月刊サティ!

2019年5月号  Monthly sati!  May 2019


 今月の内容

 
 
ブッダの瞑想と日々の修行 ~理解と実践のためのアドバイス~

 
今月のテーマ:慈悲の瞑想から仏教の本質に -慈悲の瞑想(3)-
  ダンマ写真
  Web会だより:『苦の中に菩提心あり』
  ダンマの言葉
  今日のひと言:選
 
読んでみました:近藤恒夫著『薬物依存を越えて 
                   ―回復と再生へのプログラム-』
                

                     

『月刊サティ!』は、地橋先生の指導のもとに、広く、客観的視点の涵養を目指しています。  

    

おことわり:『ヴィパッサナー大全』執筆のため、今月の「巻頭ダンマトーク」はお休みさせて頂        きます。ご期待下さい。


     

  ブッダの瞑想と日々の修行 ~理解と実践のためのアドバイス~ 
                                                             地橋秀雄
  
今月のテーマ:慈悲の瞑想から仏教の本質に
                  -慈悲の瞑想(3)- 
 
                     (おことわり)編集の関係で、(1)(2)・・・は必ずしも月を連ねてはおりません。 

Aさん:
  自分と合わない上司がいます。明日も顔を合わせるかと思うと、憂鬱です。なんとか慈悲の瞑想をと思うのですが、どのように実行すればよろしいのでしょうか。


アドバイス:
  慈悲の瞑想は、怒りの心を無くして、慈しみの心を育てていく瞑想です。慈悲の正反対である怒りモードで生きていると、ムカついたりイラついたり憂鬱になったり、人生が苦しなるばかりです。怒りを手放し、優しい心になれば、相手も周囲の人も喜ぶし、自分の幸福度も上がっていきます。
  慈悲の瞑想を真剣に行なうと、現実の対人関係が好転したり環境が調和的に整ったりする嬉しい報告も膨大にあります。慈悲のバイブレーションを発信すると、素粒子レベルで「量子もつれ」のような現象が起きるようなのです。トラブルがなんとなく解消したり、刺々しい喧嘩波動が和やかな雰囲気に一変したり、こちらの慈悲の心が相手や周囲に伝染するかのように、優しさが波紋のように拡がって伝播するのです。そのメカニズムを科学的に説明するのは難しいのですが、現象世界に変化が生じるので、カルマ論や因果論のレベルで説明できるのかもしれません。これまでに膨大な検証事例があり、経験則として「よろず揉めごと解消効果」が共有されてきました。


*2つの効果
  慈悲の瞑想の効果は2つあると理解してください。1つ目は、自分の心が怒りから解放され、慈悲モードに変わること。最悪の相手や環境でも、こちらの心に怒りや嫌悪がなければただの状態です。他の人は嫌悪を感じても、自分は嫌でなくむしろ好きであれば、苦はどこにもないのです。例えば、クサヤを焼けばものすごく臭いので、たいていの人は嫌がります。ところがクサヤが大好きな人には、あの臭いがすると唾液がコクンと鳴るほどワクワクするのです。
  クサヤの臭いはただの臭いであって、嫌うのも好むのも個人の問題です。否定的に認知した人と肯定的に認知した人で、苦楽が分かれるのです。「認知が変われば、世界が変わる」とはこういうことです。好ましくない対象でも、それを否定し嫌う心がなければ、あるいは優しい慈しみの心で受け容れることができれば、ドゥッカ()はないのです。環境を変えるのではなく、自分の心を変えることによって苦しみを乗り超えるのが、瞑想の本義と言ってよいでしょう。慈悲の瞑想が苦しみを解き放つ所以です。

  2つ目は、慈悲の瞑想には現実に変化をもたらす力があるということです。強い意志が「行(サンカーラ)」を動かし「現象生起力」を発揮させていくと考えられます。慈悲の瞑想に集中すると、優しい心のエネルギーが強烈な慈悲のパワーとなって人の心を動かし、不協和音でグチャグチャの状態が不思議に整って調和した状態に変わるのです。これが「よろず揉めごと解消効果」です。
  自分の心を変える1つ目も、環境を整える2つ目も、ポイントはいかに集中して慈しみのエネルギーを発信するかです。情動脳が強く働いてウルウルするくらい真剣におやりになると効果が絶大です。


