月刊サティ!

2017年7月号 Monthly sati!   July 2017


 今月の内容

 
  巻頭ダンマトーク  ~広い視野からダンマを学ぶ~

        
今月のテーマ:心を変える取り組み (2)
                 
      ―厳罰主義からプリズン・ドッグまで―

  ブッダの瞑想と日々の修行  ~理解と実践のためのアドバイス~

        今月のテーマ:慈悲の瞑想 (2)
   
ダンマ写真

  Web会だより 『届くように』 
   ダンマの言葉
  今日の一言:選
  読んでみました 『死すべき定め』アトゥール・ガワンデ著                  

                     

『月刊サティ!』は、地橋先生の指導のもとに、広く、客観的視点の涵養を目指しています。  

    

   巻頭ダンマトーク ~広い視野からダンマを学ぶ~

   今月のテーマ:心を変える取り組み (2)
           
        ―厳罰主義からプリズン・ドッグまで―

(承前)
  こうして、刑務所の囚人が教師となって、チンピラの少年少女たちに次々と更生プログラムを施していくのです。黒人もいる。白人もいる。どの囚人もみんな見事なセリフ回しなのです。長年やっているから慣れているのでしょう。どの囚人にも感心してしまいました。

  例えば「この新聞の切り抜きを見ろ!」と言って、実際に新聞を見せるのです。すると、たった刑期が3年か5年くらいの男が、首と胸と頭を刺されて殺されたという記事なのです。本当にこの刑務所の中で殺しがあるのだという証拠のような感じです。

  「人間何年もこんなところにいると、犬の鳴き声も、鳥の声も、車のクラクションすら、ここでは忘れてしまうんだ。だが、忘れられない声がある。囚人が刺された時の叫び声だ。毎日聞いているから絶対忘れない」。

  すると、少年少女たちは震えあがってしまいます。さっきまで凶悪な顔をして毒々しいセリフを言いまくっていたのが、茫然自失になってくるのです。

  私が一番迫力があったと感じた囚人の男は「・・ここへ来る前に、俺は、殺人も強盗も脅迫も放火も、誘拐も詐欺もやって、悪の限りを尽くしてきた。俺が、この刑務所でどんな目にあってきたか教えてやろう。俺は目をくり抜かれた。この通りだ!」。

  本当に、目をえぐられているのです。しかも義眼が入っていないので、陥没しているのです。

  「背中も腰も顔面もめった刺しだ!どうだ、お前らも同じ目に遭いたいか。あんまり殴られすぎて、俺の頭の中では、その音が鳴り続けているんだ。

  ここでは、リンチだけじゃない。レイプもされるんだ。18歳の女が11回も暴行された。ヤキを入れられるんだ。看守に言いつけるか!やつらは8時間働いたら家に帰るだけだ。看守に言いつけたって何の意味もない。逆に復讐されるのが関の山だ。

  お前ら、今のままで職について稼げると思っているのか!こんなところへ来たくなかったら、学校へ行け! 勉強しろ! 弾丸や鉄パイプで、刑務所の壁は崩せない。だが、教育なら崩せるかもしれない。

  お前らは、昔の俺だ。そして今の俺たちが、お前らの将来だ。そのまま俺たちのようになりたいのか!」

  これが、間合いといいセリフ回しといい、実に素晴らしいのです。役者経験があったのかと訊ねてみたい感じで、すごい迫力でした。

  このローウェイ刑務所の更生率は80%以上。再犯率は14.5%です。そして圧巻なのは、この少年少女たちが20年後に、この更生プログラムをやった側の囚人たちと再会するのです。そういうドキュメンタリーなのです。なんともドラマチックでしたね。

  20年後どうなっていたか。彼らはほとんど40歳前、30代後半になっているのですが、みんな子供がいて、一番悪態をついていた少年は牧師になっていました。麻薬リハビリセンターのカウンセラーになっていた子もいました。空調会社の経理職になっていた人は「あの時ほど怖かったことはない。あそこは人間のいられるところじゃない。もう、本当に更生しようと思いましたよ」と言っていました。

  たった一回の更生プログラムを受けただけで、人生の流れが変わってしまったのです。今まで20年近く生きてきて、あのローウェイ刑務所ほど恐ろしい一日はなかった。特にあの片目の男が一番迫力があったと、全員一致で述懐していました。

  今ではほとんどの人が結婚して、不良少女だった女の子が今では子供もいる家庭の主婦になっている。ふつうのいい奥さんになっていて、その話題になると「もう、やめてよ、あの頃の話は」とか言っている。顔つきもまったく普通だし、生活もすべて普通です。

  こうして、そのまま行けば間違いなく終身刑や死刑になりそうだった若者たちが、見事に更生してまともな人生をきれいに歩んでいるのです。

  しかし、更生できなかった人もいました。再犯をおかした14.5%の人たち、これは全員麻薬によるものでした。

  ローウェイ刑務所の更生プログラムを受け、誰もが更生しようと心に決めたのに、ダメだった人もいるのです。更生したいという気持ちは重々あっても、麻薬の禁断症状には耐えられず、結局再犯を重ねて刑務所と娑婆の往復を繰り返した人が二人くらいいました。「すべて、麻薬のせいだよ」と言っていました。寂しそうにも、こんなことを繰り返しながら人生を終えていくのか・・と諦めてしまったようにも見える、何とも言えない表情でした。激しい怒りもなければ、絶望の深さも感じられないし、ただ、ああ、どうしようもないな・・と嘆息を吐いているような、これが麻薬の真の怖ろしさか・・。心の底から更生しようと誓っているのに、その決意すら嘲笑うように潰えさせてしまう薬物の魔物性のようなものを考えさせられました。
 
  わずかな例外はあるものの、この少年たちの人生の変容ぶりは素晴らしいものでした。人生はやり直せるのだと信じさせてくれるものでした。不良少年や少女たちが80%以上の高い率で更生されていき、アメリカで今までに何万人もの人がこの更生プログラムを受けているのです。

  これはノルウェー方式や里親制度とは違います。心がねじくれてしまっていると、温情主義でやさしく愛を与えていくやり方よりも、因果論を徹底的に腹に落とし込ませる方が効果的なのかもしれないとも思いました。

