月刊サティ!

2017年12月号 Monthly sati!   December 2017


 今月の内容

 
  巻頭ダンマトーク  ~広い視野からダンマを学ぶ~

        今月のテーマ:他人を赦し自分を赦す瞑想(2)
  ブッダの瞑想と日々の修行  ~理解と実践のためのアドバイス~

        今月のテーマ:尋ねたかったこと(3)
   
ダンマ写真

 
Web会だより 『怒りと恐怖と調和と:

         ヴィパッサナー瞑想の「見えざる手」と繋がって ―4―
   ダンマの言葉
  今日の一言:選
  映画『この世界の片隅に』を観て                  

                     

『月刊サティ!』は、地橋先生の指導のもとに、広く、客観的視点の涵養を目指しています。  

    

   巻頭ダンマトーク ~広い視野からダンマを学ぶ~

今月のテーマ:他人を赦し自分を赦す瞑想(2)  

 Ⅲ.赦すためには
 1.大人になる
  「渇愛」がさらに強烈な執着である「取(ウパダーナ)」に発展すれば業が確実に形成され、やがて相応の異熟(業の結果)を得ることになるでしょう。
  仏教の基本的な理論からは、「取」に発展する前の「渇愛」(taņ:タンハー)が、苦しみの根本原因と言われます。「渇愛」が不善業を作るからです。その「渇愛」が「取」にエスカレートすれば決定的だということです。

  怒りは、対象を否定する、嫌うという心から始まります。「嫌う」という心は、実は、気に食わない対象に強く執われ、ネガティブに掴んでいる状態なのです。つまり怒りは、ネガティブな渇愛なのです。忌々しい対象を消し去りたいと心が渇いているのです。喉がカラカラの人が水を求めるように、叩き潰してやりたい、打ち消したいと強く囚われているということです。

  この怒り系の渇愛が「赦せない」という心の状態になり、その自己中心的な見方を頑として譲らないところに苦しみの根源があるわけです。

  ヴィパッサナー瞑想は貪瞋痴という煩悩をなくしていく瞑想ですが、怒りの超克は最も大きな目標になっています。絶対に赦さないと怒り続けている限り、思い通りにならない苦しい人生を生きていくしかないのです。怒りは、苦の原因と心得なければなりません。赦せないものが赦せるようになり、受け容れることができるようになっていくプロセスが、心の成長です。

  心が成長していない人は、つまりお子様ということです。自分の立場に執着してかたくなにワガママを言い立てる人を見ると、まるで子供のようだと言うでしょう。子供は概ねものの見方を変えることができないし、また自己中心的な立場を捨てることもできません。そして、それができるようになった状態が成熟した大人です。

  大人というのは、たとえ完璧にエゴを捨てられなくても、一歩引いてものごとを見られるはずです。子供の喧嘩に大人は取り合いません。自分の視座からしかものが見えず、断じて赦せなかったものが、もし赦せるようになり受け容れられるようになったなら、それが大人になるということです。

  自分の視座から、相手の視座や全体を客観的に俯瞰する視座に自在に転換できるならば、人間関係の持ち方が格段に優れたものになり、それにつれて問題も起きなくなってくるでしょう。


 2.仏教の価値観を受け入れる
  では、こうした道に進むために、どんなやり方があるでしょうか。

  まず、これまでこだわってきた自分の信念や立場を乗り超えようとする気持ちが大切です。頑固に自分の視座にこだわってきたので、諸々の問題が起きていたのですから。

  自己変革の第一歩として私がお勧めしたいのは、仏教の基本的な価値観に基づいて判断し対応してみることです。しょせん猿知恵に過ぎない卑小なエゴの視座や考え方を一変させるのに、明確で具体的なマニュアルとなるはずです。

  では、仏教の価値観を採用するということは具体的にはどういうことでしょうか。最も基本的なところでは五戒をしっかり守ることです。①生命を傷つけない。②与えられていないものを取らない。③間違った性関係を持たない。④偽りを語らない。⑤酒や麻薬のような理性を失わせるものを摂らない。この5つです。これを受け入れ、生き方の基軸にするだけで、たちまち反応が変わるでしょう。これまで繰り返してきたエゴの立場からの反応とは正反対だからです。生命というものは貪瞋痴の煩悩を基本原理にしており、人間もまた利己的な欲望と怒りと愚行に基づいて生きてきたのです。

  五戒を守るということはその煩悩に逆らうことでもあるので、従来の反応が一変したという印象を受けるかもしれません。五戒は他者に苦しみを与えないことですから、その本質は他者を思いやる優しさです。今まで愛と優しさをもらうばかりだった子供が、与える側の大人になる第一歩と言ってよいでしょう。


 .劣等感の克服
  こうした積極的な行ないと並んで、「赦す」ことができるためにもうひとつ大事なことがあります。それは心の中にある劣等感の克服です。私たちは自分以外の他者の立場も考慮し、受け容れていかないと社会生活が成り立ちませんが、その許容の幅が狭くなるのは、自分自身の内面に強いこだわりがある時なのです。

  「断じて赦せない」と熱くなってしまう原因は多くの場合こちら側にあって、自分の中の嫌な部分を相手の中に見たりしたときに過剰に反応するのです。例えば、自分がだらしない性格だと思っている人は、「きちんとした人が赦せない!」とはあまりなりません。そのかわり、部屋の中を乱雑にしているだらしない人を見ると思わずムカつき「なんだ、アイツは・・赦せない!」というふうになりがちです。

  ケチな人に出会ったとき、気前のよい人は「へえ、こんな人もいるんだ」とキョトンとするだけですが、自分もケチで、そのことに自己嫌悪を感じて嫌でならない人は大変です。「あのドケチめ!」と激しく反応してしまうのです。赦せないのは、そのとき出会った吝嗇な人ではなく、自分自身なのです。自己嫌悪するエネルギーが相手に投影されている状態です。ずうずうしい人は、ずうずうしい人が嫌いです。大言壮語ばかりしている人は、大ぼら吹きの人が赦せないし、体面ばかり気にしている人は、ええカッコしいの人がムカついて赦せません。

  自己嫌悪の心を抑圧しているので、自分の本当の姿をありのままに認めることができないのです。心理学で「シャドー()」と言いますが、自分の事実が外に投影されて激しくそれを嫌うようになるということです。こうした心理構造は誰にでもありますから、「あの人が赦せない!」と強く反応した時には、「本当は自分のことが赦せないのではないか?」と問いかけてみる習慣をつけるとよいでしょう。

