5.姿勢が心に及ぼす影響
先日テレビでアメリカの心理学の番組を見ていたのですが、その番組によると、姿勢が心に及ぼす影響は、私たちの想像以上のものがあるそうです。
両腕を大きく広げて胸を張り、大空を受け止めるように体をパーっと開くようなポーズを取るとポジティブで陽気な気持ちになるし、逆に、両肩を落とし背中を丸め、ガックリうつむいた姿勢を取るとネガティブで陰鬱な気持ちになるというのです。
それを検証する心理実験を、ラスベガスの路上でやっていました。通行人に声をかけて、テレビカメラに撮影させてくれるように頼むのですが、被験者は必ず二人連れを選ぶのです。夫婦だったり、若いカップルだったり、男同士でも女同士でもとにかく二人連れにやってもらうのです。
それでOKを出してくれた二人連れの一方には、ガッツポーズをして「人生、最高!」とこれ以上はないハッピーでポジティブな姿勢を取ってもらいます。そして他方には、この世の終わりみたいに頭を抱えて悲嘆にくれた、人生最悪のようなポーズを取るように依頼します。そして二人ともその姿勢を取ったままで何分間かいてもらうのです。
その後、50ドルの報酬をそれぞれに手渡して、ルーレットの盤面を見せます。ルーレットは偶数と奇数がそれぞれ2分の1の確率で出るようになっているのですが、このルーレットに50ドルを賭けて、たったら2倍の100ドルあげるが、外れたら報酬は失われゼロになると説明します。そうすると、ポジティブなポーズを取っていた方は、次々と積極的に賭けに出るのです。ところが、ネガティブな姿勢を取っていた方は50ドルのままでいいと、賭けを断るのですね。
この傾向は見事に分かれていて、そこから姿勢が人の心理にどれだけ大きな影響を及ぼすかが明らかにされていたのです。皆さんの中でも、これから仕事の面接を受ける方やデートに行く方がいたら、ネガティブなポーズではなくて、大空に向って両手を広げこれ以上はない陽気な盛り上がるポーズを取るようにしましょう。(笑)
この実験は、たかが姿勢なのですが、ポーズがその人の意志決定に影響を与える可能性を示唆していて、それがこの番組の前半で、後半は環境が心に及ぼす影響についての実験でした。
6.環境が心に与える影響
この実験では、バスケットボールをフリースローで10本投げてもらって何本入るかという実験をやってもらいます。1本も入らない人が何人も出てくるのですが、一方で10本のうち9本や10本全部入れる人もいるのです。
その後、全然入らなかった人を集めて、もう1回やってくださいと頼みます。そうすると、だれも不得手なものはやりたくないわけです。薬剤師をしている人などは、自分はバスケットボールなんてやったことがないから無理だと断るのですが、それでもお願いして再挑戦してもらいます。
実験の仕掛けは、まずは目隠しした状態で2本フリースローをやるように提案します。その時に、サクラの観客を何人も連れてきて、被験者には観客も応援していますからねと説明するのです。それでボールを投げると、やはり薬剤師の人はまったく入らない。でも、サクラの観客は「わー!すごい!入った!入った!」と拍手喝采して持ち上げるのです。そうすると、被験者は「本当?」と嬉しそうな表情になる。もう1本の時も同じようにサクラが歓声をあげて応援する。すると薬剤師の人はますます嬉しそうになり、自信に満ちた表情になる。
次に、目隠しを外してフリースローを10本行なうわけです。すると前回は1本も入らなかったのに、今度は4本も入るようになったのです。中には5本入る人も出てきた。このように、全体的に成績が大幅にアップしたのです。
なぜこのような結果になったのかを分析すると、ボールを投げようとする瞬間に、自分はどうせダメなんじゃないかとネガティブな妄想が浮かんだりすれば、脳が不快で余計な仕事をやることになり当然その影響が出てブレるだろうということです。ところが、周囲から好意的に応援されてポジティブになった場合には、迷いやためらいや疑いがないので集中しやすくなり、脳の処理の仕方が違ってくるのではないかと考えられます。
番組では、さらに次のような実験もしていました。