*心を込め、いつでも、どこでも
  さて、具体的なやり方ですが、前夜にきちんと瞑想して、心を整えてから行なうのがよいでしょう。上司の名前を入れて、○○さんが幸せでありますように、○○さんの悩み苦しみがなくなりますように、と気持ちを込めてやります。苦手な人に対する慈悲の瞑想は難しいのですが、それ故に、怒りを超克する良い修行になります。通勤電車の中や会社に向かって歩きながら慈悲の瞑想を唱えるのも有効です。自室で集中するようにはいきませんが、軽く唱えるだけでも累積していくので効果があります。
  もし仕事中に上司から叱責を受けたり睨みつけられたりした時には、その場で慈悲の瞑想をやってしまうのがよいでしょう。叱責や説教というのはなかなか話が終わりにならなくて、同じことの繰り返しが多いものです。内容をしっかり理解した後は、拝聴しておりますという態度で相づちを打ちながら、慈悲の瞑想をガンガンやっていきます。すると、「まあ、お前だけが悪いわけではないけれど・・・」などということになって収まっていくものです。
  発信する慈愛の念が強力であれば、相手の態度が一変するような不思議なことも起きるでしょう。「念力か何かで操作しているような気がした」などとレポートする方もいます。緊迫した場面では必死になるので、鮮やかな効果につながるのかもしれません。慈悲の瞑想をしている間は、こちらに反感も怒りも怯えもネガティブな反応がないのですから、良い印象を与えているはずです。また、ミラーニューロンという鏡のような神経細胞が働いて、相手の表情や反応が瞬時に伝染することも知られています。こちらの慈悲の波動に、合わせ鏡のように感応しているという解釈もあり得ます。

  親や子供、奥さん、旦那さんなど、家族の機嫌が悪いと感じた時にも慈悲の瞑想はとても素敵な処方箋です。慈悲の瞑想が身についてくると、嫌いな人がだんだん見当たらなくなってきたと多くの方が言います。嫌いな人がいなくなるということは、人生の苦しみからもの凄く解放されているということです。


Bさん:
  慈悲の瞑想の卓効を実感しています。職場への怒りの苦情で問題が起きている時、私の管轄ではなかったのですが、慈悲の瞑想をすると穏やかに円満解決するということが起きてきました。慈悲の瞑想を検証することが楽しみになり、大きなトラブルに発展する前に自分を呼んでくれるよう依頼したら、逆にトラブルが減少してきました。

アドバイス:
*果てしなく繋がり合う宇宙網目
  素晴らしいですね。慈悲の瞑想も、そのような実体験で検証を重ねるほど確信が揺るぎないものとなり、ますます集中して力強い瞑想になっていくでしょう。
  慈悲の瞑想をする時に、当事者だけに限定しない方がよいと心得てください。脇役の人、周辺の人、その友人や家族だって影響を及ぼすのですから、関係者一同に満遍なく慈愛の念を放射すべきです。あらゆるものが相互に関連し合って繋がり合っているのですから、その全体の調和を祈らずして局部的な平和や幸福状態はあり得ないからです。


Cさん:
  緊急のときは必ず慈悲の瞑想をやるようにしていますが、それ以外には、いつ、どんなタイミングでやればよろしいのでしょうか。

アドバイス:
*人と会う前の心の儀式
  営業職や接客、臨床系など人と接する仕事に従事される方は勤務中にかなりやれるでしょう。例えば、瞑想会に来られたお医者さんによくお勧めしているのは、診察がおひとり終わって次の患者さんが座られるまでのわずかな時間に、相手の名前を主語にして慈悲の瞑想をやりながら待つようにしてください。慈悲の瞑想をした場合としなかった場合の統計を取ってください、と提言すると、ほぼ例外なく、驚くほど効果があったと報告されます。患者さんとの関係が不思議に打ち解けて和やかになると言います。

  これから営業をかける前に、相手の名前を入れて慈悲の瞑想をするとはっきり有意差が出たという報告もあります。こちらから調和的な優しい波動が出ているのを無意識に感じるのだと思います。何もしなければ、なんとなくイライラしていたり、その日の嫌なことを思い出していたり、無自覚な軽い怒りモードになっているものです。軽く慈悲の瞑想をしただけでも、少なくともその怒り系のオーラが変わるのではないでしょうか。試してみてください。 

*心と響き合う外界
  「小人閑居して不善をなす」と言います。ボーッと生きていると、人の心は、薄っすら不善心所モードになりがちなのです。だから、ちょっとした隙間の時間に一日何度でも慈悲の瞑想をしてください。特にお勧めなのは、何となく流れが悪くなってきたら、仕事の手を休め、あるいは路上に立ち止まり、プラットホームで電車を待ちながら、不善心所になっていなかったか?と自分に問いかけながら、慈悲の瞑想を30秒でも1分でもやってみます。

  「流れが悪い」というのは、例えば、横断歩道を渡る直前に信号が赤に変わったり、ホームに着いたら電車のドアが閉まって発車したとか、取引先に電話したら、先ほど外回りに出て今日はそのまま帰宅する・・と言われたり、間が悪いことが続いたら、それは偶然ではなく、自分の心の中に不善心がなかったか? エゴ的になり過ぎていなかったか? 宇宙全体の流れにそぐわない不協和音があったのではないかと考えて、それを調整するために慈悲の瞑想をするという発想です。
  昔、私はこれを頻繁にやっていました。心というものは、台所の換気扇のようにいつの間にかベトベトに汚れてきているのに気づかないものです。自分に反省すべきことはないか、非がなかったか、落ち度がなかったか・・。もしあれば直ちに改めます・・と、天に祈るような感覚で慈悲の瞑想を一度やるのです。効果てきめんでした。そのとたんに流れが変わって驚かされました。これを私は「円滑現象」と呼んでいました。自己中心的になり、外界との調和が破れていれば、円滑現象の流れから外れていくし、反省し、慈悲の瞑想をして心を整えれば、たちまち宇宙的な調和の相の下に、円滑現象の流れに乗れるものです。これも嘘かまことか検証してみてください。