  私たちはおしなべて、自分とあまり関係がなければ不愉快ではあってもまあなんとか赦せるものです。しかし、自分のコンプレックスを刺激するようなことになると、過剰に反応して赦せなくなることが多いのです。


 .不善心所を直視する
  在家の瞑想者には、自分の汚れた心をありのままに随観していくあたりが、サティの瞑想の正念場と言ってよいでしょう。サティの瞑想は、歩く、座るなどの身随観から始めますが、次に身体動作から自分の心の随観に進むのが基本です。心随観が始まれば、どなたも必ず嫌悪や怒りや嫉妬など、あるがままに承認したくない心を観ることになり、心を直視するのがだんだん難しくなってきます。そして目を背けて、一刻も早く逃げ出すような感じでラベリングするようになることがよくあります。そうなると、気づきはできていても、「ネガティブな自分の心を潔く承認する」という核心部の仕事がうまくできないまま、取りあえずラベリングしてしのいでいるような状態になります。

  怒りの状態が良いとは誰も思わないし、嫉妬や高慢、物惜しみ、そういったものを直したい、無くしたくて瞑想を始めているはずなのに、いざそうした現実が立ち上がってくると、あるがままに認めるのがどうしても嫌だし辛い・・。「私の心は今この瞬間、真っ黒だ」「残念ながら、これが事実なのだ」と認める瞑想なのに、反射的に目を逸らし、プライドが傷つかない当たり障りのないラベリングでごまかしたくなってしまう。真実の自分を受け容れることができないのです。

  「赦し」とは、受け容れたくないものを受け容れる修行と言ってもよいでしょう。今の瞬間も過去のことも同様であって、今を認められないことは過去も認められないし、過去の事実を認められなければ今の事実もまた認められないということです。傷つきたくないし、プライドを守りたいし、自分の見たいものだけを見て、真実は受け容れたくないという反応が立ち上がってしまっている状態と言えるでしょう。

  瞑想を実践していけば、こうした反応は、実は心の随観ばかりではなく、六門に入る情報に対しても同様であると気づくはずです。騒音や雑音が耳につけば「うるさい!」と嫌悪が出るし、足が痛くなり始めれば反射的に舌打ちして嫌がっているのです。

  嫌悪が出る前に「音」とサティを入れ、「痛み」のラベリングでネガティブな反応が止まる、というセオリー通りのカッコよい瞑想はなかなかできません。嫌悪しても「嫌悪している」と気づいてそのまま見送ることもできるのですが、それは「こんな音や痛みに自分は嫌悪しているんだ・・」と、嫌悪した事実をありのままに認めて、受け容れる心があったからです。

  これがなかなか難しいのです。嫌なものをあるがままに認めるには、どうしてもエゴイスティックな視座が変わらなければなりません。いきなり正解を組み込むのではなく、まず自分のネガティブな部分を認めるという作業がなされるべきなのです。事実なのだからありのままに認めて、ネガティブな自分自身を受け容れる練習です。

  これが「赦し」の修行です。


 5.受け容れる精神
  サマタ瞑想は、崇高なものや快いものに集中する営みなので、修行そのものが楽しいものです。しかるに、ヴィパッサナー瞑想は「心の便所掃除」と称されるくらいで、嫌なことにサティを入れることの方が多いのです。飽きてくる、痛くなってくる、集中できなくてイライラする、眠気が来る、妄想が多発してうまくいかない、嫌悪から怒りになる・・。そんな状態が頻発します。心をきれいにする作業に取り組みながら嫌悪だらけなのです。

  しかしここが踏ん張りどころです。繰り返しますが、嫌悪や怒りが立ち上がってきた事実は事実としてありのままに認めることがとても大事です。この難事業をやり遂げるには、過去に自分が犯したあやまちや自己中心的だった振舞い、相手は少しも悪くはないのに一方的に傷つけてしまった後悔・・など、否定すべき過去を潔く認めて受け容れることができなければなりません。過去の自分を赦せなければ、その延長にしか過ぎない今の自分を赦し、受け容れることはできないのです。

  そして、ダメな自分が赦せなかったら、人を赦すこともできないのです。愚かで、どうしようもない自分でも、人間なのだから優しく受け容れてあげる。これから立派になっていけばよいのです。自分を赦せるから、他人を赦すことができるという結果につながっていくのです。


 6.生き方を変える決意
  このようなことを強調したのは、長年の経験から、ただサティの技術だけを洗練させていこうとしても限界があると確信しているからです。今まで生きてきた人生の中で、ものの考え方や生きる指針となる価値観、習慣的な行動パターンをそのまま温存させながら、サティの技術だけを繰り返し修練しても、根本的に心をきれいにすることはできません。心をきれいにしよう、成長させよう、具体的な営みとして心の反応パターンを変えていこう、という明確な決意をもって正しい方向を目指していかない限り、心が変わることはないでしょう。明確な決意の力に支えられたサティの瞑想が威力を発揮するのです。

  心を浄らかにする清浄道の瞑想をするには、生き方が根本から問われることになるでしょう。今までの生き方とは違う生き方を選ぶのか否かという覚悟です。


Ⅳ.反応の浄化
  では、どうしたら反応をきれいにし、また赦せるようになるのでしょうか。どんなやり方があるのか具体的に見ていきましょう。


 1.懺悔の瞑想
  まず赦しの瞑想に必要不可欠なのは、懺悔の瞑想です。私たちは過去に過ちを犯さなかった人は誰ひとりとしておりません。その自分を赦して受け容れる瞑想として最重要なのは、まさに懺悔の瞑想なのです。

  過去を受け容れられず引きずっている時、それに終止符を打つには心の儀式が必要です。その過ちを認めて「二度と同じ過ちを繰り返さない」「これからきれいに生きていくので赦してください」と心の中で謝罪し、それをしっかり誓って終わりにするのです。過去から未来に意識の矢印を切り換えるのがポイントです。懺悔の瞑想というのは過去から解放されるために非常に重要な瞑想なのです。

  特に自己嫌悪や自己否定感覚の強い方は、ネガティブな過去に目が向きがちなので、懺悔の瞑想が大事になります。人を赦す前に、自分を赦さなければなりません。自分がいったい何に囚われていて、いまだに何を赦せないのかを明確にするのです。その過去の過ちや失態や後悔の種から目を背けずに、はっきりと認め、事実は今さら無かったことにはできないのだから、これからそれを償っていく。あるいはきれいな生き方をしていくので赦してください、と過去に訣別するための心の儀式を行なうのです。