今度は、フリースローが10本のうち9本か10本入った人を対象にします。例えば、アスリートのような黒人の若者に目隠しをしてもらい、先ほどと同じようにやってもらいます。すると、サクラの観客が痛烈なブーイングを浴びせかけるのです。「ブー!何やってんだ。ダメ!ダメ!才能ない、やめろ!」などとケナします。
実際は惜しいところで入らないのですが、ブーイングで全否定の嵐状態にするのです。それを2回やって、その後目隠しを外してフリースローを10本投げてもらうと、驚いたことに、前回はほとんどパーフェクトに決めていた青年が5本くらいしか入らなくなったのです。カメラが顔をアップすると、表情には明らかに動揺が走っていました。同じように前回高得点だった他の被験者もほとんど成績が下がったのです。
これを見て、「応援の力」というものを感じましたね。応援してもらって盛り上がれば、自分は肯定されている、評価されている、認められていると確信でき、明らかに成績が良くなります。反対に、ケナされて自信を喪失させられると、成績は大幅に下がるのです。このことは、周囲の環境が自分の心に与える影響の大きさを示しています。
この実験には、例外もありました。それは、スポーツが得意そうな、一目でアスリートとわかる白人の女性です。この人は同じようにブーイングされてもまったく動じないで、10本のうち9本入れることができたのです。後で、その女性にインタビューして、周りの雰囲気に影響を受けなかった理由を訊いたところ、学生時代にバスケットボールをやっていて、試合中に観客のブーイングで動揺しないようにメンタルトレーニングを積み重ねてきたということでした。
これらの実験結果から導き出される結論としては、自分が取った姿勢にも心は影響を受けるけれど、周りの人や環境からも相当影響されるということです。共感してくれる人がいる。心から応援してくれたり励ましてもらったりする。あるいは否定されたりブーイングされたり、さまざまな環境面での要因が、自分の心や能力や意志決定に少なからず影響を及ぼし、出力するエネルギーまでが変わってしまうということです。
私たちは自分の自由意志で、何でも決めたり行なったりしているような気がしていますが、そうではなくて、その瞬間の身体の状態や環境から受ける影響、そして何よりも自分の過去の経験の影響を受けています。特に、無意識に反射的にする行為の場合には、親の影響や生育の環境の影響がとても大きいでしょう。小さい頃から刷り込まれたものが自動的に出てしまうということですね。つまり、自分が一瞬一瞬行なっている意志決定には、無量無数無辺のものが総合的に絡み合って影響を与えているということです。
6.姿勢とホルモンの関係
先ほどの身体のポーズが意志決定に影響を与えるということの医学的な説明では、身体を外側に開くと血流が良くなるため、テストステロンという男性ホルモン、これは攻撃性を司っているホルモンでもあるのですが、この分泌が増えるらしいのです。そうすると、自信がみなぎってくるというわけです。
動物たちでも、例えばライオンのたてがみが黒っぽい雄は強いのです。雄同士が争って勝った方が勝利感を味わうとテストステロンが分泌され、その作用でたてがみの色が濃くなると言われています。雌はそのことを知っていて、必ずたてがみの黒い方を選ぶのですね。たてがみの色で交尾の相手を決めているのは、少しでも強い遺伝子を残したいという無意識の生存本能がそのような選別を行わせているのでしょう。
またテストステロンというのは、超ポジティブな気分にさせる脳内ホルモンでもあります。これが増えると同時に、ストレスホルモンであるコルチゾールのレベルが下がります。
このように、たかが姿勢と思うかもしれませんが、姿勢によってホルモンの分泌が変わってくるとなると、それに伴って心の状態も変化するのは当たり前のことかもしれません。例えば、オキシトシンというホルモンが出れば、必ず優しくなるのはよく知られていますね。
脳内物質には、他にも、恐怖のホルモンもあるし、怒りのホルモンもあります。私たちの気分や感情は、これらのホルモンの作用によるものだとされていますので、姿勢が心に及ぼす影響は科学的根拠があり、無視できないということでしょう。
7.決意の力 ?意志の力