  このドキュメンタリーのもう一つの見どころは、少年たちに更生プログラムを施したあの終身刑や懲役30年の囚人たちの20年後も描かれていたところです。

  もう刑期を終えていたり、あるいは恩赦などで出所して、おおむね刑務所の外にいました。そうすると彼らも50代くらいでけっこういい歳になっているのですが、結婚して家庭を作り子供たちがいて、本当に家庭を大切にしているのです。顔つきがまったく変わっていました。

  彼らには、自分と同じ過ちを繰り返させたくないという強い思いがあるのでしょう。また、怒りや暴力では何も変わらないことを学んだのかもしれません。真の学びを得たからこそ「学校へ行け!勉強しろ!教育だけが変えられ・・」と本音で言っていたように思われます。

  ヘラヘラ笑っている恐れ知らずの悪ガキ達に、かつての自分自身の姿を見ていたのかもしれません。情熱的に更生プログラムに取り組むことが、完全に自分の生きがいになっていたのですね。自分とそっくりな少年少女たちを悪の道から脱出させることが、まるでかつての自分自身を救済するかのような感覚にとらわれていたのかもしれません。自己有用感を確かめたい心も本当だろうし、他人を救うことが自分を救うことと同じになっていくのもセオリー通りです。
  自分と他人を救う構造を直感的にわかった者たちであれば、出所後も当然素晴らしい人生にしていくでしょう。

  そんな彼らが20年目に、かつて自分が人生の流れを変えてあげる手助けをして、今は幸せな人生を立派に送っている、あの少年少女たちの姿を確かめることになる場面は感動的でした。誰をも震え上がらせたあの片目の男が静かに登場してきて、いきなり「俺は、今まで、殺人もやった、何でもやった」と、更生プログラムやっていた時と同じセリフを言うのです。もちろんジョークなのですが。男の顔は明るく幸せそうで、ちゃんと家庭を持っていて「とにかく家族を大事にしろ!・・俺が再犯するわけねえだろ。家族が俺を支えてくれているんだ」と言いながら互いに抱擁するのです。涙の出るような再会の場面でした。まさに「20年目の再会」という、私が最も感動したドキュメンタリーでした。

  この更正プログラムのポイントは、因果関係を教えるということです。煩悩に巻き込まれて悪を犯すとどうなるか、その因果関係を正しく心得て、無明の根本をはっきり見ることができたら、もう悪事などやれるわけがないのです。人の心を決定的に変える、ひとつの効果的なやり方だと思いました。


4.心を変える取り組み
 (4)プリズン・ドッグ
  最後に、救われようのない心も変わることができるという希望を与えてくれる「プリズン・ドッグ」というドキュメンタリーを紹介しようと思います。私にとってこれ以上深い感動を覚えたものはない、刑務所の少年と犬の自己回復物語です。

  更生施設でもある米国オレゴン州のマクラーレン青少年刑務所で、殺人や強盗など凶悪犯罪を犯してしまった若者たちの更生プログラムが変わっていて、傷ついた犬をリハビリさせながら育てるというドッグ・トレーニングなのです。刑務所つまりプリズンで犬を育てて、それを更生プログラムにしているので「プリズン・ドッグ」と言います。

  このドキュメンタリーを見て、私は心から感動しました。ドッグシェルターにたくさんの虐待されたり捨てられたりした犬たちがいるのですが、刑務所の少年たちにその犬たちの写真やビデオを見せるのです。そして、自分の好きな犬を決めさせ、その犬を刑務所に引き取り少年たちが育てるのです。虐待され傷ついて人間不信に陥った犬たちのリハビリを一所懸命やっていくのですね。

  自分の担当する犬たちに水や餌を与え、犬舎の糞を掃除し、毎日かわいがって面倒をみていくうちに、だいたい三カ月くらいでリハビリがひと通り終わる。すると、その犬の様子を写真やビデオで見た一般家庭の人が家族全員で何回も面会にやって来て、相性の良い気に入った犬を引き取って、その家でずっと飼い犬としてかわいがってもらう。素晴らしいこのドッグ・トレーニングを通して、ケアされた犬もケアした少年たちも互いに傷ついていた心が回復していくという感動的な更生プログラムなのです。

  虐待された犬たちの面倒を見てあげて、毎日世話をしながら育てていく少年たちの心が、犬と同じように傷ついて荒んでいた状態から素晴らしく変わっていくのです。これまで約15年で400人くらいこの更生プログラムを受けた受刑者がいるのですが、その再犯率はゼロ、全員100%完全に更生できているのです。全米の刑務所の再犯率が平均5割と言われているので、これは驚異的な数字です。

  ドルトン先生という40代くらいの女性が、この驚くべき更生プログラム「プロジェクト・プーチ」を創始したのですが、彼女は自分の家を売って、そのお金の半分を資金にして刑務所の中にこの施設を作りました。始めの三年間は1ドルの給料もなく、預金で食いつないでいたそうです。

  ドルトン先生は犬の調教のプロフェッショナルのような方で、少年たちに、犬をどのようにしつけるか、おすわり、伏せ、待て、それからアイコンタクト、そして、話しかけて撫でてあげ、できたらほめてあげて、とさまざまな技術を教えてあげます。これは、力を使うのではなく、ほめてしつける「陽性強化法」と呼ばれるトレーニングです。

  素直な仔犬をしつけるのと違って、虐待されてきた犬たちを相手にするのは容易ではありません。それでもなんとか粘り強く頑張って、やっとできるようになるととても大きな達成感が湧き出て、犬と抱き合って「できた!できた!」と喜んだりしながら育てていくのです。

  「最初の頃なんて全然言うことを聞いてくれなかったのにね。犬から辛抱強さを教わったよ。自分を変えることができたし、人生は一人で生きているんじゃないと教えられたな。今は生きる希望が生まれてきたよ」と言ったりするのです。

  実は、私は今まで、愛情をたくさんもらえた人は自然にやさしさが出るが、愛をあまりもらえなかった人は基本的にやさしくないというか、やさしくなれないのではないかと思っていました。ですから、小さい頃に虐待されたり、冷たくされたり、やさしくされなかった人が、人にやさしくするのは難しいのではないかと。やさしさをもらえなかった人は、里親や誰かからたっぷり優しさをもらわない限り、やさしくなれないのではないかと思っていたわけです。

  このプリズン・ドッグの少年たちも、ほぼ全員やさしさをもらえず、そのために犯罪を犯すことになった子たちです。

  例えば、ジェフという20歳の少年は懲役6年でしかも麻薬中毒。この子は、仲間と強盗などをして犯罪者になってしまったのです。両親が離婚して母親に引き取られましたが、その母が麻薬中毒になってしまう。ジャンキーです。それで、ジェフのことは放ったらかし状態だったそうです。