  見るべきものをしっかりと見て、事実は事実として潔く承認し、今後は二度と同じ過ちを繰り返さないので赦してください、と心から謝ることによって終わりにしていくのです。過ぎ去ったことから未来に目を向けていくために、こうした懺悔の瞑想によって心を整理するということです。

  ネガティブな過去の自分から解放されなければ、いつまでも過去に囚われ、未来への新しい一歩が踏み出せません。ところが、過去に向き合おうとせず、慈悲の瞑想だけをやりたがる人がとても多いのです。なぜかというと、自分の中に罪悪感や自責の念があるので、どうしても頑張って慈悲の瞑想をやりたくなってしまうのです。しかし、無意識に自分を責めたり罪悪感が残っていたりすると、慈悲の瞑想も上べだけのものになり、本来の威力が発揮されなくなってしまいます。

  ですから、辛い仕事なのですが、この懺悔の瞑想は省略しないでください。真の解放が起きるためには、手順どおりやるべきことをやるしかないのです。ただし、これは相手に直接謝りに行くということではありません。心の中で謝って同じ過ちを繰り返さないという決意が肝心なのです。


 2.内観
  さらにまた内観という方法もあります。これは、自己中心的な視座を転換させるための行法です。また、過去の記憶というものが非常に不正確で間違ったものがとても多いので、それを正すためのものです。特に親子関係や家族関係で過去にネガティブな記憶を抱えている人は、本当はどうだったかという事実の確認をする必要があります。きちんと調べてみると誤解だらけだったということはいくらでも出てきます。

  内観を体験された方が口々に言われるのは、よく調べたら事実は違っていたということです。誤解に端を発した妄想によって、自分を責めたり罪悪感に苦しんだりしていることが非常に多いのです。ヴィパッサナー瞑想は現在の瞬間を正しく「あるがままに」観ていく訓練ですが、内観は過去の事実を「あったがままに」観て、経験事実を正確なものに修正していく行法です。今のこの一瞬の事実も、過去の事実も正しく認識することから全てが始まります。


 .諦める
  受け容れたくないものを赦さずに頑張っている限りは幸せになれないし、心が解放されることもありません。原始仏教の根本原理である「四聖諦」には「諦」という字が使われていますが、これには真理という意味があり、この字を使っていることは原語以上だと言われております。「赦す」ということは「諦める」ことでもあります。

  諦めない限り、心の中では果てしない葛藤が続きます。これから夢を叶えようという話ではありません。起きてしまった事、過ぎ去ってしまった事なのに、断じて赦さないと怒りの心で否定しているのです。これでは救いようがないし、永遠に解決されることはないでしょう。

  人為的な被害に遭った場合にそうなりがちですが、同じ喪失の経験や苦痛の体験であっても、自然災害などの場合には、自然には勝てない、と諦める人が多いようです。大自然にやられても、人間にやられても、かけがえのないものを喪ったこちらの苦痛は同じです。

  執着という名の妄想で苦しみを永遠化するのは愚かしいことです。幸せになりたかったら、諦めるしかないし、赦すしかないのです。その発想の転換に、仏教は多くのことを教えてくれるでしょう。心底から納得すれば、諦めがつくし、執着を手放した瞬間、解き放たれるのです。

  どうしたら赦すことができるのか、さらに見ていきましょう。


 .因果性の理解
  仏教の理論から見れば、すべての現象には偶然はないということです。「なぜ、自分がこんな目に遭うのだ!いったい自分がどんな悪いことをしたのだ!」というような悲劇が、どうしても人生にはついてまわります。それでもやはり、そこには何らかの因果関係があったのではないか、と仏教では考えます。ネガティブな現象が自分の身に起こったということは、それがどれだけ理不尽に思えることであっても、輪廻転生まで視野におさめれば、過去世も含めてそれが起きるだけの必然の背景があったし、原因があったのだ、と仏教は見るのです。

  もしそれが因果の帰結だったなら、同じことを再現させないためには、これからその反対のことをすればよいということになります。深く傷ついたのであれば、絶対に人を傷つけないと誓い、かけがえのないものを失ったのであれば、絶対に奪わない。欺かれたなら、欺かない。裏切られたなら裏切らないだけではなく、真実を貫き誠を尽くしていくと決意するのです。

  ネガティブなものは決して人に与えないと誓い、その反対の善きものを与えていくと決意し、実行していけば、そこから人生の流れが変わります。人生のあらゆる場面で今までとは反対の生き方がなされていくし、その因果の帰結として、新たに自分が組み込んだものが現象化し始めます。幸せが現成してくるでしょう。

  不徳のなせるわざと言いますが、必然の力で我が身に起きてしまった事は粛然として受け容れるほかはありません。これは辛いことですが、とても大事なことです。そこが承認できると、自分の身に起きたネガティブなことを受け容れることができ、ついに終わりにできるからです。それが「承認する力」であり、何よりも心が解放されるのだということを強調したいと思います。


 .受容する精神
  これまで申し上げてきましたように、究極のところになると、受容というのは非常に苦しい作業になってきます。「理不尽な!なんでこんな目にあわなければいけないのだ!」という事態をそのまま受け容れるのはかなり辛いことです。しかし、現象世界の仕組みを構造的に理解し、受け容れづらいものを受け容れていかない限り、苦しい人生が続くことになります。正しく理解し納得する智慧によらなければ、認めていないのに認めているふりをするだけの、ただのやせ我慢になってしまうでしょう。

  赦しというものは起きてしまった事実を承認し受け容れることですが、ただ「承認するぞ」「認めるぞ」「受け容れるぞ」といくら言っても、心は言うことを聞かないでしょう。必然の力で因果が帰結したのだと我が身に起きた経験を承認していなければ、心は本当には納得していないし終わっていないのです。何かきっかけがあれば、怒りが再燃し「やっぱり赦せない!」と元に戻ってしまいます。

  それでもこの困難な、なしがたい仕事ができた時には、赦さない!復讐してやる! とエゴが固執していた考え方が手放され、苦しみの消滅につながる無我の道が開けるのです。


 .心の苦しみをなくす
  誤解のないように申し上げておくと、受け容れるというのは、他人であれ自分であれ、「そのままで良しとして容認する」という意味ではありません。「自分に被害をもたらした人を受け容れてしまえばその人の悪を認めていることにならないか?」という疑問もあるかもしれませんが、そういうことではないのです。その事実を認めて赦すということと、その人がやっている悪をそのままこちらの価値観として支持するということは別のことです。