  プラットホームで23分電車を待つ隙間時間にも、乗車したら乗客全員、運転手、今日一日利用する全ての人に、サッと慈悲の瞑想をする習慣の人もいます。慈悲の瞑想が頭に浮かんだ瞬間、エゴ的な硬い波動になっていたことに気づき、優しい気持ちがカムバックしてくるものです。
  慈悲の瞑想というのは、調和の瞑想です。破壊するエネルギーである怒りの正反対です。まとめていく、結びつけていく、整えていく、調和のエネルギーです。そのバイブレーションを発するということは、自分と自分を取り巻く人や環境と調和していくことです。その心の儀式が慈悲の瞑想でもあるということです。


Dさん:
  ある方を全面的に嫌いというわけではなく、ある部分が嫌いという時にはどうすれば良いですか。


アドバイス:
*諸法無我の見方
  それはとても仏教的な見方ですね。
  人間を一人の個人としてまとめて見てしまうと、それは我論というかエゴ妄想なのです。欧米系の人は<自己同一性(アイデンティティ)>という言葉が好きですが、これもエゴ妄想の最たるものです。法としての存在というのは、直接知覚で捉えられたものであり、概念でまとめられたものは実在ではないのです。「自分探し」も妄想でしかありません。

  人間は矛盾の塊であり、煩悩丸出しの本能の脳とそれに逆らう理性の脳が相反する命令を発して葛藤を起こしているのが実情です。激怒した瞬間も、優しかった瞬間も、愚かな時も、智慧が閃く一瞬も、どの瞬間も本当なのです。どんなに愛する家族であっても、嫌な面も大好きな面も混在しているし、どれも本当のその人です。あるがままに人を観れば、誰もそうなのです。

  仏教は、悪を避け善をなし、慈悲の心を養いながら人格を完成させていく道です。良い面は成長させ、嫌な面は赦して受け容れてあげる方向を目指しています。あなたも、そのように人から赦され受け容れてもらってきたし、嫌いなものが嫌いでなくなるために慈悲の瞑想をしながら、心の清浄道を歩んでいるのではないですか。

  ある部分が嫌いなら、その部分に特化して慈悲の瞑想をやってあげましょう。そして、なぜその部分が嫌いなのかも追究していくと、同じものが自分の中に見出せるかもしれません。それを受け容れ、乗り超えていくのが修行です。 


Eさん:
  「嫌いな人」や「私を嫌っている人」への慈悲の瞑想というのがけっこうやりにくいのですが。
 「嫌いな人」で具体的な顔を浮かべるとどうしても嫌悪が先に立ちますし、また、自分が誰かに嫌われているとも思いたくないのですが。

アドバイス:
  仰るとおりですね。嫌いな人の顔が浮かべば誰でも気分が悪くなるし、自分が人に嫌われているなんて考えたくもありません。私たちには怒りの煩悩がありエゴもあるから、当然の反応です。ところが仏教は、こうした生命に本質的に備わったものを減らしなさい、無くしていきなさい、という教えなのです。怒りもエゴも野放しにされて肥大すればするほど、人生は苦しくなるからです。物凄くエゴが強くて怒ってばかりいる人と、怒らないし我を張らない人では、どちらが嫌われ者になるでしょうか。怒りを減らしエゴを弱める努力をした方が、人生の苦しみは少なくなると仏教は考えているのです。

  どうやってやればよいのでしょうか。


*視座を換える内観
  嫌いなものが嫌いでなくなるには、ものごとの見方、視座が変わらなければなりません。これまでの自己中心的な視座に固執している限り、嫌らしい人は嫌らしいまま、嫌悪感でムカムカするのは変えようがないのです。では、「視座の転換」を練習するには、どうしたらよいでしょうか。イチ押しは、「内観」の技法を応用してみることです。

  内観のチェックポイントは、相手から①お世話になったこと、②お返しをしたこと、③相手に迷惑をかけたこと、の3つです。あなたが嫌いな人から何か助けてもらったことはありませんか。誰だって最初から敵対関係になってやろうとは思っていないし、好意的に振舞ってくれていた頃には、お世話になったことがあるはずです。その時どんな気持ちでしてくれていたかを想像してください。自分をかばうような発言をしてくれたことがあったとか、笑顔で気持ちよく挨拶をしてくれたなど些細なことでも構いません。お蔵入りになっていた良い記憶を積極的に想起して、悪い印象を良い印象に組み換える練習が①「お世話になったこと」です。