  「自分が何をしても、誰も無関心。だからもう好き勝手を始めた。誰も信じていなかった。まわりもすべて敵だった。家族の愛情を感じたこともなかった。人を思いやることもなく、まったく自分勝手だったよ」

  こうして青少年刑務所に収監されるまでになってしまうのですが、ジェフの小さい時の唯一の楽しい思い出は、子供の時に飼っていた犬だけだったのですね。

  ポイントは、愛情をかければかけるほど犬は必ず返してくるということです。まちがいなく律儀なほど返してくれる。信頼してくれる。言うことを聞いてくれるのです。「さすが俺の犬だな。お前は利口だな」と言って、犬が自分のそばにいて触れ合って、愛情が伝わっていくのが感動なのです。

  どの少年たちも同じです。

  「犬と触れ合ううちに誰かに優しくすることの喜び、誰かから必要とされることの喜びを知ったよ」

  「ドルトン先生、犬はさ、俺を色眼鏡で見たりしないんだ。俺が少年院に入った男だとか、強盗した男とか。こいつらは、そんな目で俺を見たりしないよ。ありのままの、今の俺を見てくれる……」

  ジェフは、人間に対しては愛情をもらっていないから、どうやって愛するのかできないのです。でも、犬にはできてしまう。犬というのはなかなか心を開かないのですが、愛情をかけていくと必ず心を開くのです。

  ジェフの担当はレキシーという細っそりした白い犬でした。この犬は、かつてどんな虐待を受けてきたのかと思うほど怯えているのです。この青少年刑務所に来た時にもバスケットから出られなくて、少年たちが「大丈夫かい」と声をかけながらようやく出したのです。いつでも部屋の隅にいて怯えきっている。餌を与えても人が立ち去るまで隠れていて、いなくなると警戒しながら食べ、すぐにまた隅に行ってしまうというように本当に怯えきった目をしているのです。

  ところが、ジェフは諦めない。話しかけて、身体を拭いて、餌をあげて、毎日毎日世話をしてあげる。そうすると、だんだん目つきが変わってきて、ある日ジェフが帰ろうとすると初めて檻の格子のところに見送りするような感じで自分から寄ってきた。するとそれを見たドルトン先生が「レキシーが来た!来た!ちょっと心を開いてくれた!」などと言うのですね。

  そしてまた世話を続けていくうちに、ジェフが来ると自分から迎えに来るような感じになってくる。頃合いを見て初めて散歩に連れ出すのですが、まだ怯えていて歩けない。そこで少年が抱いて散歩をしてまた檻に戻すような状態を続けるうちに、だんだん散歩ができるようになってくる。そうして一緒に散歩するようになると、レキシ-が2、3歩進むと振り返ってジェフとアイコンタクトをする。また、2、3歩進むとアイコンタクト。少し歩くとジェフとアイコンタクトを取って必死で愛情を確かめ合うのです。この場面は本当に感動的で、涙が出るようなシーンなのです。

  それで、最後にはすっかりなついて、しかもしっかりしつけられた本当にいい犬になるのです。

  彼らの育てた犬たちは何度も面接を重ねて相性のいい家庭に引き取られます。少年たちにとっては、娘を嫁にやる親のような達成感と、寂しさと、嬉しさを覚えるのでしょう。最後に別れるときには「幸せになるんだぞ」と言って、本当に感動的でした。

  引き取られた犬たちは、しっかりしつけられているのでどこの家族からも可愛がられ感謝されているのですが、それぞれの家庭に譲渡されていった犬たちがその後どうなったか。その様子がビデオに撮られているのです。番組の最後で、犬を育てた少年たち全員とドルトン先生が一緒にそのビデオを観るシーンは素晴らしかったですね。

  引き取り手の家族が「この犬が来てから、家の中が明るくなった。本当に、この犬は、私たちの家の守護神です」とか、育ててくれた少年に向かって「ありがとう。こんなに人と信頼関係を持てる犬をしつけてくれた君には、いくら感謝してもしきれない」などと、ビデオレターの中から語りかけてくるのです。本当にどの犬もよく育って、貰われていった家で大事にされ、愛され、幸せになっているのです。

  それを微笑みながら眺める少年たちの顔には崇高な光が湛えられ、犯罪者とはほど遠い、まるで別人のような美しい立派な顔になっていました。本当に素晴らしい顔でしたね。


・ポイントは共感性
  ここでのポイントは共感性です。
  犬は純粋だから、必ず愛情をかければ応えてくれます。この人は間違いなく自分を可愛がってくれる、愛してくれるとわかったら、犬というものは、一途に、心から忠誠心が働くように構造的にプログラムされているのです。

  一方少年たちも、これまで優しくされたことがなかったにもかかわらず、それでも傷ついた犬たちを癒してやろうと愛情をかけていくうちに、いつしか自分が癒されているのですね。虐待されて、怯えきって、誰にも相手にされなくて、傷ついて、まるで自分とそっくり、俺と一緒じゃないかというように。まさに共感性が優しさの扉を開いていく感じです。

  クリスという20歳の青年が、こう言っていました。

  「ドルトン先生、信頼というのは、失うのは簡単だけど、取り戻すのは大変だよね。でも、この犬の気持ちが、俺にはわかるんだ。どうしてわかるかって? 俺さ、小さい頃、親からひどい虐待を受けていたんだ。殴られ、蹴られ、叩かれて、それが毎日続いたよ。小さかった俺は、どこにも行くところがなくて、毎日おびえて、道端で泣いてたよ。泣いて、泣いて、泣き疲れて、それでも行くところがないから、また家に帰る。で、また殴られる、の繰り返しだったんだ。だからさ、痛いほどわかるんだよこいつの気持ちが。情けないくらいにね。

  今まで、こいつの面倒を見てきて、こいつが人間に対する信頼を取り戻してくれたおかげで、俺も誰かを信頼できるような気がするよ。自分がやってきた悪さにしても、謝って許されることじゃないけど、心から償って、そして、まわりの人の信頼を、また、取り戻す努力ができるような気がするよ」と。

  自分が虐待されていた記憶が、そのまま他者の痛みを理解するときに使われることが脳科学では知られています。他者の行動や状態を知覚する瞬間、自分が同じ経験をした時の脳細胞が働いて理解するようになっているのです。