  我が身に起きたネガティブな出来事をありのままに認めることによって、反射的に怒りのカードを切らないことです。いきなり怒鳴り返したり報復したり、不善心所で反応しないことです。因果論に照らし合わせれば、全ては必然の力で起きているのだから、なぜ我が身にそんなことが起きたのかを冷静に読み解くのです。いかなる理由があろうとも、不善心所で反応すれば、その瞬間、新たな不善業を作ってしまうことに気づくべきです。

  相手を裁く必要はなく、もし不当な悪をなしているのであれば、相手は必ず自ら作った不善業によって自滅していくのだから、こちらは何もする必要がない・・と考えるのです。こちらが無反応でいたからといって、相手の悪を承認している訳ではありません。相手がなした悪を受けなければならなかったカルマがこちらにあっただけです。それで、一つの因果が帰結したのだから、捨て置けばよいのです。もしネガティブな反応をすれば、その不善心が新たな不善業を作りやがてその報いを受けるだけだ、と正しく理解する。これが、赦しの意味でもあります。
  こうして「赦し」というキーワードによって、仏教の奥義とも言うべき大事なポイントに分け入ることができるし、我が身に起きた一切を平然と、淡々と、引き受けていくことができるのです。人生の流れは、ここから確実に変わっていくでしょう。
  善いことも悪いことも、快いことも不快なことも、得することも損することも、どんな事実もありのままに受け容れて、冷静に、公平に、無差別平等に観じきっていく「ウペッカー(upekkh
ā」という「捨」の心は、こうして養われていくのです。そして、「捨」の心が確立していくとき、諸悪の根源であるエゴが限りなく乗り超えられ、ヴィパッサナー瞑想のターゲットでもある「無我」が現成していると言ってよいでしょう。
  サティの瞑想が、その瞬間のネガティブな反応を止めるだけの技術なのか、無我を目指す自己変革につながるシステムなのか。もし、こうした仏教の智慧の伴った気づきが連続する瞑想なら、人生の途上で見舞われるどのような苦しみも乗り超えていくことができるでしょう。気づき→観察→理解→承認→受容→無我→と成長していくサティの瞑想・・。これこそ、ブッダが私たちに提示してくれた究極の行法なのです。(完)


関連質問


Aさん:要するに五戒をベースに仏教的な心を育てることと、悪い想念が浮かんだ瞬間にサティで止めてしまうこと、その相乗効果によって心の苦しみが解消されていくと理解してよろしいのでしょうか。

回答:
 そうですね。サティの瞑想では思考を止めていくわけですが、それでも心の反応はすでに起ち上がりかけています。その反応の仕方を意識的に組み替えていく決意がないと、サティが単なる技術になってしまうということです。

  「五戒を守る」ということは、「人に苦しみを与えない」ということです。殺せば、盗めば、欺けば・・、その破戒行為が人に苦しみを与えることにつながっています。「人に苦しみを与えない」ことは、「幸せな良いものを与える」という積極的な善行にバージョンアップしていくと言うこともできます。

  「自分だけが良ければ、人は関係ない」という自己中心的な思いが諸悪の根源になり、結果的に自分を苦しめることにつながっていると仏教は見ているわけです。私たちが日々経験する事象は、因果法則に貫かれて生滅しているが故に、「人に苦しみを与えない」ことは「自分に苦しみを与えない」ことに直結してくるのです。
  仏教のダンマが腹に落ちてくると、反応が変わり、一瞬一瞬のサティのクオリティが高められ、限りなく心が成長していく。それに比例して、確実に人生苦から解放されていくということです。


Bさん:世の中には悲惨なことがたくさんあって、そんな情報が入るたびに心が痛みます。でもやはり身近なところから始めたほうが良いのでしょうか。

回答:
  仰るとおり、自分の足元からです。もし自分の中に不善心がほとんど無いのであれば、存在そのものを絶対肯定するというようなレベルの「ゆるし」もあるでしょうが、そのような人は悟りを開いた人だけです。私たちはまず自分の中のネガティブなものから乗り越えていくべきです。
  親兄弟の仲がトラブっている状態なのに家を出ることもせず、同じ屋根の下で暮らしながらアフリカの飢餓の人たちにお布施しようかと言っていた方がいました。「なんで世界から飢餓がなくならないんでしょうか」「戦争がなくならないんでしょうか」と本当に憂えていました。

  たしかにそれは崇高な尊い精神だけれども、アフリカの戦争や飢餓を憂える前に、あなたが兄弟や親と争うことからまず治めて和解していきましょう、と。やはりどうしてもそういうアドバイスにならざるを得ませんでした。

  自分が親や兄弟と争っている状態を直視したくないので、地球の反対側の飢餓とか戦争の問題を心配するのはすり替えであって、自分自身の心をありのままに観ることから逃げているというふうに私には思えました。自分のいちばん身近な人に対する赦しから始めることを強調しておきたいですね。ありがとうございました。

 


     

  ブッダの瞑想と日々の修行 ~理解と実践のためのアドバイス~ 
                                                             地橋秀雄
  
今月のテーマ:尋ねたかったこと(3)   
                     (おことわり)編集の関係で、(1)(2)・・・は必ずしも月を連ねてはおりません。 