*自分がかけた迷惑 
  誰かが嫌いになるのは、その人から何か嫌なことをされたからでしょう。その黒い記憶を何度も脳内再生していると、事態は悪くなる一方で、赦すことも好きになることもできません。だから、敢えて自分がかけられた迷惑は一切思い出してはならないと禁じるのです。そして自分が相手にかけた迷惑だけを徹底的に思い出していくのです。これが難しいのは、相手の立場になって視点を置き換えないと、自分がかけた迷惑に気づけないからです。人に嫌われていることに気がつかない人は、特にこの③を練習するとよいでしょう。


*書いてみる
  日記を書く時にひと工夫するのもよいでしょう。ページの中央にその日の事実だけを書き、左側に自分の感想や解釈を記し、右側に相手の立場や自分と反対の立場からの意見を書いてみるのも、視座の転換の良い練習です。どんな物事も人により立場により認知が変わることを、その日経験し見聞した出来事を通して訓練するのです。

  その日一番よかった出来事と最悪の出来事を書くのも間接的な練習になるでしょう。人物も出来事も複雑な要素や要因から成り立っています。それを分析し仕分けて見る訓練をすれば、どんな嫌な相手からも良い面を洗い出してフォーカスすることができるようになるでしょう。

*腹をくくる
  自己中心的な視座に固執している限り、嫌いな人は永遠に嫌いなまま、慈悲の瞑想ができる日は到来しません。相手の立場からものごとを見直す練習をしない限り、自己チューを乗り超えることもできないでしょう。そして相手の良い面に注目する方針を定めないと、嫌いなものが嫌いでなくなり、慈しみが発露してくることもないのです。

  怒りの心を乗り超える決意、嫌な相手を受け容れる覚悟、必ず嫌いな人への慈悲の瞑想ができるようになると決定してブレないことです。この世は業の世界であり、揺るぎない決意(アディッターナ)が事象を動かし未来を変えていくのです。その業の世界から解脱していくのが仏教の本義ですが、その修行に入るには、この世でやるべきことをやり、見るべきものは見た、と感じなければならないということです。


*段階的にチャレンジ
  もし嫌いな人への慈悲の瞑想をしているうちに腹が立ってきて、怒りの心がかえって強くなるようでしたら中止した方がよいでしょう。「生きとし生けるもの」で止めます。どんな訓練も、最初は易しい課題から解いていくものです。嫌いな人に対する慈悲の瞑想は、「嫌い係数」が2か3くらいの少し嫌だなと感じる人から始めるのが順番です。それがクリアできたら度数を4、5、と上げていき、最強の宿敵にチャレンジするのは最後にします。


*懺悔の瞑想
  嫌いな人への慈悲の瞑想は、怒りを超克する修行でありエゴを乗り超えていく修行でもあり、仏教の奥義に通じています。「オレが、俺が」の我の強い人や傲慢な人は、何事も自分が正しいと固執する傾向が強いので、相手を非難する発想しか浮かばず、怒りを手放すことができません。
  こうなると、怒りのカルマを限界まで累積した果てに、ドゥッカ()に激しく叩かれる日が来るのを待つしかありません。人生があまりにも苦しく、人の心も環境もエゴの思いどおりにならないと打ちのめさた挙句、初めて自分の心を変えるしかないと覚ります。最後はドゥッカ()の力を使わないと、自己変革の真の決意はできないのです。こうして四聖諦の第一命題(苦の真理)にぶち当たり、ここから仏教の修行がスタートするのです。苦しみから解脱したい、悟りたい、と心の底から願い求める発菩提心です。

  エゴと怒りに凝り固まっていた人が最初に着手するのは、懺悔の瞑想ということになります。無限の過去から今に至るまでの思い違い心得ちがいを懺悔し、これまで自分が傷つけ苦しめてきた無数の生きとし生けるものにお詫び申し上げる修行です。心底からエゴが白旗を掲げて、己の非を認め、ひれ伏して謝り、悔悟の涙に暮れるのです。

  内観も、こうした懺悔の瞑想に由来するものです。ポイントは、我執を手放すことです。私が正しい!という誤った見方を捨てる修行です。「無知・無明ゆえに愚行を重ねてきました。愚かな私を、赦してください・・」と心底から頭を下げて謝り、「これからは仏教のダンマに基づき、きれいに正しく生きていきます」と誓うのです。

  内観の修行から帰った直後の人たちは、なぜ、口をそろえて「慈悲の瞑想がやりやすくなった」と言うのでしょう。懺悔の瞑想ができると視座が一変し、エゴイスチックな自己中心性が限りなく弱められるからです。己の非を素直に認めて謝ることができる人は、他者の立場に立ってものごとを眺めることができるし、他者の痛みに心から共感できるのです。