  これをミラーニューロンと言います。「鏡の脳細胞」という意味ですが、この虐待された少年たちは自分にその経験があるからこそ、ミラーニューロンが働いて虐待された犬の気持ちが誰よりもわかるのですね。少年たちのような境遇で育てられたら、他者を愛することはとても難しいことなのに、自分が虐待されたがゆえに、虐待された犬たちを愛せるのです。

  そしてその犬が自分を信頼してくれると自分も癒される。またその姿を見ることで、やがて自分も愛せるようになっていくということです。そうなった時には、少年たちの顔は刑務所にいる犯罪者や悪の顔ではない、本当に素晴らしい表情、清々しい顔つきになっていました。
  自分たちが愛情をかけて、傷ついた犬たちが癒されていくのを眺め、そして引き取られていった家庭で幸せになった犬たちの様子を見て、自分以外の他者の幸せを心から喜び、達成感を味わい、自分の果たした役割の尊さを噛みしめ、自尊感情と自信を養ってもいく。まさにこういうことが、優しさのレッスンなのだ。これまで愛されてこなかった少年たちが、犬を愛することによって、愛する力が養われていき、本当に優しさが発信できるように変わっていくのです。これには、参りましたね。

  私は、前述したように、自分が愛されなかったら優しくすることはなかなか難しいことだと今まで思っていました。慈悲の瞑想を教えていても、本音のところでは、かなり無力感を持たないでもありませんでした。しかしこのプリズン・ドッグというドキュメンタリーは、新しい可能性を私に感じさせてくれたのです。愛されなくても、虐待された過去があっても、人は優しくなれるし、慈悲の瞑想の完成に向かっていくことができるのではないか・・と。

  このドキュメンタリーの最後は、こういうナレーションで結ばれていました。

  「捨てられた犬と、罪を犯して、今、立ち直ろうとしている若者たち・・。信じ合い、ともに生きる力を育み合った日々でした」


5.まとめ
  心を変える取り組みとしてここまで、厳罰主義、ノルウェー方式、里親制度、あるいは因果関係を目の当たりにさせるやり方などを紹介してきましたが、最後のプリズン・ドッグに私は最も感動しました。
  この少年たちのようにひどくはないでしょうけれど、みなさんも多かれ少なかれ自分の中に心の傷や悲しい思い出とかを抱えているのではないでしょうか。でも、それはやがて財産になる貴重な経験なのだと申し上げたいのです。

  自分が愛をもらえなかった寂しさ、兄弟姉妹と比べられて感じた劣等感、そういうものは全部、この少年たちが犬に対して共感性を持ったように、まさにその経験が癒す力になるし、愛する力や、優しさを発信する原動力になると信じさせてくれる物語でした。

  ですから、ネガティブな経験自体はそのままであっても、まったく違った角度から受け止め、新しい解釈をして、反応系の心を組み替えることによって、愛されなかった人も優しくなれるのだということを、私は強調したいのです。この番組を見て、私は、どんな人の心も変わるし、自己回復物語は可能であり、人生は必ずやり直せると確信を深めました。

  私たちのように、サティの瞑想をやったり、慈悲の瞑想をやったり、そういう非常に強力なツールを持ちつつ、さらにこうした自己回復物語の構造を知れば、どんな境遇や苦しい人生の流れに押しやられたとしても大丈夫です。必ず優しくなれるし、慈悲を発信することができるのです。これらの事例から、私は、どんな絶望的な情況に陥ろうとも、心を浄らかにしていく清浄道を歩んでいくことは可能なのだ、と希望を持つことができたし、奥深いヒントを与えられたように思いました。

  もし今後、何かのことで相手に復讐してやりたいと思った時、欲望が渦巻いて見境がなくなりそうになった時にはローウェイ刑務所を思い出して下さい。因果関係に想いを致してください。

  そしてさらにもう一歩を進め、プリズン・ドッグから私たちが学んだように、ネガティブな経験を、他者へのやさしさに転換し、人の苦しみや悲しみに心から共感し、救いの手を差し延べ、力を尽し、幸せになっていく姿を心から喜びましょう。苦しんできた少年たちが傷ついた犬たちと触れ合うことによって、誰かに優しくすることの喜び、誰かから必要とされることの喜びを知ったように、どん底から優しさと愛情を育んで、慈悲喜捨の心を限りなく成長させていきましょう。(完) 

 


     

  ブッダの瞑想と日々の修行 ~理解と実践のためのアドバイス~ 
                                                             地橋秀雄
  
今月のテーマ:慈悲の瞑想 (2)  
                     (おことわり)編集の関係で、(1)(2)・・・は必ずしも月を連ねてはおりません。 

Aさん:
  5、6年前ですが、会社の上司ととにかく全くウマが合わずダメでした。あるとき心随観の瞑想中にいきなり「殺意」という言葉が出て、しかもそのとき腰の痛みも消えてしまい2度びっくりしました。それまでの「怒り」とか「憎しみ」というラベリングでは全く何も変わらず、どうにもならなかったので本当に驚きました。

  それから主に慈悲の瞑想を続けて5年になりますが、この1年くらいはもうほとんどその人のことが気にならなくなり、先日「嫌いな人々が・・・」の慈悲の瞑想では、もうその中にその人がいない感じになりました。根っこのところはまだ分からないですが、このごろは接触する機会も少なくなって非常に感謝しております。

アドバイス:
  「怨憎会苦」と言いまして、怨みや憎しみを感じてしまう嫌な人にどうしても出会ってしまうのは、仏教で言う「四苦八苦」の六番目に当たります。そういう因縁がある場合には絶対に別れられない、人事異動でも一緒に転属してしまうという風です。

  ところが、嫌いだった人が嫌いでなくなる。こちらにそういう変化が起きた時にはその因縁が解けたようなものです。そうすると今度は本当に会わなくなってしまうという現象が起きます。犬猿の仲だった人とやっと仲良くなれたら遠方に転勤するとか、本当にそういうことは多いですね。
  こちらが嫌だ嫌だと思っている間はどうしても別れられなかったのが、むしろ「この人と一緒にいたいな・・」といった気持ちになると、逆に引き離されるケースはたいへん多いです。そのような事例は枚挙に暇がありませんから、何か法則性のある構造が存在するのではないかと考えても不思議ではありません。