Aさん:梵我思想とブッダの説かれた教えとの違いをわかりやすく説明してください。

アドバイス:
  梵我思想は、ヒンドゥー教の根本原理であり、広義には中国思想のタオイズムや大乗仏教思想の根幹にも関わってくるものです。一方、ブッダの教えである原始仏教は、梵我思想と解脱観が異なります。
  それは、現象世界を肯定するか否か、煩悩を否定するか否かという問題です。
  ブッダが亡くなられて約五百年の後、インドで大乗仏教が興起してきますが、時代を経るにつれ、その教えの根幹が梵我思想と重なり合うようになりました。それと並行していわゆる菩薩思想というものが現れ、この世に仏国土を作ろうということになりました。しかし、その考え方では煩悩を否定し完全に消滅させていく教えとはどうしても矛盾が生じてきて、やがて巧妙に煩悩を肯定する思想が出てきたのです。
  それは「空(くう)」の思想に基づき、「存在というものは本来、実体が何もないのだから煩悩そのものにも実体はない。ゆえに実体のない煩悩をなくして得られる悟りもない」という考え方でした。原始仏教と対比した時に、梵我思想の特徴は、現象世界の肯定論と言ってよいでしょう。
  全ての煩悩を滅尽させ、現象の世界に生存を続ける輪廻転生の流れから解脱していくのが原始仏教の悟り観です。一方、ヒンドゥー教の根本思想である梵我思想では、存在の究極原理である梵(ブラフマン)が万物万象に顕現していると観ますので、現象=存在の世界は絶対肯定されるべきものとなります。全ての現象が肯定されるならば、現実に私たちが悩まされ苦しめられている煩悩の存在も肯定されることになります。「空の思想」は、巧妙な論理を用いて、煩悩を全否定する原始仏教に反する思想を正当化するものでした。
  そうするうちに、大乗仏教のヒンドゥー化が進んでいきました。密教がその究極と言われています。密教はヒンドゥー教とほとんどイコールと学問的にも考えられているのです。
  インド思想の根幹でもある梵我思想の「梵」は、大乗仏教では「仏性(ぶっしょう)」と名称が変わりました。ですから、大乗仏教の悟りの究極は、宇宙=全存在と一体であるということになっているでしょう。これは、ヨーガの根本思想「存在・意識・至福」ということなのですけれど、原始仏教に当てはめれば「存在(色法)・意識(名法)・苦」になります。「存在は至福」v.s.「存在は苦」ですから、正反対です。
  このように、梵我思想では存在は至福とみなされているために、何回でも生まれ変わって来世はもっと人を救いなさいと説いたりしています。つまり、心と体の存在の世界を至福と考えているのが梵我思想で、それを苦と観るのが原始仏教です。存在の世界はドゥッカ()だから離脱しようという方向になります。きわめて要点のみを申し上げましたが、このようなわけで、梵我思想とブッダの説かれた教えとは現象世界の否定論と肯定論ということで決定的に分かれてしまうということです。
  私も修行時代は、なかなかここのところに気づけなく、長い間同じだと思っていました。たとえば、高尾山は1号路から6号路まであるのですが、頂上は一つだからどの路を選んで登攀しても同じという感じですね。大乗仏教の道もタオの道もヒンドゥーの道も、根本的には万教帰一なのだから同じであるということです。
  自分は原始仏教という路を歩んでいる。他の人はほかの道を歩んでいる。でも最終的には同じ頂上に行くのだろうと思っていたのですが、実際にはそうではありませんでした。原始仏教から枝分かれしていった大乗仏教の変遷史がわかって、なぜ同じ仏教であるのに異なった考え方があるのか納得しました。