  懺悔の瞑想は、一切皆苦の真理をかいま見た人が仏教の修行に着手する出発点です。傲慢の鼻をへし折られ、己の愚かさを痛感し、エゴが引き算され、共感能力が深まり、他者の悲しみに心が震え、慈悲の瞑想へと昇華していくものです。慈悲の心は、懺悔から始まると言ってもよいでしょう。
(文責:編集部)
 今月のダンマ写真 ~
テーラヴァーダ系寺院の室内(茨城県)       
N.N.さん提供


    Web会だより  
『苦の中に菩提心あり』宝田 誠
1.ヴィパッサナー瞑想に出会う前の人生
  自分の辿った道が法施となり皆様の修行の一助になればと祈念し寄稿させて頂きます。   私の学生時代は、絶対真理の探究や願望実現のため、禅定体験による超人化を目指すことが興味の対象でしたが、定力がなかったので中途半端なもので終わりました。今思えば戒定慧の三学の中で定のみに取りつかれていた時代だったと思います。
  社会人になり大乗仏教を社是とした会社に縁があり転職しました。その会社は、宗教と経営を一体化した新しい会社を作ろうとしていた初代社長が亡くなり、その次男が二代目として事業を承継する時期だったので、二代目の社長と一緒に会社の財務の健全化を数十年に渡って取組みました。
  会社での修行は、朝礼の代わりに経典を読誦し、また、年明から毎朝七時に三部構成の経典を一時間読誦し十三日間かけて完読するというものでした。十三日間皆勤するためには精進力と、経をかなりの速さで読むため集中力も必要でしたが、修行としての達成感もあり自信も持てました。そして、それが生きる上での精神的支柱になっていたと思います。

2.初期仏教との出会い
  私が初期仏教に初めて出会ったのはスマナサーラ長老の『ブッダの実践心理学』を読んだ49歳の時です。そこには曖昧なところはなく合理的で、実際どのように修行をしていけば解脱に到達でき、また解脱や涅槃の概念が世俗的な言葉で平易に説明されており衝撃を受け、仏教に対する認識が変わったことを今でも覚えています。その後、大乗仏教と初期仏教の相違点や、どちらが釈尊の伝えたかった真理に近いのかなどの考察を続けました。
  51歳の時には、アビダンマ講義を受け、座禅も取り入れ、死をいつでも受け入れられる境地に近づいてきたと思い込んでいました。しかし2011311日の大震災で、生に対する執着から死への恐怖が生まれ、自分は死を大変恐れており心の浄化も進んではなく、ただ理想のあるべき状態を夢想して心に貼り付けていたに過ぎなかったと気づいたのです。それから放心状態となり、震災のショックを引きずりながら日常の生活や仕事に追われ、修行は一時中断状態となりました。しかし釈尊の教えから離れないように日本テーラワーダ仏教協会の月刊誌などを読み、情報の切断だけは避けていました。

3.ヴィパッサナー瞑想との出会い(転機)
  そのような時、二代目社長の兄弟間に問題が起こり、私も巻き込まれ奮闘するなか、第二の父と慕っていた二代目社長が亡くなり、また、私の実父も亡くなり、頼りの部下も退職し環境的にもかなり追い詰められ、60歳を間近に、ついに自律神経を患い血圧サージとなりふらつき感と不眠に悩まされました。その治療のため人間ドック、漢方、鍼灸、整体など色々なものを試してみましたが、たいした効果はなく、結局かかりつけ医の変更をして薬を見直し一時の安静を得ました。
  しかしこの時、過呼吸や脈動異常による死の恐怖を体験してから、このまま死んではロクなものに転生しないと心底恐怖しました。そして、この病苦の真因は心のあり様から来ていると思い、これからは初期仏教を軸にした本格的な瞑想修行を実践し、少しでも死近心を良質なものにして来世に繋いでいこうと思い定めました。病苦があったからこそ病苦から逃れようと必死になり、ヴィパッサナー瞑想の修行を本格的に始動できたことは人生の終盤で最大の果報を得たと言えます。
  ヴィパッサナー瞑想は、それまで『大念処経』などの経典を読んで独学で行なっていたので、本格的に取り組むにあたり、師の選択を慎重に行ないました。気をつけたことは、自分を正覚者と言う方、慢心のある方、論理性や一貫性のない方は避け、実践経験があり、人格者である方の講演や講習会に参加しました。
  しかし今まで人に学んだことがない者が未知の講習会などに参加するには、相当な意欲と精進力が必要でした。いつも何かの障害が起こり、心が萎え、行けない理由探しを始めるという、いわゆる「掉挙」の散乱状態になりました。そんな時は、理由はどうあれ身体だけその場所に運ぶことを実践しました。それから先はやめるなり帰るなり心の自由に任せることにしたのです。
  健康面での不安もありましたが、脈や血圧が上がり倒れたらそれまでのことと割り切ることにしました。実際にその場に行くと身体は辛くても精神的にスッキリし、「行って良かった!」といつも思いました。ダンマの力や「場」の力が働いていたのでしょうか。それ以後、心がどんなに「掉挙」になっても身体だけは会場に運ぶことを実践しています。