Aさん:
  こちらの気持ちが変わっていくから向こうもそれを受けるということでしょうか。


アドバイス:
  そうですね。いわゆるテレパシーというのもありますし、「量子もつれ」という素粒子レベルでの不思議な現象もあります。2つの量子の間で相互影響が生じる特別の状態になると、一方の量子に与えられた刺激と同じ影響が他方の量子にも現れるという、非常に興味深い「量子もつれ」の研究もあるのです。

  慈悲の瞑想をやると相手も慈悲の心になり、こちらが怒りモードになると相手も怒りモードになったりと言うことです。このような現象は、やがてそう遠くない将来に科学的な証明がなされるのではないかと期待されます。いずれにしても経験的に私たちに分かっているのは、こちらが怒りや憎しみを持っていれば以心伝心で必ず相手にも伝わってしまうということです。そうであれば、たとえ相手が敵意や怒りを持っていたとしても、こちらが心から慈悲のバイブレーションを放てば、それが圧倒して必ず相手に伝わるだろう。こちらにその気持ちさえあれば、慈悲の心で怒りに打ち勝つことができるのではないかということです。そう信じて、これからも頑張ってやりましょう。とても良いレポートでした。


Bさん:
  世の中には悲惨なことがたくさんあって、そんな情報が入るたびに心が痛みます。でもやはり身近なところから始めたほうが良いのでしょうか。


アドバイス:
  仰るとおり、自分の足元からです。苦しんでいる人を助けてあげたい、世界平和を実現させたい、というのは美しい理念ですが、まだ自分の中にいろいろな不善心が残っているかぎり、それを放置していきなり壮大な世界平和や、全人類の苦しみをなくすという方向に走るのはいかがなものでしょうか。私たちはまず自分の中のネガティブなものから乗り越えていくべきです。
  親や兄弟と折り合いが悪く、常にトラブっていながら家を出ることもせず、問題解決の方向になんら展開しないまま同じ屋根の下で暮らしている方が、アフリカの飢餓難民の人たちにお布施しなければ・・とか言ったりしていました。「なんで世界から飢餓がなくならないんでしょうか」「戦争がなくならないのはどうしてでしょうか・・」と、本当に憂えていました。たしかにそれは崇高で尊い精神ですけれども、アフリカの戦争や飢餓を憂える前に、あなたが兄弟や親と争うことから先ず治めて和解していきましょう、と。やはりどうしてもそういうアドバイスにならざるを得ませんでした。
  親や兄弟と争っている状態を直視したくないので、地球の反対側の飢餓とか戦争の問題にあえて心を向けているのではないか。大事なものをすり替えて、逃避しているのではないか、という風に私には思えました。自分のいちばん身近なところの赦しと救済から始めることを強調しておきたいですね。


Cさん:
  完璧な慈悲の瞑想というのはなぜ難しいのでしょうか。


アドバイス:
  完璧な慈悲の瞑想が難しいのは、エゴの問題を乗り超えるのが難しいからです。自己中心的な我執の立場から慈悲の瞑想をすると、いつの間にか慈悲というより欲の瞑想に近いものになってしまうものです。

  例えば、夫が妻に対して、妻が夫に対して、あるいは親が子に対して、子が親に対して慈悲の瞑想をするのはごく自然なことであり、誰もが行なっているでしょう。しかし慈悲の瞑想の修行としては、これは本当はとても難しく、むしろ後まわしにすべきものと論書には説かれているのです。なぜなら、純粋な慈愛の念を発信する修行なのに、エゴ感覚の強い、愛執の深いものになってしまいがちだからです。家族というのはとても大切なものですが、一方では強烈な渇愛や執着にとらわれてしまう関係とも言うことができるでしょう。

  慈悲の瞑想の構成因子である「慈悲喜捨」と最も似て非なるものは愛執であり、これが慈悲の瞑想を難しくしている最大の原因です。人は自分の一番大事な人には優しくしてあげたい、深く愛したいと思うのが自然です。皆さんもそのような溺愛に陥りがちな対象をお持ちではないでしょうか。愛し合っている夫婦や親子というのは強い愛情で結ばれているがゆえに、愛情が強烈な執着に変わり、失われることを怖れ、脅かす者には怒りを覚え、醜い嫉妬も独占欲も攻撃性も何でもありの、およそ慈悲とはほど遠い渇愛にエスカレートして苦の原因になり変わっていくこともあるのです。
  このように、愛というものは貪りの要素が多分に含まれている傾向があります。貪りというのは慈悲の対極にあります。愛情から貪りを抜かないと慈悲にはなりませんので、やはり慈悲の心を養うことはものすごく困難な仕事だということが言えるのです。

  ところで、原始仏教には、ブッダがラーフラに向かって説法している経典があります。そこには「「ラ-フラよ、慈しみの瞑想を修習しなさい。なぜなら慈しみの心が成長することによって、悪意、反感、敵意、憎悪、恨みが心から追放され、取り除かれるからである。

  またラ-フラよ、憫れみの瞑想、悲(Karuna)の瞑想を修習しなさい。なぜなら憫れみの心、悲の心が成長することによって、残酷さや冷酷さ、人を傷つけたい心などが追放され、取り除かれるからである…」と説かれています。
  怒りというのは、対象を否定する、壊す、打ち消すという破壊的なエネルギーです。それに対して、慈悲というのは対象をまとめる、和合させる、くっつけるという調和的なエネルギーです。やはり慈悲のエネルギーと怒りのエネルギーは正反対なのですね。
  このように、怒りは慈悲の心を妨害する要因ですが、貪りもまた怒りと同じくらい危険なのです。貪りとは、好ましい対象に執着する強烈なエネルギーで、なめるように可愛がるという言葉があるとおりです。しかしそのように愛する対象への激しい執着を抱えていると、その対象を失った時には身の置き所がないくらいに苦悩することになります。
  心変わりについても同じことが言えます。心から愛している人に裏切られた時には可愛さ余って憎さ百倍になってしまいます。夫婦や親子の絆がこじれたあげく、「殺してやる!」とまで憎しみ合うことも無くはないのです。愛と憎しみとはまさに表裏一体の関係にあるということです。

  怒りは慈悲の正反対であることは誰でも普通に理解できるでしょうが、貪りである愛執の方は案外盲点になっているようです。愛執も一応は優しさを見せますので、一見すると慈悲と見分けがつかないのです。しかし、本質的には、その二つはまったく相反する要素です。