Aさん:仏教は、インドにおいてすでに本来のブッダの教えから変容してしまったということですが、なぜなのでしょうか。

アドバイス:
  その理由の一つは、原始仏教の教えに忠実に従っていくと、結局富や愛欲や名声など諸々の煩悩を捨てなさいという話になってしまいますので、特に当時の南インドの富裕な商人たちがそれだと不都合だと考えたせいでしょう。仏教も大事にしたいが、この世の幸福も満喫したいという本音を統合させたかったのではないでしょうか。キリストも、金持ちが神の国に入るのはラクダが針の穴を通るよりも難しい、と言っています。
  富や財産に対する執着はとても強烈なので、それを手放すことは至難の業になります。ところが、原始仏教の実践に向かうとそれを最終的に手放していく方向に行かざるを得ないので、それは無理だということになって、それなら富を持ったまま悟りたいと考えたのでしょう。
  その根拠として、『観普賢菩薩行法経(かんふげんぼさつぎょうほうきょう)』という大乗経典の冒頭部分は、仏弟子が「お釈迦様、煩悩を持ったまま悟るにはどうしたらいいか教えてください」と説法を願い出て、それにブッダが答えて「はい。では、しっかりとお聞きなさい」と原始仏教からは腰を抜かすような経典さえ出てきています。
  もう一つ考えられることは、原始仏教では出家して死ぬほど修行しないと悟れない構造になっているという点です。そうすると、出家が不可能な在家の人たちは昼間は仕事をしていますから、それが終わった後では瞑想の修行も十分にはできません。それでは絶対に今世では悟れませんね。もしどうしても悟りたいとなったら仕事をやめて出家しなければならなくなります。あるいはまた、出家するほど徳がないのだったら、今世では徳を積んで来世に備えるしかないということになってしまうでしょう。それでは不満だった人たちがいろいろ考えたからだと思います。
  もう一つは、今のアフガニスタンあたりにとんでもない比丘がいて、布施をすれば修行しなくても悟れるというようなことを説いて信者を増やそうとしたことが挙げられます。
  私は、そのあたりから崩れてきたのではないかと見ています。修行しなくても悟れるとか、お布施の力で悟れるとか、徳を積めば悟れるとか、あるいは在家のままで悟れるとか、だんだん安易な方向に流れていますよね。()
  『維摩経(ゆいまきょう)』になるとさらにエスカレートします。この経の主人公である維摩は世俗の人で、有名な居士でもあり実業家でした。その維摩が十大弟子のサーリプッタやモッガラーナ尊者よりも優れているという役まわりになり、出家より在家の方が偉いと言いたいような経典です。あるいは『勝鬘経(しょうまんぎょう)』といって、在家の王妃である勝鬘夫人がブッダに許されて出家に対して教えを説き、ブッダがそれをその通りだと承認されるという経典までが現れます。
  ただそうはいっても、大乗仏教は哲学としては素晴らしく深いものがありますし、原始仏教の八正道や四諦、縁起などの根本的な教えまで否定している訳ではありません。仏教の枠内に留まってはいるのですが、ただ、どうしても「無常・苦・無我」の「苦」は認めたくない。なんとか省きたくて「諸行無常・諸法無我・涅槃寂静」が三宝印だ言い出し、「苦」を抜いてしまったりしました。
  テーラワーダでは「無常・苦・無我」は揺るがせようのない根本原理です。存在の本質は無常であるがゆえに、存在を現象の流れとして捉えているのです。存在するものはすべて一瞬一瞬変わっていってしまうのですから、永遠の天国や仏国土なんてあるわけがない。また、あらゆるものが相関関係の中で生きているし存在している。相互に支え合いつながり合っている宇宙網目の因果性が諸法無我であり、それが刻々変化しているのですね。
  この無常と無我を悟ったところに涅槃寂静がある、というふうに大乗仏教ではもってきて、「苦」を抜いてしまっているのです。でも、さすがに気が引けたのか、後には「苦」をプラスして四宝()印などという言い方をしていたりもします。これは原始仏教から言えばとんでもない話です。存在が「苦」であることが見えなくなった時点で、仏教の衰滅が始まるとさえ言われています。
  たしかに、一瞬の幸せというのはあるかもしれません。夢が叶った瞬間とか、愛する人と結ばれた瞬間などに幸せだと感じる時はあるでしょう。しかしそれも一時的なものに過ぎず、瞬く間に変化していってしまう。幸福がたちまち崩壊していくのです。同一の状態を保つことの不可能性が「苦」なのだということです。つまり、幸福や快楽には苦の側面が常に内在しているという現実を見るのです。だからこそ、幸せに執着があればあるほど、苦しみは大きくなるということです。
  もし愛する人が亡くなったらどうでしょう。その愛が大きいほど、執着が強いほど、失われた時の苦は激しいものになるでしょう。名誉や社会的地位や財産にしがみついていればいるほど、それが奪い取られたときには耐えられないでしょう。だからこそ原始仏教は無執着であることを目指すのです。文字通り、本当に苦の無い世界を。
  ところが大乗仏教のなかには、それを歪めた解釈さえ起きてきてきました。「執着がなければ、何を持とうが、何をやろうが関係ない」と。「大乗無戒」という言葉があるように、事実上戒律が無きに等しい状態になっていった時に、日本仏教の衰微が始まったと言えるでしょう。出家得度式では誰も五戒を誓いながら、酒を「般若湯(はんにゃとう)」と称して飲酒が公然と行なわれています。仏教の根本的な教えが事実上崩れたのは、妻帯を許可して世襲で寺を継ぐということになってからかもしれません。会社にしても権力にしてもお寺にしても、世襲を続けていると必ずおかしなことになって傾いていくのが常です。
  ちなみに、どの世界でもこうした世襲制度を廃止するのは難しいことですが、徳川綱吉はその英断をなし得た好例でしょう。当時は、老中や旗本のような役職は世襲になっていたために、苦労せずにそのまま親から役職を引き継いだので、質の悪い人材が蔓延していました。綱吉は、その世襲制度を撤廃したのです。彼は優れた官僚体制を整備した最初の改革者でした。そしてこの改革が、後の明治維新を成功に導いた一つの大きな原動力になったとさえ言われています。
  自分の役職を愛着のある子孫に継がせたいという欲はたいへん強く根深いものです。そうした人たちに恨まれた綱吉が『三王外記(さんのうがいき)』でひどく貶められ、後世まで「犬将軍」などと暗愚な将軍にデッチ上げられた理由だとされています。世襲制がなくなって利権を奪われた守旧派の人たちは綱吉憎しだったのです。
  関が原の戦いが終わって徳川幕府が開かれたといっても、島原の乱までは武断派の時代で、武士は平気で人を殺していました。大きな戦争はなくなったけれど、命が粗末にされていた野蛮さは凄まじいものでした。若い頃の水戸光圀が、辻斬り同然の刀の試し斬りを平然と行なっていたり、病んだ旅の者が宿屋の裏に生きたまま捨てられたりしていたのです。その時代を大きく動かし、日本人の優しさの原点を築いたのは綱吉の「生類憐れみの令」が発端だったとも考えられるのです。
  武断派から文治派へと、時代が推移していったのも歴史の必然だったのですね。殺し屋の暴力装置だった武芸を、緩やかに切り替えていったのが柳生の活人剣でした。殺さない剣の道が始まったのです。また宮本武蔵の場合も、もはや武の時代ではないと気づきました。武蔵には、三木ノ助(主君本多忠刻に殉死、享年二十三)と伊織という養子が二人いて、立派に仕官させたのですが、武蔵もあれだけ強くなりたかったのは、自分も仕官したかったからなのです。武蔵自身も細川の殿様に客分としてかわいがられたのですが、その殿様は短命でした。そのために『五輪書(ごりんのしょ)』を記したという流れだったのですが、驚いたことに、息子には兵法を教えませんでした。それは、時代を読んでいたからなのです。自分がどれだけ武術を極めたところで、島原の乱で石を投げられて足に怪我をしたら歩けないし戦えないと悟って武蔵は転身したのですから。転身後には、武蔵は絵も描くし文も書くという文人になりました。
  実際に、武蔵は細川の殿様に御伽衆(おとぎしゅう)という役職を与えられたのですが、文人としての才能も素晴らしいものでした。武蔵が描いた絵の中で一番有名なものに『枯木鳴鵙図(こぼくめいげきず)』がありますが、その筆さばきなど本当にすごいと驚嘆いたします。枯木の一直線のサーッとした流れなどは、超一流の剣豪ならではのものだと思いますね。たしかに才能があったから文人にもなったのですが、その背景には、時代の流れを読んでいたこと、それを知り尽くしていたからこそ自ずから変わっていったのでしょう。
  このように、それまでのパラダイム転換ということでは、私の修行にも当て嵌まるところがあります。つまり、梵我思想も素晴らしいものでしたが、私の求めていた道からは、どうしても無理があると感じてしまっていたのです。梵我思想と原始仏教では悟り観・解脱観が根本的に違うことが解ってきたのです。
  私はそれまで、老子や荘子にも傾倒していたのですが、そのタオを梵我思想の梵に置き換えれば、そして大乗仏教の仏性に置き換えれば、本質的にすべて同じなのです。ですから、原始仏教もそうだろうと思っていたのですが、それが違っていたのです。そのことを知って受け容れる時は相当ショックでしたね。