4.出会った後の生活や人生の変化(修行への取り組み)
  60歳前後で日本テーラワーダ仏教協会での初心者への実践指導や地橋先生の朝日カルチャー講座で初めてきちんとした歩きと坐るヴィパッサナー瞑想のやり方を学び、以後11カ月が経ちます。勤務も修行時間を増やさねば罰が当たるような恵まれた条件となりました。
  修行は長くやれば良い結果になるというものではないのですが、それでも時間を費やせばその分は必ず蓄積されていくと思っています。お釈迦様が数え切れない輪廻を経て悟られた真理を追体験しようとするのだから、時間はかかるものと思い定め一歩一歩前に進むしかないと思います。
  現世で残された時間は自分が思っているよりはるかに短いのですが、瞑想の成果を得ようとあくせくするのは逆に欲に囚われ後退してしまうものだと思います。人間に生まれることは至難なことで、健康で、思慮深く、さらに法に出会い、瞑想の時間を持つことはとても有り難いことだと思います。もちろん様々な障害や欲望に邪魔され修行から遠ざかり濁業悪世に身を委ねても、一度修行した経験者はきっと戻って来ると思います。立ち止まってゆっくり考えてみる時間も大切な修行の一部だったと、遠回りしてしまった自分は今思っています。

5.瞑想により心がどのように成長したか
  うつ病は、心が作った妄想という心身を蝕むエネルギーなので、妄想が起こらないようにサティで後続を切断し、それでも湧き起こる妄想には対立しないで、そうなのか、と受容してあげることでそのエネルギーは留まらず流れて消えていくものだという実感が、曖昧ではありますが掴めかけている気がします。
  また、現実で押さえ込んだ怒りなどが夢で実現し、怒り狂った夢を見ようとする時、これは怒りで不善業だ、と、それを制御する自分が現れるようになりました。
  最近、雨の降る日に公園で歩く瞑想をしていると、足裏の血流が鮮明に感じられ、数分でしたが落ち着いた楽を感じ、雲の上を歩いているかのような気持ちの良い感覚になりました。また、雨からの連想で過去に家族と喧嘩した時のことを思い出し、瞋恚の感情が沸き起こった瞬間、足元が滑って転びそうになりました。瞋恚の不善業が今の歩行時の瞋恚を縁として正に実現したことを体感できた瞬間でした。
  カルマは常に蜘蛛の巣のように張り巡らされ、今の怒りや欲や愚かさはその縁となり、同種のカルマを集めて実現させてしまう。正に、この心身は「業異熟体」なのだという深い洞察ができました。
  病苦はほぼ克服したとはいえ油断するとすぐに揺り戻され、体も心も諸行は無常に変滅し苦に向かっているのだから、常に怠ることなく精進努力せよとお釈迦様から言われている気がします。今は朝日カルチャーの講座と1dayセミナーで地橋先生のご指導と個人面談を受け充実した修行生活が送れています。
  還暦でやっと満足のいく修行法にたどり着いた今、常に不断の精進力を持ってダンマに触れ続けていける環境と体力づくりを残りの人生の最優先課題として、衆善奉行・諸悪莫作を念頭に一所懸命コツコツと捨の心で修行し、常に今に気づいていきたいと思っています。

☆お知らせ:<スポットライト>は今月号はお休みです。

   
                 
ピンクと白の芝桜
 






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ダンマの言葉

・・・・・・・この気づきのない心というものは恐れ知らずで大胆不敵、まことに堂々としたものです。ギラギラと輝くばかりでなく、恐れ知らずであり大胆でもあります。その大胆さの故に思慮分別を欠いており、それを賢いことだと思っています。日常的な意味での無謀ということではなく、こういう心の状態が本質的に持っている無謀さです。これが九つの慢(māna)、または「高慢」と言われるものです。その九種類がまさにここにあります。(アチャン・マハブア『気づきのない心は毒牙である』「月刊サティ」200712月号より転載)

       

 今日の一言:選

(1)高い知能を発達させながらも、樹上生活での単独行動を選んだオランウータンのような霊長類もいる。
  だが、危険なサバンナで二足歩行することを選んだ人類は、家族や仲間との共生を何よりも重んじなければ生き残れなかった。
  優しさの起源は、700万年前に溯る……

(2)自分は意志が強いから絶対に大丈夫と確信しているタイプが、いちばん依存症になりやすいという。
  心は、心の法則にしたがって反応する。
  正しい「意志」を貫くために、諸々の条件を整えていく努力……

(3)人間としての誇りと自尊心を失えば、薄汚いことをしても恥じなくなる。
  人が見ていても見ていなくても、法を拠りどころに、正しく、きれいに生きる……


       