  こんなことがありました。

  自分では夫に対して慈悲の瞑想をやっているつもりでしたが、よく観てみると夫に自分の思い通りにしてほしいという要求めいたものが入っていたというのです。例えば「子どもをもっと可愛がってくれますように」「家事を手伝ってくれますように」というように、夫に対する文句の箇条書きをやっている感じで、慈悲の瞑想をしているのか欲の瞑想をしているのか訳がわからなくなったというようなことでした。

  清浄道論でも「夫婦を対象にした慈悲の瞑想は、貪りの要素が入るので避けなさい」と記されています。夫が妻に対し、妻が夫に対しての慈悲の瞑想は、愛執と貪りが最も起きやすいので、慈悲の心を育てる練習には相応しくないと戒めているのです。誰かに対して強烈に慈悲の瞑想をやってあげたくなったら、貪愛が混入しているかもしれませんね。

  でも、こうした話をしたところ、欲がそれほど強くないタイプの人なので、慈悲の瞑想をやっても問題なさそうな女性が、「じゃあ、私は今度から夫に対して慈悲の瞑想をするのをやめようかしら」と言い出しました。

  私から見ると、欲が強いタイプなのでやらない方がいいだろうという人がやりたがり、その逆の人は自粛するというのが面白いと感じます。

  とにかく、こうした理由で、慈悲の瞑想をするには貪りと怒りを引き算しなければなりません。これはすなわち、貪・瞋・痴のすべてを抜きなさいということです。痴は貪にも瞋にもセットで入っていますから、要するに慈悲の瞑想を完璧にするためには悟れということと同じなのです。これが、慈悲の瞑想の難しさが半端ではない理由です。

  謙虚な愛情や見返りを求めない愛情には、傲慢さはありません。逆に傲慢な優しさほど慈悲からほど遠いものはないのです。傲慢を抜けということはエゴを抜けということでもあります。エゴを無くせというのは悟れということと同じですから、ここまで突き詰めていくと、慈悲の瞑想が完璧にできる人なんて誰もいなくなってしまうのではないでしょうか。

  つまり、慈悲の瞑想ができるということは、仏教の奥義を極めるということと同じなのです。怒りや貪りをなくして謙虚になって、しかもエゴも無くしていくわけですから、それは煩悩を全部引き算するということですね。

  でも、慢をなくせと言われても、慢は不還果になっても残ると言われていますので、慢がゼロにならないと純粋な慈悲の瞑想ができないとしたら、不還果の聖者でさえ慈悲の瞑想の純度は100%ではないということになります。

  そんな話を聞いたら、もう気が遠くなって、私には到底できませんということになってしまいますね。ですから慈悲の瞑想には、限りなく慈悲と呼べないレベルから限りなく阿羅漢に近いようなレベルまでものすごい段階があるグラデーションなのです。

  心の清浄道というのは、果てしない頂上に向かって斜面を登っていくような感じです。登り始めて麓付近にいる人はその辺から、何合目かに達している人はそこからさらに上を目指して登頂を続け、互いにレベルアップを心掛けていけば良いのです。


Dさん:
  そのような中でも、なるべくピュアな慈悲の心を育てるためにはどんなことを理解しておくべきでしょうか。


アドバイス:
  タイで修行していた時の話です。

  お坊さんたちが蛇に咬まれることを心配して、「蛇が出るから気をつけなさい」とか「懐中電灯持っているか」とうるさいほど言ってくれたのです。それを聞きながら、この寺では蛇の被害が相当あったのかなと思いました。
  でも、私は大丈夫だと言って申し出を丁重に断っていました。その時の私は、毎日慈悲の瞑想をやっていたので、攻撃する邪悪な蛇とは波動が合わないだろうという自信がありました。本当にその時は、一日中瞑想をしていて、朝晩必ず集中して慈悲の瞑想をやっていました。

  「タイ王国のすべての人々が幸せでありますように。この僧院のすべての人々、鳥も獣も虫も魚も爬虫類も両生類も、あらゆる生きとし生けるものが幸せでありますように・・・」と、丁寧にイメージを浮かべ文言を唱え、心から慈悲のバイブレーションを放って一体感を味わいながら慈悲の瞑想をやりまくっていたのです。もちろん蛇に対してもやりました。イメージの中ですからマンガの中のようなかわいいヘビになってしまうわけですけど、それでも真剣にやっていたわけです。

  そこまで徹底してやっていると、歩いていて蛇に襲われるという発想が出てこなくなるものです。この世のさまざまな煩いから解放され、僧院で瞑想だけに徹していれば、自ずから慈悲の瞑想はピュアになっていくでしょう。環境設定というか、慈悲の心になりきっていく条件に恵まれているということです。
  ここから言えることは、この世的なものにドップリ浸かれば浸かるほど渇愛や執着の煩悩が刺激されるし、寺の聖域のような特殊な条件では世俗のしがらみから誰もが解放される傾向にあるということです。 「聖人は俗務に従わず」と言ったのは莊子ですが、慈悲の心を育てるには、われわれも心がける方向性を示しているのではないでしょうか。瞑想もそうですが、崇高なものやこの世を超越した世界に想いが馳せるだけでも、あまりにもこの世的な俗世にまみれ切って押し流されていたことに警鐘を鳴らしてくれるかもしれません。

  もう一つ、身内に対してよりも通りすがりの赤の他人に対しての方が、純粋な優しさや慈悲の心に近いものが自然に発信できるということも考えてみるべきことでしょう。

  慈悲の瞑想の最重要ファクターである「捨(ウッペカー)」の心は、自分から離れた遠い存在に対しての方がきれいに働くということがあります。

  家族や身内に対しては、どうしても生々しい執着やエゴ感覚が働いてしまうのです。例えば、お母さんにとっては赤ちゃんは自分の命の象徴のような一番可愛いい存在でしょう。その赤ちゃんが熱を出して死にそうになったら、それこそ自分も死ぬほどの苦を感じるでしょう。激烈すぎる愛情は「捨(ウッペカー)」の心から遠ざかります。

  ある若いお母さんが、子どもを守るためなら人を殺すことだってできるかもしれないと感じて慄然としたと言っておりました。「惜しみなく愛は奪う」とも言います。濃密な激しい愛が慈悲の世界から遠く離れていくのは、やはり「捨(ウッペカー)」の要素が弱くなるからでしょう。

  純粋な優しさの流れは、むしろ血の繋がっていない人との間に起こる方が可能性として高いかも知れません。私が学生時代、地下鉄の階段を上がって外に出ると土砂降りの雨でした。呆然と突っ立っていたら、60代くらいの男性の方が「入りなさい」と傘を差し出してくれたことがあります。この方は私にとっては赤の他人だったのですが、すごく純粋な優しさを感じました。