Aさん:日本には原始仏教の経典はあったのですか。また、なぜ大乗仏教が主流になったのでしょうか。

アドバイス:
  中国の天台大師智顗(ちぎ)が説かれた『天台小止観(てんだいしょうしかん)』の止観というのはまさにサマタ瞑想とヴィパッサナー瞑想のことですから、知識としては知られていたでしょう。また、『阿含経(あごんきょう)』という漢訳の経典も伝来していて原始仏教の経典は一応あったのですけれど、それが中心的に取り上げられることはなく、重視されなかったようです。
  日本では聖徳太子が仏教の父とされていますが、太子自ら多数の経典の中から『法華経』『勝鬘経』『維摩経』を選んで講義するとともに、またその注釈書『法華義疏』『勝鬘経義疏』『維摩経義疏』を著されたほどです。これらはすべて大乗経典です。『法華経』はご存じの通り、また『維摩経』も『勝鬘経』もさきほど申し上げたとおりです。
  おそらくそこには、原始仏教よりも大乗仏教の方が政(まつりごと)には良いという判断が働いていたのだと思います。しかし大乗仏教ではどうしても戒律厳守が徹底せず、平安時代になるとあまりにも仏教界が乱れてしまいました。そこで仏教を立て直そうとして、鑑真和上(がんじんわじょう)がお弟子さんとともに唐から招かれ、それなりの成果はあったのですが、鑑真和上が亡くなってからは元の木阿弥になってしまいました。
  私も昔は『維摩経』を読み感動していたのですが、実際の修行現場で心から納得するのは難しいですね。怒りがまったく起こらずに心の底から爽やかな時と、ムカッとした時が同じであるとは到底思えませんね。怒りや欲が立ち上がった時には、どうしても束縛されている印象が消しがたいでしょう。
  それで、大乗仏教で言っている「煩悩即菩提」というのは嘘ではないかと思いながら修行を続けていたのですが、原始仏教に出会ったことで決定的になりました。そうか、全部捨てるしかないんだということに確信が持てたのです。原始仏教も厳しい道には変わらないのですが、こちらがブッダの本当の道だと得心がいきました。
  我々のレベルでは、実際には全てを捨てるところまでには至らなくて、強欲が少欲となり、だんだん無欲に近づいていったあたりで幸福度が上がって、それで死んで、来世でまた続きをやるという展開になるのが関の山でしょうけどね。()
  ただ私は、原始仏教の教えを知った時には、立ち直れないくらいショックでした。それまで十年以上やっていたことは何だったのかと打ちのめされました。「ええッ!!・・違っていたのか」と。でも当時の私には、もはや他にやるべきものが無くなっていたので、原始仏教の道を歩み抜くしか選択肢がなかったのです。
  それまで十年以上、ヨーガやヒンドゥーや莊子や大乗仏教を命がけでやってきて、また幼稚園生から今度は原始仏教をやり直さなければならないのか・・という感じでした。それまでの歳月が水泡に帰したかのような徒労感や虚しさで、起ち上がれないほどショックを受けていました。なんとも辛いものがあったのですが、でもこっちが本物だという確信がありましたので、タイやミャンマー、スリランカなど外国の寺を訪ねて修行を重ね、それで今原始仏教を教えているということです。
(文責:編集部)

 今月のダンマ写真 ~




 

僧院での修行中に配送される弁当(ピントー)。



 

 
 

 

 

  タイの山林深くにある寺を拠り所として暮らすカレン族の家。3ヶ月に一度屋根を葺き替えないと暮らせないという。

地橋先生提供


    Web会だより  
  怒りと恐怖と調和と:ヴィパッサナー瞑想の「見えざる手」と繋がって -4-
                                           (Abe-chan
(承前)
  歩く瞑想にしても坐る瞑想にしても、サティを入れていくと、最近はすぐに視覚的なイメージが現れてきます。歩く瞑想のほうがイメージの視覚化は明確で単純でした。目が見えないのにイメージの視覚化と聞くと、皆さんは訝しく思うかもしれませんが、私は15歳まで少し見えていました。ですから文字、色、形の視覚的経験があり、今でも記憶を呼び起こすことができます。加えて、私は共感覚(synethesia common sense)を使って周囲を認識するタイプの人らしいのです。どういうことかというと、触った感覚がそのまま色や形など視覚的なイメージとしても感覚経験されるのです。このように私流の独特な視覚的イメージ経験を日常的に備えているから、瞑想でもすぐに視覚的なイメージがサティを入れることに伴って現れてきました。
  例えば歩く瞑想をしていると、足のかかとが床面から離れる触覚的感覚と同時に情景として眼前に見えてきます。足が指先からカーペットの上に下りる瞬間に、足の指の視覚的なイメージが出てきます。視覚的イメージはサティを入れることをさらに促進するようで、どんどん細かく気づき始めると、どうにもこうにも足を動かせなくなってしまったこともありました。ラベリングしていたらどんどんと細かくラベリング対象に気づき続けてしまい、足の動きの気づきにラベリングが追いつかないのです。ついに、気づいたことを言葉にしていると動けなくなってしまいました。仕方がないので、こうなったときには、「かかと」、「柔らかい」、「徐々に足の前に」など勝手に省略してしまうしかありません。
  坐る瞑想では違った視覚イメージが出てきます。坐る瞑想は気功の瞑想と似ているからかもしれませんが、理由はわかりません。腹の膨らみと縮みにサティを入れていると、色や形がふわっとイメージされてきます。いわゆる「妄想」、あるいはマインドワンダリングなのかもしれません。ですので、すぐにお腹の膨らみと凹みに意識を向け直すようにしています。
  でも、色はよく現れます。テレビ画面に映し出される綺麗な球や雲の色が次々と緑、赤、オレンジなどと変わっていくこともあれば、同じ色の雲がずっと見える場合や、その雲が実は木々だったりすることもあります。不安感、恐怖感は付着していません。ですので、気分は自由なので、深く考えずに眺めるようにしています。

5 慈悲の瞑想について
  最後に慈悲の瞑想について感じたことを述べたいと思います。

  慈悲の瞑想を実践してみると、意識にはパワーがあるのではないかと実感されます。というのは、慈悲の瞑想をした日はその帰りに起きる出来事が違うのです。初心者講習会にしても朝カルの講座にしてもそうでした。見知らぬ人がいつも以上に優しくしてくれました。道に迷っていても、たくさんの人が声をかけてくれて道案内までしてくれるし、電車の席は譲られるし・・・。善行ばかりを受けるのです。私がいやなことは決して起こりませんでした。
  慈悲の瞑想そのものが現実に良いこととして現れたのか、あるいは、慈悲の瞑想をした後の私の穏やかで平穏な気持ちが、表情や身のこなしなどに表れて、その結果周囲の人が親切にしてくれたのか原因はわかりません。でも、まさにありがたい出来事が起きたことは確かです。破壊よりも調和が宇宙の原則という趣旨のことを地橋先生がお話しされていました。私もそのご意見に大賛成です。物質の調和した状態が球だと思いますが、意識にだって調和した状態があるはずです。慈悲の瞑想はそういう意識の調和をもたらすのだと信じたいです。
  良いことばかりなのですから毎日慈悲の瞑想をすればいいじゃないか、と言う声が聞こえてきそうです。はい。もっともです。でも、できていません。まだ、瞑想が習慣化していません。毎日朝起きたら歯を磨くように、瞑想を日常生活の一部にしたいところです。