   読んでみました
 近藤恒夫著『薬物依存を越えて -回復と再生へのプログラム-』
                                   (海拓社 2000年)

  最近も有名人が逮捕されて、薬物依存症について再び世間の注目が集まっている。
  「わかっちゃいるけど、止められない」依存症について強い関心を抱いている。私自身、お酒とタバコの依存を止めたいと心底願いつつ、全く自分の意思でコントロールできない苦しさを15年間経験したからだ。
  『薬物依存を越えて』の著者近藤恒夫氏は覚醒剤依存症に陥った一人だ。壮絶な覚醒剤の依存症から抜け出し、薬物依存症者の回復施設ダルクを日本で創設した。
  著者は秋田県に生まれた。後に離婚して家を出ることとなった母は、武家出身の厳格な祖母とずっと険悪な間柄だった。著者が5歳の時に、精神的に追い詰められた母に喉もとに出刃包丁を突きつけられた経験をする。
  高校生になると競馬や競輪などのギャンブルにのめり込んでいた。大学入学時に預けた預託金ほしさに勝手に大学を中退し、預託金20万円をギャンブルにつぎ込んでしまう。社会人になると仕事や女性にものめり込んだ。
  覚醒剤を勧められて、いつでも止められると思い気軽に始めてしまう。短期間のうちに尋常ではない勢いで覚醒剤のとりこになってしまった。覚醒剤を覚えた3カ月後には、トイレに行くのもおっくうになり台所で用を足すほどの状態となってしまう。当然、仕事もクビになった。次に、兄の会社の仕事を手伝うが、会社のお金を覚醒剤購入のために使い込み、倒産に追い込んだ。
  薬物依存に気づいた家族から再三にわたって覚醒剤を止めるように言われたが、「こいつらがいるから覚醒剤が自由に使えない」と感じ、「家族を殺したい」とまで思うこともあった。著書の中では・・・
  「おふくろが夜寝るときには、必ずサイフと預金通帳を腹巻に入れていた。通帳を見つけられたら、覚醒剤を買うために使われてしまうと思っていたのだろう。また、夜になると台所の包丁が全部どこかに片づけられてなくなっていた。私がシャブで狂って包丁を振り回すのではないかと、不安と恐怖の毎日を送っていたのだと思う」・・・と当時の状況が語られている。
  犯罪も犯しかねないギリギリのところで、「薬物依存は病気だから」と家族に説得されて病院に入院する。初めての一時帰宅で自宅に隠していた覚醒剤をネクタイの後ろに隠し、睾丸の下に注射器をガムテープで貼り付けて病院に持ち込み、病院のトイレで隠れて打つ。このあたりから、覚醒剤を止めたくても止められない自分に気づき、薬物依存症に陥ってしまった自分に違和感を感じるようになる。刑事が逮捕しにきた時でさえ、連行される前にもう一本シャブを打ちたいと考えていた。
  著者の人生を振り返ると、ギャンブル、仕事、女性、薬物・・と常に「何か」にのめり込んで生きてきた。この状態を理解する上で重要と思われたのは、著者が語る幼少期の経験だ。
  「(生まれた)娘を見ていると、自分の幼年期のつらい思い出が浮かんできた。母に出刃包丁を喉に突きつけられた母子心中未遂事件や、祖母と母の不仲から「明日、どうなるのか」という不安だらけの日々が思い出された」
  このように子どもの頃から非常に強いストレスにさらされ続けていた。何かに依存してのめり込んでいる間だけは、幼少期に受けた「死ぬかもしれない」というトラウマやダメな自分を責め続ける自分自身から逃避できた。少しでも楽になる瞬間を得るためならば自滅の道と分かりながらもその道を選択せざるを得ないのが依存症なのだと思う。
  こうして警察に逮捕・勾留され、受けた裁判で「私は、シャブをやめるために今日までさまざまな努力をしてきたが、すべて無駄でした。もう、もう・・・疲れました。私のいまの希望は、刑務所に入ることです」と陳述した。取り繕いの無い本心に裁判官が著者の更生を信じてくれた。ここから、徐々に回復への道筋がついてくる。
  執行猶予がつき、出所した後、AA(名もなきアルコール依存症者の集まり)ミーティングに参加した。「覚醒剤をやりたくなる気持ち」を仲間の前で正直にしゃべったら、法廷で自分の「ありのままの気持ち」を素直に話した時のような軽い気持ちになった。
  その後、入院中に知り合ったロイ神父(アルコール依存症経験者)の仕事(アルコール依存症者の回復のためのリハビリ活動)を手伝っているうちに、薬物依存者の回復施設を設立したいと思うようになる。当時は「薬物依存の回復などありえない」という考えが主流で周囲から猛反対されたのだが、次第に薬物依存者が著者のまわりに集まり、NA(名もなき薬物依存者の集まり)ミーティングが開かれるまでになった。
  活動は徐々に大きくなり、著者は日本で初めて薬物依存者の更生施設=ダルクを創設した。その後、ダルクは全国各地へと広がった。ダルクの活動は、アメリカのAA(アルコール依存症者の自助グループ)から生み出された12ステップというプログラムを基にしたミーティングから成る。