人生を変えていくのは、意志決定をする瞬間の決意です。この決意のことを仏教用語では、「アディッターナ」というのですが、人生は決意した通りになるというのが、私が経験によって検証した確信です。ブレないで断固たる意志を貫き通せば、良くも悪くも人生はそのように展開していくものです。
私は幼少期から小学校、中学校にかけて、徹底した模範生でした。中学の時も高校の時も生徒会長をやったり、クラス委員をやったりしていました。それを私は、家庭環境ゆえに強いられているからだと受けとめていたのです。後に内観に行って、本当は自分が好きでやっていたのだと納得できたのですが、その当時は、親をはじめとする周囲の者に期待され、強いられて模範生をやらなければならないと思い込んでいました。
自分の素直な気持ちや本音は押し殺し、無理をして息も絶え絶え常に模範生を演じていた反動で、高校生の半ば、17歳の時にもうやっていられるかとブチ切れてしまいました。よし、大学に入ったら、グレて遊び回ってやると決意したのです。その決意の結果、その後の20代の10年間は本当にデカダンスな生活を送ることになりました。その時代は、まるで過去の自分に復讐するような感覚で生きていたのです。模範生の正反対であるダメ人間になるのが目的であるかのような荒んだ、暗い日々を過ごしていました。あるとき高校時代の友だちにばったり出会い「お前、人相悪くなったな」と言われたくらい、心が荒廃しきっていました。
そんな頽廃的な生活をトコトンやり抜いて限界に達し、三十歳になろうとする頃、心底から「もういい。もう十分だ・・」と思いました。自ら志向した負の人生が極限に達し、陰のエネルギーが極まって陽に変わるように、もうこんな生活はごめんだ、と心の底から思ったのです。
「浄らかになりたい!」と痛切に願い、その一心から修行を始めたのです。汚れきった身と心を浄らかにしたい、穢れを払いたい、と毎朝水をかぶって禊をする水の行をその時から17年間一日もかかさず続け、さまざまな修行に着手していきました。
グレ始めた頃には「自分は今まで他人のために生きてきた」と思っていました。家族や周囲の人を喜ばせるために生きるのが自分の義務なのだと感じていたのです。今から思うと、アダルトチルドレンの考え方を引きずっていたのでしょう。だからこそ、模範生を演じることに疲れきったことで、今度は、自分のために生きてやると決めたのです。そして、その後の10年ほどは、本当に自分のためだけに、つまり自分のやりたいように、誰にも邪魔されず好きなように、望むがままに生きました。しかしそれも最後には、もうこの人生はダメだ、もう生きていけない・・と破綻したのです。完全に敗北したと思いました。
そこからよく起ち上がることができたな、と今にして思いますが、まだ生きていくだけのカルマがあったのでしょう。何者かに救い出されるかのように不思議な展開があり、新たな人生が始まりました。存分に自分のためだけに生きたのだから、これからは他人のために生きたい。自分の命を、人世のために捧げたい。そのために修行をしたい、と心底決意したのです。以来、一度も決意がブレることなく今に至りました。修行者になり、瞑想者になり、苦労して培ったものを捧げ尽くしたい、恩返しをしたい・・と、いつの間にか瞑想のインストラクターになりましたが、まさにすべて自分が望んだ通りの展開になっています。
また三十歳になり、ちょうど修行を始めたばかりの頃、私に願望実現の技法を教えてくれた方がいました。私は人並みに集中力があったので、ヴィジュアライゼーション(視覚化)は得意なのです。望んだものを鮮明にヴィジュアライズして想い描くと、本当にイメージした通りに次々と具現化していくのを目の当たりにしました。一時期それにハマったことで、まさに願いごとはことごとく叶えられ成就することを身をもって体験しました。
「強い意志的行為は、やがて現象化する」と、後年カルマ論で説明される現象世界の法則性を、この時代に検証していたのでした。しかし、願えば叶うというその願望実現もすぐに飽きてしまって、急速に興味を失っていきました。自然に次の修行ステージに入っていったのですが、こうした経験を重ねたことによって、決意の力、意志の力、決定していく心の力の重要性が、身に沁みて腹に落ちていきました・・。(続く)
|