  何をしゃべっていいのか分からず、ほとんど無言で歩きながら傘に入れていただきました。何か、とても純粋な父性のような、(どの子に対しても)完全に平等で、公平で、静かな温かさを感じて、心が洗われたような感動を覚えました。純粋な、無償の愛を与えられた心地よさでした。「ありがとうございました」と礼を述べ、そのまま別れましたが、あれは慈悲の波動に包まれることがどれほど素晴らしい感覚かを暗示してくれました。

  これが女の人でそれも若い人だったりしたら何か違った印象になっていて、素直に優しさを受け取れないというところがあったかもしれません。あの時の男の方の優しさは今思い出しても本当にピュアだと感じさせるものがありました。もう40年以上前の話ですが、いまだにあの方の顔をはっきり憶えています。

  最後に、諸法無我を見極めることが苦楽を超えて「捨(ウッペカー)」の心に通じるもう一つの道ではないかと申し上げたい。ありとあらゆるものが相関関係の中で成り立っていることを観ていけば、親子関係がうまくいっている場合もそうではない場合も、すべては父母、祖父母、曾祖父母と続く一連の関係性の中に現れた現象にすぎないことに気づけるはずです。どんな些細な一瞬も、無量無数の諸力が働いて成立していることに気づければ、一つの対象だけやひとりの個人だけにのめり込む愛や憎しみは妄想の所産ではないか・・。ありのままに現象の本質を観じきっていけば、自ずからあらゆるものが相関関係の網目の中に織り上げられているがゆえに、平等に、公平に臨むべきではないか・・という「捨(ウッペカー)」の精神が垣間見えてくるかもしれません。

(文責:編集部)


 ~ 今月のダンマ写真 ~









  タイの森林僧院で30日間の瞑想修行に没頭した。
  来る日も来る日も、独房のようなクーティの窓から眼に入るのは、果てしない深い木立の連なりばかり・・・。

 

 

 
 

 

  

  カレン族が手作りで築いた1000余段の石段を登り切った頂上には、ミャンマー様式の白亜の仏塔・・。。

 

所長撮影


    Web会だより  
『届くように』(匿名希望)

  今から十年前、私と小学三年生の息子は、雨の降りしきるキャンプ場にいました。夏のピークを過ぎ、他には数組の家族がいるだけで、標高と雨のせいもあって肌寒く、私たちは目前の清流をただ眺めていました。初めてのキャンプは夕食の準備も手際よくいかず、焦げたご飯を食べ始める頃にはすっかり暗くなっていました。
  ここに来る前に、妻との話し合いが終わり、私が息子を、妻が娘を育てることになっていました。

  何も知らない息子は、自分より大きな岩によじ登って、「雨でもキャンプって楽しいね。ご飯もとってもおいしかったね」と、笑顔で私に向かって言いました。

  「この子を必ずしあわせにしなければならない」。私は強く心に刻みました。

  それからの私は、毎日の買い物と料理を覚え、息子とたくさん遊び、よく話し、寄り添いました。

  しかしその後、成長し、高校二年生になった彼は、私と別れ、母と妹のもとへ向かったのです。

  私は、自分より子供のために生きる<いい父親>を疑いませんでした。そして、彼のことが私のすべてになり、自分を見つめることをしなかったのです。

  私は彼に厳しさだけを向けた父親でした。試合で負けた時も、洗い物を忘れた時も、嘘をついた時も・・・、いつしか口調はきつくなり、些細なことで叱っていました。そしていつも彼の出来ないことを探していたのです。

  そんな時、彼は言いました。「次はしっかりやるから、自分を信じて」

  彼は自分より弱い者でもやり返さず、堪える、穏やかな性格でした。友達も分け隔てせず、悪口や汚い言葉も言ったことがありません。私の作った拙い料理をいつも美味しいと食べてくれ、頼んだことに一度も嫌な顔をしませんでした。振り返ってみれば、息子に悪いところなどどこを探してもなかったのです。

  その日、些細なことで叱ってしまいました。その時私はどれほど醜い顔をしていたのでしょう。彼は今まで見せたことのないような、深く悲しい顔をして出て行ってしまいました。

  息子がいなくなった私には、もう何もありませんでした。ただ、直感的に、一人で家に居てはまずいと思い、車に乗って惹かれるように向かった先は、幼い日に仏教系幼稚園で毎日のように訪れた森に囲まれた神聖な場所でした。
  さらにその後、それまで宗教心も信仰も持っていなかった私でしたが、最も必要なときに、何者かに導かれるかのようにブッダの教えに行き着きました。そして読んだダンマパダ、ウダーナヴァルガ、スッタニパータには、まさに愚か者の私のことが書かれていたのです。私は何度も何度も読み返しては、ブッダの真理を心にとどめました。

  そうしているうちに、極端に体重が減っていることに気づきました。癌でした。以前、難病にかかった時は死におびえ、嘆き、心が沈みましたが、この時は、たった一人で病院にいても孤独を感じませんでしたし、告知の時も手術の時も、心がざわつくこともありませんでした。

  その頃父から手紙が届きました。父とはその三年前から絶縁状態で、長く癌を患っており、会うことはもうないと思っていましたし、最後の電話で話した時には「怨んでいる」と、そう言ったきりでした。その便箋いっぱいに書かれていたのは、私への怒りと怨みでした。私は手紙で、親の恩に感謝していることを伝え、傷つけたことを詫びました。

  しばらく経って父から電話があり、買い物をする力がもうなく、私にしてくれないか、と頼んできました。それから三か月間、私は父の側にいました。

  「世話かけて悪いな」。

  病院のベッドで、父の差し出した手を握り返した瞬間、私は思い出しました。それは幼い頃の父の大きな<あの手>でした。

  次第に容態が悪くなっていきましたが、病院への不満、気がかり、一人残された母のことを口にしていました。亡くなる前日、「もう、すべて大丈夫だから。心に何も持たなくていいから」、そう言うと父は静かに頷きました。それが最後の会話でした。

  次の日、私は父に手を添え、目を瞑り、届くように、慈悲の瞑想をしました。

  それから一年後、私は息子と会いました。私たちのことを案じた父が作ってくれたかのような時間でした。二人になった車の中で、私たちは静かに話し始めました。私の心は落ち着いていました。