  「ミーティングは、いわば便秘を治す下剤のようなものだ。薬物依存者の心の奥深くに沈殿した恨みの感情を外に出し、自分を好きになれる感情(自尊感情=セルフエスティーム)を生み出してくれるのだ」と著者が述べている通り、活動の核を成している。
  ダルクの唯一の決まりは一日3回のミーティングに参加することだけだ。依存症は「関係性の病」「孤独感がもたらす病」とも言う。依存症は病気ということで、医師のもと治療を受けても、「支配」と「依存」の関係に陥りやすいと著者は言う。支配者が「クスリ」から「医師」に変わっただけになる危険性が高いため、医療だけの回復は難しいのだそうだ。ダルクのミーティングで「同じ目線の仲間」と苦しみや心の痛みを共有することが回復の大きな足がかりとなる。
  ミーティングの鉄則は、「言いっ放し、聞きっ放し」である。これは、参加者が何を言っても反発されないで受け入れられているという安心感を得る土壌となる。参加者はそうした守られた環境の中で自分の気持ちや経験した出来事を素直に仲間に話すことができる。気持ちや経験を言語化することにより、自分の中の混乱した記憶や感情などが整理され、心が落ち着いて物事の本質が見えてくる。同時に自分の話を仲間が共感して聞いてくれたという深い満足感を得ることもできる。ミーティングは、疎外感や孤独感などで傷ついた依存症者の心を癒し、混乱した気持ちを整理してくれるのだ。「回復の95%は仲間の話を聞くことによる」とロイ神父が述べている所以である。
  ミーティングの理念となる12ステップの最初に、「われわれは薬物依存に対して無力であり、生きていくことがどうにもならなくなったことを認めた」という言葉がくる。ずっと意思が弱いからお酒とタバコが止められないと思っていた私は、この言葉にとても衝撃を受けた。著者自身、一年間ミーティングに通っても何も改善点が見られなく、何年やってもダメかもしれない、というあきらめのような気持ちが生じてやっと自分の無力を認めることができたという。その時から薬物を止め続ける苦しさが軽減したそうだ。
  自分の意思でポジティブに「クスリを止めたい」と心に念じれば念じるほど、その反動として「クスリをやりたい」というネガティブな願望が心に焼き付けられることになるのだと思う。自分の無力を自覚してあきらめの境地になった時、ポジティブ・ネガティブの思いが湧かないのでやりたい気持ちが軽減されるのではないかと感じた。ただ、この境地に至るまでに人はどれほどの苦しみを体験しなければならないのだろう、と私自身の経験を顧みて思った。
  アルコール依存症は別名「否認の病」と言われている。依存症者はなかなか自分が依存症であるという事実が認められない。依存症からの回復には自己客観視が重要な第一歩なのである。<自分の無力を認めた状態>というのはまさに「ありのままの自分を客観視」できている状態と言える。これは、ヴィパッサナー瞑想の<捨>の心に通じるものだと感じた。
  また、仲間の話を聞くことは、他者の苦しみや痛みに共感する<悲>の心を育む。また、仲間に対する信頼が高まり、仲間との友情や絆が生まれてくると、孤独な薬物依存者だった心の中に<慈>の心が育まれる。
  ダルクにつながっても回復できるのは3割だと著者は言う。なぜ、重度の依存症だった著者がその3割という回復の狭き門をくぐることができたのか。著者は、依存症に苦しむ仲間の回復のためにダルクという組織の設立・運営に奔走した。そこには、同じ依存症に苦しむ仲間が回復していく姿を嬉しく感じる<喜>の心が働いていた。
  人が幸福に生きるためには「慈悲喜捨」の心が大切であるが、依存症からの回復にもこれらの心所が重要な要素となっていた。活動の核となっているミーティングでは、「私は」という主語で自分の気持ちを言葉で表現する。それは、自分の心に気づく(=サティ)ことであり、心を随観することでもある。人前で話しをすることは、自分の経験や気持ちを言語化(=ラベリング)する訓練にもなっていた。依存症からの回復プログラムがヴィパッサナー瞑想修行と重なった。
  私自身お酒とタバコを止められたのは、体調の悪さに加え、受診した人間ドッグで肝臓の数値の悪さが判明したことがきっかけだ。「このままでは死んでしまうかもしれない」と恐怖した時から、アルコールとタバコをピタリと止めることができた。しかしその後、今度は砂糖依存症になってしまった。就寝前の甘い物が止めたくても止められないのだ。「自分の無力」が腹に落とし込まれるまであとどれほど遠い道のりを歩まねばならないのか考えると気が遠くなる。
  幸い私には法友という仲間がいる。共に仏教を拠りどころとしてあきらめずに歩んでいきたい。(N
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