての真実を本当に知ったなら、人は何があっても惨めになることはない」(P.419)と言う。その具体的な方法として、ヴィパサナー瞑想を提示する。彼は、ヴィパサナー瞑想により養い得た視点で、ホモ・サピエンスの全史を、その未来まで俯瞰し、確かなエビデンスを伴って、豊かな智を披露した。圧巻そのものだ。
  そこに印象的な言葉があった。「苦しみは外の世界の客観的な状況ではない。それは、私自身によって生み出された精神的な反応だ」(P.402)。ヴィパサナー瞑想で分析する対象を明確に語っている。ここで、私は思い出す。2017年の6月に、タイで起こったあの事例。真っ暗な洞窟の中に13日間閉じ込められ少年たち。パニックに陥らずに、平静を保ち、最後まで体力を温存した。その理由として、僧侶の経験を持つコーチによる、ヴィパッサナー瞑想があったという。命を救う瞑想。
  ハラリは、現在、毎日2時間、毎年2ヶ月の合宿(リトリート)に入っているという。「瞑想は現実からの逃避ではない。現実と接触する行為だ」(P.403)と語り、「自分という個人の存在や生命の将来に関して、多少の支配権を維持したければ、幻想はすべて置いていくに限る。ひどく重たいから」(P347)と核心を突く。
  次の言葉が、この本編の「はじめに」に記されている。「ことによると私たちはさらに時間をさかのぼり、古代の宗教伝統の泉から希望と叡智を汲み出す必要があるかもしれない」(P.012)。ハラリは、原始仏教ブッディストの道を歩んでいるのかもしれない。(常) 

  『緊急提言・パンデミック』(ユヴァル・ノア・ハラリ)を読んで。2020

  多くの犠牲者を出している新型コロナウイルスに対して、ハラリは、「真の安全確保は、信頼のおける科学情報の世界的共有と、グローバルな団結によって達成されることを、歴史は語っている。」(P.21)と提言する。孤立主義、ミー・ファースト主義を強め、「国同士、人間同士が争えば、それはこのウイルスにとって最大の勝利となるだろう」と。「もしこの大流行からより緊密な国際協力が生じれば、将来現れるあらゆる病原体に対しての勝利ともなることだろう」(P.30)
  確かにこの危機を乗り越えるには、科学の可能性を信じ、国際協力のもと立ち向かっていくほかはない。しかし、今回のハラリの提言は、新型ウイルス対処法に留まってはいない。コロナ危機を乗り越えながらも、より根源的な問題を投げかけている。「私たちが直面している最大の危険は、ウイルスではなく、人類が内に抱えた魔物たち、すなわち、憎悪と強欲と無知だ」(P.9)と。
  新型コロナは、人々を直接的に脅威に向き合わせている。そうでありつつ広く現実は、その後ろに、さらに凄い脅威、人類を確実に滅亡させるパンデミック(世界的大流行)が進行しているではないか。すなわち、地球的な気候変動(温暖化)、世界的な資源の枯渇(食料生産の減少)、各国格差による社会の不安定化(テロ、内戦)。悲しきかな、これらは私たち日本では深く認識されているとは言い難く、しかし実際に世界的同時的に蔓延している。
  引き起こしている本当の根源的原因はなにか。それこそがハラリの言う「人類が内に抱えた魔物たち」(P.9)。新型コロナの最悪のシナリオとして、死亡率を最大2%と仮定、すると死者の合計は1億人(ニュースウイーク2020.12版)となるという。もちろん、実際にはそこまでにはならないだろうが。ところが、「魔物たち」によって進行している、3つのパンデミックは、最悪の段階において、確実に人類を全滅へ導く。
  『サピエンス全史』において、ハラリは、人類の妄想の肥大化によって引き起された数々の出来事を、歴史上に詳らかにしていった。人類の歴史は幻想の楼閣。何百万年流れて、私たちはここ現在にたどり着くことになった。手をじっと見る。手指に残る水かきのようなもの、この部位は人類が海の中にいたことの名残、という話しを思い出す。俯瞰するならば、人類というものは、いかに束の間の存在たるや。
  「高い空 腕を伸ばして どこまでも咲こうとした めぐりあわせの儚さに まだ気づきもせず 幾億年歩き続けて すがた貌は変わっても 幾億年傷を抱えて 明日こそはと願っても」。中島みゆきの歌『進化樹』。「誰か教えて 僕たちは今 ほんとうに進化をしただろうか この進化樹の最初の粒と 僕はたじろがずに向き合えるのか」。
  ハラリにとっての究極の目標。それは「私たちが内なる魔物たちを打ち負かし・・・(略)・・・はるかに統一された種とな」り、そのような「人類にとっての素晴らしい転換点」(P.110)にたどり着くこととある。
  では、そんな「魔物たち」に弄ばれないために、どのようなことができるのか。ハラリは断言する、「思いやりや気前のよさ(※)や叡智を生み出すような対応」「こうした建設的な形で反応すれば・・・(略)・・・ポストコロナの世界は、格段に繁栄し、円満なものになるだろう」(P.10)と。思うに、これは、まさに仏教に言う、慈悲と善行とサティでは。
  Covid-19の被害者を支援するため著者ハラリは本書の印税を放棄する。(序文後書きより)
  続けて、「自分は一時的な存在であり、必ず死ぬという事実に取り組む責務も、担わなくてはならない」(P.70)、「核心の入り口にあるのは、死や自らの脆弱さ、はかなさと向かい合い、生の意義を考えること」だと言う。あたかも三法印を腹に落とし込めと言っているようではないだろうか。ハラリは、歴史学者であると同時にブッディストとなっている。
  今、ハラリの言葉が、ブッダの言葉に裏打ちされ迫ってくる。「何の笑いがあろうか。何の歓びがあろうか。世間はこのように燃え立っているのに。汝らは暗黒に陥っていて、燈明を求めようとしない」(ダンマパダ)。
  さて、当面の現状を乗り切ることに限っての処方として、ハラリが繰り返し強調するのは、冒頭でも触れた「協力」だ。そう、多くの生物の中で、ホモ・サピエンスが生き残り得てきたのは、協力をつくれたから。協力しながら生きていく生物種は、本当に強い。「新型コロナに対する私たちの最大の強みは、ウイルスにはできない形で協力できることです」(P.102)
  あの多くの渡り鳥、命掛けの遙か遠い旅路。ひたすら一羽一羽が全力で羽ばたいているわけではない。互いの羽ばたきの浮力に乗って助け合いながら飛んでいるという。だから飛び続けられる。人間も、この先、歩んでいけるはずだ。誰一人残すことないように、ひたすら助け合えば。
  インタビューアー:「コロナ渦、あなたは恐れをどのようにして克服しているのですか?」
  ハラリ:「この危機の間も毎日二時間瞑想しています。いや、この危機だからこそかもしれません、私はヴィパサナー瞑想をしています」(P.110) (常) 
 
 このページの先頭へ
 トップページへ