6 最後に

  だらだらと書いてしまいました。ヴィパッサナー瞑想に出会い、断続的にお稽古をするようになってから何が一番違うかというと、想定外の出来事、アクシデントが起きても、悲しみや怒りや恐怖で気持ちが揺り動かされても、じたばたしなくなりました。心が大波によって揺さぶられても、波立たされても、怒濤に飲み込まれなくなりました。
  心が浮き足立っていると波に流されてしまいます。今は自分のどこかが地面にしっかりと根づいているように感じます。気功で言うと、上虚下実の状態です。不安や恐怖に心が飲み込まれても、怒りで身体が身震いしても、なお今ここの身体に気づきを戻せばよい、ということを身体で覚えてきたので、それだけでも安心感と自信がつきました。ヴィパッサナー瞑想の収斂にゴールはありません。これからも自分という島が波に押し流されないように、力には力で抵抗しない心構えを鍛錬していきたいと思います。
  最後まで読んでくださりありがとうございました。(完)





☆お知らせ:<スポットライト>は今月号はお休みです。

         
 





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ダンマの言葉

修行がうまくいかないのは要するにカルマが良くないということで、そのカルマを良くすればいいのです。それには、何らかの善業、例えばトイレ磨きをする。トイレがピカピカになれば修行者は気持ち良く修行できる、修行者を助けているようなことになるわけですから、それはよい結果がでてきます。(合宿でのダンマトーク:「ある出家者の修行から」より)

       

 今日の一言:選

1.1年に何度か、朝起きたときに、会社に行きたくないなと思うことがあった。
 日曜日の夕方になると気分が滅入ってくることも、しゅっちゅうだった。

 両方ともすっかりなくなったのは、瞑想のお蔭だ、と述懐しているWeb会会員の方がいた……

2.概念化や妄想を止めることに、あまりこだわることはない。
 法の直接知覚が究極の仕事なのでもない。

 混同しなければよいのだ。

 直接知覚されたレアな情報なのか、前もって思い込んでいた先入観と渾然一体化した印象なのか、「見た」「聞いた」「感じた」瞬間、繰り出されていったイメージの連鎖や思考の連なりなのか……

 起きた通り、展開したままに把握され、自覚され、客観視されていればよい。


3.人の命も、人との関係も、物も、情況も、幸福も、悲しみも……すべてのものが壊滅していくのは、わかっているではないか。
 失われた事実ではなく、かかわれた事実、経験できた事実に感謝しながら、無常を受け容れていく……

 ◎「今日の一言:選」は、これまでの「今日の一言」から再録したものです。


       

   読んでみました
  映画『この世界の片隅に』(2016)を観て
  私の父は特攻隊少年志願兵でした。あと数ヶ月終戦が遅れていたら、父はいなかったでしょう。70年余り前のその事実を、失語症の父から聞いたのは2年前でした。たどたどしい会話の端に「あっそう言えば、、、」と。こんなことでも「伝えておこうか」というふうに。それは圧倒的な悲劇であったはずにもかかわらず、「いや、そんなこともあったな」というように。終戦以降、雑貨商人として、生きてきた父、先日亡くなりました。
  映画「この世界の片隅で」。この映画の背景に戦争があります。当然、戦争があっても、そこに日々の暮らしはあり、命あるものはその日常を生きていかなければなりません。その一瞬一瞬の日常を、どう生きるかに思いを馳せていく映画でした。

  主人公「すず」は悲劇のヒロインとしては描かれてません。当時の広島の人たちがそうであったように、ごく普通の営みを大事にする、慎ましく生きる市井の一人。たとえば、限られた食材を、少しでもお腹が膨れるようにと、どうしたらかさ増しできるだろうかと、日々頭を悩ませます(そこでは祖母から仕入れたレシピで、見事な食事を作りあげました。そのレシピが智慧そのものなのです)。
  趣味は絵を描くこと。絵を描く行為は、目の前の対象を、「観察モード」で丁寧に捉えていく作業なのでしょう。「すず」は、日常の風景にその題材を求めます。その絵は、映画「君の名は」の風景画にあるような、微細で圧倒されてくるものと異なり、日常をとても愛おしむかのような、ほのぼのとした情感が伝わってくるものでした。
  戦争がにわかに身近になってくるにつれ、「すず」の生活にもその影響は避けられません。着物は裁ち切られもんぺに変わり、家の柱は防空壕に使われ、空から撒かれる伝単は便所の紙として使われていきます。爆撃の中、命を断たれていく者たちも。

  そんな中「すず」は、やはり日常を生きます。原始仏教では、「生きることは感受すること」と定義されていると私は捉えていますが、それは次のように言い換えられないでしょうか、「生きること、それは歩むこと」と。どんな状況も、それは自らの因果と了解し、その瞬間にあれこれ考えて、立ち止まるのではなく、「歩む」。「すず」はそうでした。

  昭和20年8月6日から数日後、爆心地、広島を歩む「すず」。見知らぬ孤児の女の子に、「よう生きとってくれんさったねぇ」と声を掛けます。放たれる慈悲心、胸打たれました。
  この世界の片隅で、誰もが、一瞬の日常を生きていきます。その誰彼が亡くなれば、誰彼の日常は一吹きの風のようになくなります。いつか、今日の明日はなくなるこの限られた日常。たとえ、息をするのさえ苦しい絶望にあっても、一期一会のこの日常の瞬間をどのように生きるか。過去でも未来でもなく、この瞬間を・・・。

  29年12月20日の「今日の一言」で、「夢をかなえ、成功する人は多いが、幸せになる人は少ない。」とありました。映画の最後、「すず」が言います、「私を、この世界の片隅で(・・・・・)」(ここで具体的にどんな言葉が言われたかは映画を見てください)。いっぱいの感謝の言葉が発せられます。「夢を叶える、成功する」などの外的目的指向の心には、どうしてもエゴの存在が少なくないでしょう。その対極にあるのは、内面から湧き上がる感謝の心ではないでしょうか。心からの感謝には、エゴは存在し得ない。そうしてそこが「幸せ」の入り口。「すず」の最後の短い言葉は、感謝の思いの結実でした。
  この日常を、この瞬間を、どのように生きるか、そして「幸せ」とは何かを考える、素晴らしい映画でした。(T)  
 
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