  私は、正直に自分の愚かさを話し、深く謝りました。彼は、怒りや怨みを微塵も見せず、一つずつ心の内を打ち明けました。私たちは、もう、あのときの親でも、あのときの子でもありませんでした。

  「自分が言うのもおこがましいけど、お父さん、とてもいい方に変わったね」と息子は言ってくれました。

  今、私は認知症の母を介護しながら共に暮らしています。息子との電話で、私はたった一言、「少し疲れた」と思わず口にしました。

  翌朝、今日から大学生となる晴れやかな式典に向かう電車の中で、彼は少し硬い表情でこう言いました。

  「きついなら、自分もそっちに行って住むから」

  私は、今も、愚かな者です。それでも、一歩一歩、歩んでいます。
 





☆お知らせ:<スポットライト>は今月号はお休みです。

                         
    
 





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ダンマの言葉

「慈しみ」という言葉自体に意味がある訳ではありません。実際に自分の心からそれが流れ出てくるのを感じたときに初めて、ブッダがたくさんの法話のなかで語っていたことが何であるかを知るのです。(『月刊サティ!』2004年7月号、「四人の友」アヤ・ケーマ尼より)

       

 今日の一言:選

(1)どんな宿業のエネルギーも、ひとたび現象化すればそれで終わるのだ。
  失意のどん底にいた日々も過ぎ去ったが、黄金時代も過ぎ去っていった……

(2)全てを理法に托しきっているのであれば、途方に暮れても、悠々としていればよいではないか。
  不善業の負債を返すべきときには、苦受を受けることに意味があるのだから、甘んじて受けきっていけばよいのだ。

  何が起き、どのようになろうとも、その展開こそ最高のわが道と心得る……


(3)苦しい人生だったがゆえに、怒りが、怨みが、復讐心が、人間不信が……、鬱勃と込み上がってくる。
  苦しい人生だったがゆえに、深く傷ついたがゆえに、悲しみも、怒りも、絶望もイヤというほど味わい尽くしたがゆえに、苦しんでいる人に、虐げられている人に、打ちのめされ怯えている人に、同じ立ち位置から深く共感し、優しくなれる……


       

   読んでみました
 『死すべき定め』アトゥール・ガワンデ著(みすず書房 2014年)
                                                
  著者はインド出身でハーバード大学医学部・ハーバード大学公衆衛生大学院教授であり、「ニューヨーカー」誌の医学・科学部門のライターとして、また2010年には「タイム」誌で「世界に最も影響力のある100人」にも選出されるなど、現役で活躍中の外科医。自らの経験から、現代のアメリカにおける終末期を迎えつつある人々と医療との関係を鋭く観察し、どうあるべきかを考え実行している。
  彼は言う。「19世紀のイワン・イリイチ(トルストイの小説『イワン・イリイチの死』の主人公【編集部注】)の野蛮な医師と私たちは大して変わらない。・・・自分たちの患者に施している新型の身体的拷問のことを考えてみてほしい。いったい、どちらの医者が野蛮なのか、読者も考えるはずだ」。
  
そして、「この本は、死すべき定めについての現代の経験を取り扱う。衰え死ぬべき生物であることが何を意味するのか、医学が死という経験のどこをどう変え、どこは変えていないのか、そして人の有限性の扱い方のどこを間違えて現実の取り違えを起こしてしまったのかを考える」。
  
医学と公衆衛生の進歩は人々の平均寿命を延ばし、年齢を重ねることが希少価値を失うとともに、情報伝達技術の発展に伴ってかつて尊ばれた知識と知恵の独占も崩れてきた。そして、敬老精神が失われた代わりに、自立した自己への崇拝が取って代わったと言う。高齢者にとって死よりも怖いのは、いずれ起こってくること――聴覚や記憶、親友、自分らしい生き方を失うことなのだ。
  1980年のセント・ヘレンズ山の噴火で亡くなったトルーマンは、当局による自宅からの避難命令に対して友人にこう話した。「もしわしが明日死ぬんだったら、それで最高の人生だ。なんでもやれるだけのことをわしはやったし、何でもわしのやったことになるからな」と。
  
その後、彼は伝説の人となり、テレビ・ドラマ化もされた。
  
アメリカにおいては、老年期専門医の有資格者は1996年から2010年の間に25%減少しているという。そして今の医学が導き出した答えは、高齢者は支配と監視の下に置かれる、つまり、人の望みはすべて抹消し、安全確保だけを考えた施設被収容者の生活であった。一つの例として著者はナーシング・ホームに代表される介護付き病床――生活ではなくケアを目標にする――を取り上げてその数々の問題点を指摘している。
  1991年、ある重度の障害を抱えた高齢者を対象にするナーシング・ホームに弱冠32歳のビル・トーマスが採用された。入所者の約半数は身体障害を抱え、5人中4人はアルツハイマーなどの認知症だったという。
  
彼はそこに子どもたちや、十分な数の動物(犬、猫、鳥)や植物を入れ、ホームでのあらゆる局面でこうした生命が日常の一部になるようにしていった。その結果、「スタッフがしゃべれないと思い込んでいた入所者がしゃべりだし」「完全に引きこもって寝たきりだった人が、ナース・ステーションにやってきて・・・『私が犬を散歩に連れて行きます』」。全部のインコに入所者の飼い主がつき、名前もついた。みんなの目に光が戻った。
  人は高齢になっても求め続けることは何か? それは自分自身のストーリーの著者であり続けることだという。その望みや気がかりは経験を重ねることで変わっていくとしても、自分の人生を形作れる自由を保つこと、それは老いと病によって厳しくはあるけれども、つまりは「人生の一貫性を守る闘い」なのである。
  
そのためには二つの勇気が必要だと著者は言う。一つは、真実から目を背けず、「死すべき定めという現実に向き合う」こと、そしてより厳しくは、「得た真実に沿って行動する」勇気である。時が経つにつれて人生の幅は狭められていっても、それでも自ら行動し、自分のストーリーを紡ぎ出すことは可能なのだ。
  日本にも晩年に向けての俚諺、格言が数多くある。自分の人生が全体としてどのようなものだったか、ストーリーには結末が重要であることに疑いはない。
  
本書はアメリカと日本の文化的な違いも垣間見せてくれる。しかし、人間として豊かに死に向かうべきという著者の主張はまったく同感出来る。さらに人生への仏教的な切り口もあり、理解の幅を広くかつ深くするのに好適だと思った。(雅)
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